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第39章 「神殿からの使者」
朝の訪問者
南商会の倉庫街から逃げ帰った翌朝。
宿の扉を叩く音で、俺たちは目を覚ました。
「こんな朝っぱらから……」
ミリアが警戒しながら剣に手をかける。
俺は慎重に扉を開いた。
そこに立っていたのは、白い法衣を纏った人物だった。
中年の男で、胸元には見慣れぬ神紋が刻まれた銀のペンダント。
「失礼いたします。私は大聖堂の神官、セルディンと申します」
穏やかながら鋭い眼差しがこちらを射抜く。
「“銀眼の娘”がおられると伺い、参りました」
ルーラの肩が小さく震える。
彼女の正体を知る存在が、ついに現れたのだ。
神殿の申し出
俺たちは部屋に招き入れ、慎重に対話を始めた。
セルディンは落ち着いた口調で語る。
「ルーラ様。あなたこそ、我らが探し求めていた“銀眼の巫女”――神託の器なのです」
「……巫女……」
ルーラは呟き、膝の上で手を強く握りしめる。
「幼い頃、神殿から攫われ行方知れずとなって以来、ずっと探しておりました。ですが……まさかこの王都で再会できるとは」
「待て」俺は声を挟む。
「なぜ今になって現れた? しかも“商会”までもが彼女を狙っている」
セルディンは目を伏せ、重く言った。
「……神殿内部にも、巫女を利用せんとする勢力がおります。南商会は、その裏で糸を引く一派と繋がっているのです」
神託の真実
ミリアが眉をひそめる。
「つまり神殿そのものが、ルーラを巡って分裂していると?」
「左様。神託を正しく守ろうとする我らと、力を己がものとせんとする者たち……」
セルディンは深く息をついた。
「だからこそ、ルーラ様を安全に迎え入れたいのです。どうか、大聖堂へご同行を」
ルーラは迷うように俺を見上げた。
瞳には怯えと、ほんの僅かな希望が混ざっていた。
「……もし神殿に戻れば、私は全部思い出すの?」
「いずれは。ですがそれは、あなたが選ぶこと。強制は致しません」
その言葉は誠実に聞こえた。だが、どこまで信用していいのか分からない。
揺れる心
その日の午後、俺たちは宿を出て街を歩いた。
ルーラはずっと考え込んでいる。
「ねえ……もし私が本当に“巫女”なら、みんなのために戻るべきなんだろうか」
声は弱々しい。
「でも……思い出したら、私じゃなくなるかもしれない」
俺は足を止め、彼女を見つめた。
「お前がどういう存在でも、俺たちは仲間だ。それを忘れるな」
ルーラの瞳が潤み、かすかに笑みが浮かぶ。
「ありがとう……」
その時、背後から視線を感じた。
振り返ると、路地の影に黒衣の者が立ち、こちらを見ていた。
神殿の影と商会の影
その黒衣はすぐに姿を消した。
セルディンの言葉が脳裏をよぎる――「神殿内部の一派が、商会と繋がっている」。
もしそうなら、ルーラを神殿に連れて行くこと自体が危険かもしれない。
だが神殿を避けていては、彼女の真実に辿り着けないのも確かだ。
俺たちは分岐点に立たされていた。
夜の誓い
夜、宿の屋上にて。
星空を見上げながら、ルーラが小さな声で言った。
「……もし私が“巫女”としての運命に縛られるなら、その時は……」
「馬鹿言うな」俺は遮る。
「運命なんて斬り拓くためにあるんだ。誰かに決められるもんじゃない」
ルーラは目を丸くし、やがて頬を染めた。
そして、震える声で呟く。
「……ずっと、一緒にいてね」
「ああ、必ず」
その誓いの直後、遠くで不気味な鐘の音が鳴り響いた。
それは、南商会と神殿の闇の勢力が、動き始めた合図のように思えた。