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気合を入れて臨む前に通された広い応接室で、彼女たちは退屈な話を聞かされることになる。ウルゼン・マリスは自身がいかに有能であるかを自慢する傾向があり、それこそが他者を取り入れるための手段でもあった。
魔塔では自慢話など日常茶飯事だ。やれ研究は自分の手柄だと言って功績を挙げ、地位を手に入れようとする者が多い。創設された当初と比べて、今は人の役に立つことよりも、そういった技術を創り出すことで自分の今後に役立てようとする人間ばかりで、ウルゼンもまさに、その種に属していた。
「……と、まあ、今は大賢者様に代わって、わたくしが魔塔の管理をさせて頂いております。亡くなられたと聞いたときは、魔塔の者たちも皆が暗い顔をしておりましたが、今ではごらんのとおりです。膝をつくばかりではいけないと奮い立って、研究熱心な者たちが後を継ごうと試行錯誤をしているわけです。おかげで先ほどの会議も中々熱が入りましてね、つい時間が遅くなって……ハハハ」
今だけ耳が聞こえなくなってくれたら幸せなのに、と思いながらヒルデガルドはそろそろ頃合いだろうと席を立ちあがった。
「実に素晴らしい話を聞かせてもらったが、実は他の依頼も入っていて……すまない、私たちはそろそろ席を外させてもらうよ」
「おお、これは失礼しました。引き留め過ぎましたかね」
時計を見ると、少なくとも一時間はウルゼンが延々と話している状況が続いている。流石に長居させすぎてしまった、と彼も申し訳なさそうにした。
「では、俺は引き続きマリス殿と今後について話をしたいのだが」
「わかりました。でしたら、そうですね……」
アーネストの言葉にうーんと考えてから、視線はカトリナへ向く。
「では代わりに見送ってさしあげてください、カトリナ」
「分かったわ、任せて」
好機がやってくる。アーネストが気付かれないようにヒルデガルドに目配せし、彼女もそれに応えるかのように、わざと視線を逸らす。長年にわたって友人をしているがゆえに、お互いの考えが透けて見えるようなやり取りだった。
そして先に部屋を出たら、カトリナを肘で小突く。
「よし。研究室まで案内を頼む、カトリナ」
「……最上階よ。大賢者の間をそのまま使ってる」
ヒルデガルドがムッとした。
「人が死んだと思ったら、想像よりも図々しいな」
「仕方ないじゃない。死人に口なし、ってね」
「とにかく急ごうよ、二人共。時間がなくなっちゃう」
「それもそうだ。よし、手早く済ませよう」
魔塔の最上階、大賢者の間と呼ばれるフロアには、これまで魔塔の管理を務めてきた最高位の大魔導師たちによる研究の粋が詰まった書物が、数多く保管されている。ヒルデガルドが大賢者となってからは、彼女と補佐を務めたウルゼンだけが出入りできたが、訃報を聞いて数日と経たないうちに、我が物顔で入り浸るようになったとカトリナは不満げだ。あの場所には相応しくない、と。
今となってはヒルデガルドも使わない場所なので、誰がどう使おうともほとんどの者は気にしないだろうが、それがウルゼンであるならば話は別だ。
魔塔内部では彼が代理を務めているのに反対する者は大勢いるが──特にウルゼン派を称する魔導師たちまで大賢者の間を出入りしているうわさもあるので──実質的な多くの権限を彼が握っている以上は、反抗的に出るのは、自分たちの首を絞める行為だと誰もが口をつぐんでいる状況だった。
カトリナは悔しそうにぎりっと歯を鳴らす。
「アイツのせいで魔塔の空気は最悪よ。大賢者の間はアタシたちにとっても神聖な場所だもの。だけど文句を言ったら、アタシみたいに目の敵にされて研究が立ち行かなくなる。見せしめにされたのね、うちの研究チームは」
大賢者が推進する新たな魔導器の開発。その主導を握ることになったカトリナは、たった一日でも存続させて、ウルゼンにどうにか認めさせるため、自らが冒険者であった経歴を使って闘技場にまで出張っていた。
ヒルデガルドは、それが悲しくて仕方なかった。
「すまない、私の管理がずさんだった」
「気にし過ぎよ。アイツの腕が良いのも確かだし」
自分だったら大賢者の補佐という大役を完璧にこなせただろうか? と考えたとき、カトリナは無理だと思った。たったひとつの綻びが品格を落としかねない最重要の役割を担う自信がなかった。だからウルゼンのひとつのミスも起こさない仕事ぶりには、感心するところがあったのも事実だ。
「でもびっくりねえ……。いなくなったと思ったら戻ってきて、しかも弟子まで連れてくるなんて。あなた、弟子は取らない主義じゃなかったっけ?」
「色々あって気に入ったんだ。この子は素晴らしい魔導師になる」
褒められたイーリスがにへらと笑って照れっぽく頭を掻く。
「えへへ。そんなふうに褒められたら、ちょっと恥ずかしいや」
「……あなたにはぴったりの弟子ね」
魔塔の人間たちと違い、彼女はまさしく純粋な魔導師そのものだ。悪意を知りながら善意で生きる、信用のできる人間。ヒルデガルドが傍に置く理由が分かると、カトリナは羨ましそうにする。
「アタシが弟子になりたいって言ってもしてくれなかったのに」
「フ……今も変わらないよ、イーリス以外はな」
「分かってるわよ。この子がなんで気に入られたのかくらい」
ただひとつだけではない。今まで見てきた中で最も素質があるのだ。イーリス・ローゼンフェルトという魔導師には、ヒルデガルドも認めるだけの大魔導師──あるいは自身にいずれ並ぶであろう──になれる素質が。
「さあ、話はあとにして仕事に取り掛かろう」
大賢者の間への道を閉ざす装飾の豪華な二枚扉。見張りのように立っている二人の魔導師は、明らかに異質な雰囲気をしていて、その纏っている強い警戒心から、ウルゼン派の魔導師だと理解できた。
「行くぞ、私たちの魔塔を取り戻しに」