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第38章 「南商会の影」
潜入の決断
夜更け、宿の一室。
テーブルに地図を広げ、俺とミリアは向かい合っていた。
「南商会の本拠は、この王都南区の倉庫街ね」
ミリアが指で示す。
「昼間の連中は、あそこから指示を受けて動いていた可能性が高い」
「直接突っ込むのは無謀だな」
俺は顎に手を当てる。
「だが放置もできない。ルーラを狙う連中の目的を、掴んでおきたい」
ルーラは隣のベッドに膝を抱えて座っていた。
視線は落としたまま、口を開かない。
「……ルーラ。危険かもしれないが、一緒に来るか?」
少しの沈黙の後、小さな声が返る。
「行く。……私も、知りたいの」
夜の倉庫街
王都南区の倉庫街は、昼と夜でまるで別の顔を見せる。
昼間は商人たちが行き交う賑やかな場所だが、夜は静まり返り、まるで影が支配しているようだった。
石畳を踏みしめながら進む。
遠くで酒場の騒ぎ声が聞こえる以外、周囲は不気味なほど静かだ。
「……あそこだ」
ミリアが小声で示した。
一際大きな倉庫。入口の前には見張りが二人、腕を組んで立っている。
ルーラが不安そうに袖を握ってきた。
俺は軽く頷き返す。
潜入
物陰から回り込み、裏手へ。
窓の一つが半開きになっているのを見つけ、俺は体を滑り込ませた。
中は暗いが、わずかな灯りが棚の隙間を照らしている。
ミリアが後に続き、最後にルーラが忍び込む。
三人は物音を立てぬよう進んだ。
やがて、声が聞こえてきた。
木箱の積まれた奥、広間のような場所で数人が集まっている。
「“銀眼の娘”はまだ見つからんのか」
「はい、ですが近くにいるのは確かです。例の商人が証言しました」
「ふん。見つけ次第、競売にかけろ。奴隷としても、儀式の贄としても、使い道はいくらでもある」
ルーラが小さく息を呑んだ。
俺は思わず彼女の肩を抱き寄せる。
胸の奥が熱くなる。
断片の記憶
その時だった。
ルーラの瞳が、淡く光を帯びる。
彼女は小さく呻き、膝をついた。
「ルーラ!?」
「……うう、頭の中に……」
囁くような声と共に、彼女の口から断片的な言葉が漏れる。
「……黒い旗……火の海……銀の鎖……」
ミリアと顔を見合わせる。
これはただの幻覚ではない。
ルーラの過去――いや、巫女としての記憶が断片的に蘇っているのだ。
ルーラは額に汗を浮かべ、必死に震える声を押し出す。
「……誰かに、呼ばれてる……“帰れ”って……」
その言葉に戦慄が走る。
彼女を呼ぶ存在――それが敵か、あるいは……。
危機
「おい! 誰かいるぞ!」
不意に、近くの男がこちらを指差した。
気付かれた。
俺たちは咄嗟に身を隠すが、足音が迫ってくる。
逃げ場は狭い。
「やむを得ん!」
俺は剣を抜いた。
ミリアも矢を番え、ルーラを背後に庇う。
暗闇で刃が閃き、短い悲鳴が響く。
だが相手は次々と押し寄せてきた。
「捕まえろ! 銀眼の娘を確保しろ!」
その言葉に、ルーラの体が硬直する。
恐怖に震える少女を守るように、俺とミリアは前に立った。
脱出
戦いは激しかったが、幸いにも奴らは下っ端ばかり。
俺たちは何とか突破し、裏口から飛び出した。
夜風が頬を打つ。
遠くで鐘が鳴り、衛兵の声が響く。
騒ぎを察知したらしい。
俺たちはそのまま王都の暗い路地を駆け抜け、宿へと逃げ帰った。
夜の対話
部屋に戻ると、ルーラはベッドに崩れ落ちた。
まだ震えが止まらない。
「……怖かった……でも……思い出したの。少しだけ」
「何を?」
俺の問いに、ルーラは迷いながら答える。
「……大きな神殿……私、そこにいた。祈ってた。たくさんの人が、私を“巫女様”って呼んでた」
その声は震えていたが、確かな記憶の断片だった。
銀眼の巫女――やはり、ルーラ自身なのか。
「でも……全部思い出すのが怖い」
ルーラは顔を覆った。
「思い出したら……もう、普通の私じゃなくなる気がする」
俺は静かに言葉を返した。
「どんな過去があろうと、お前はお前だ。仲間であることに変わりはない」
ルーラの瞳が揺れ、やがて小さく頷いた。
不穏の兆し
その夜更け、窓の外を影が横切った。
フードを被った人物が、こちらを見上げて消える。
南商会だけではない。
もっと大きな力が、ルーラを探して動き出している――そんな予感が胸を締め付けた。
銀眼の巫女をめぐる戦いは、まだ始まったばかりだ。