「今まで会った誰も『向こうの国』とか『城壁』とか話しても通じない。なんで君にだけ通じるんだ」
「それは、俺も昔は向こう側にいたからだよ、クタイ」
彼の生まれた村は南海大地震の震源地に近かった。その災害が元で両親と死別し、四歳で孤児となる。震災後の孤児院には充分な食糧が廻って来ず、多くの幼い友達とも死別した。学校に通うようになって教室の中にいると、自分の影の濃さが他から際立って見えた。大人達は遠巻きから憐れんだ目で覗き込んでは来るが、本気で手を差し伸べてくる人は誰もいなかった。それどころか「ケマルには近寄るな」と自分達の子供に言っていた。同級生を妬み、大人達に嫌悪感を覚え、運命を呪い、いつしか自らの周りに高い城壁を張り巡らすようになった。人を信用しなくなるうち、自分自身も信用できなくなった。彼はこのとき、本当の孤児になったという。なぜ俺だけこんな目に遭わなきゃならないのかと何度も思ってもみたが、それだけでは何も変わらないということに、あるとき気付いていった。こんなままの自分でいたくない。壁を乗り越えてもっと成長したい、いつしかそう思うようになっていったという。
「幼い頃の俺にだってできたんだ。壁の中の国民だって、諦めずに挑戦し続ければ、きっと乗り越えられる。どんな夢だって、手に入る」
ケマルは今ではほとんどの時間をこちらで過ごし、「幻想」を顕しにいくときだけ、壁の向こう側へ行くのだそうだ。