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お守り袋
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柊依さんの屋敷で剣の稽古を始めた僕たち。何の呼吸を使うかよりも、まずは“全集中の呼吸”の修得を急いだ。
柊依さんは任務に行かない日はたっぷり僕たちの稽古をつけてくれる。木剣の持ち方、構え方、足の運び方等の基礎的なことから、自分自身の体力を向上させる為の訓練も。最初は全身が筋肉痛になったりして生まれたての子鹿状態だったけれど、鍛錬して適度に身体を休めて…を繰り返し、大分体力もついたし稽古でも動けるようになっていった。
柊依さんはいつだって大人で格好いい。あの夜、鬼に襲われた兄さんと僕を助けてくれた時の凛とした表情も、しなやかで鮮やかな剣技も、とても綺麗で格好よくて。柊依さんの花の呼吸の剣技は、まるで舞を舞っているような美しさだった。
隠の人から柊依さんの過去の話を聞いた。今はあんなに強くて優しい彼女にも、悲しみに押し潰されそうな自分をどうにか奮い立たせて鬼を倒していた時期があった。そんな柊依さんを、強くなって今度は僕が守ってあげなきゃと思った。兄さんだけじゃなくて、柊依さんのことも守りたい。僕たちのことを気に掛けてくださったお館様やあまね様も、その子どもたちも、花柱邸に仕える隠の人たちも。みんなみんな、僕が守らなくちゃ。
早く強くなるんだ。あまね様が教えてくださったように僕たちが“始まりの呼吸”の剣士の末裔なら、きっと強くなれる筈だ。みんなの期待にも応えたい。
基礎的なことは柊依さんに教えてもらって、僕と兄さんはそれぞれ別の呼吸の育手に師事することになった。
僕は風の呼吸を、兄さんは水の呼吸を修得していくことになった。柊依さんが使う花の呼吸は、元は水の呼吸の派生だそうで、なんと彼女は水の呼吸も使える。だから兄さんは柊依さんと、彼女が任務で忙しい時は別の水の呼吸の育手のところで修行をしていた。
本当のことを言うと、僕たちは2人共、柊依さんに助けてもらったし柊依さんに弟子入りしたんだから、花の呼吸を使えるようになりたかった。でも、身体のしなりや柔らかさは、女の人特有のものみたいで。それがあってこそのあの美しい花の呼吸の剣技だということが分かって、男の僕たちは断念せざるを得なかったんだ。
僕が教わった風の呼吸は物凄く身体の力を必要とする。まだ10歳の僕にはそれが結構厳しくて。でもどうにか自分にもできる技を使えるようになりたくて。試行錯誤した結果、僕は風の呼吸からの派生型を会得することに成功した。
“霞の呼吸”と名付けられた呼吸。風の呼吸程、爆発的な力を使わずに済むから、体力も続くし自分の身体にも合っていた。
今日は柊依さんが稽古をつけてくれる日。
じゃんけんで勝った兄さんが先に柊依さんと手合わせをする。その間、僕は道場の隅で見学だ。
『有一郎くん、遠慮なく打ってきてね』
「うん!…いきます!」
兄さんが踏み込む。木剣を振り、打ち込み、水の呼吸の剣技を繰り出す。
それを柊依さんが木剣で受けたり躱したり。時折柊依さんからも攻撃を仕掛けて兄さんに木剣で受けさせる。
カァン!
ガガッ!
バシッ!
木剣のぶつかり合う音と、道場の床を踏みしめる音が響く。
すごい。兄さん、足の運びも滑らかだし、ちゃんと冷静に柊依さんの動きを見て剣で受けられている。
15分程打ち合いが続き、兄さんの番が終わった。
『ありがとうございました』
「ありがとうございました」
お互いに一礼して汗を拭っている。
『有一郎くん、とってもよくなった!私がいない時も稽古いっぱい頑張ったのね!』
「えへへ…。ありがとう」
柊依さんに褒められて、兄さんが照れたように笑った。いいな。僕も柊依さんに褒められたい。
柊依さんが兄さんに近付いて、今見た剣技から感じたことや改善点を伝えている。それを真剣な表情で聞いている兄さん。
『有一郎くん、お疲れ様。次は無一郎くん、いこうか』
「うん!お願いします!」
兄さんと僕が入れ替わり、木剣を構える。いよいよ、 修得した“霞の呼吸”を初めて柊依さんに見てもらえるんだ。
『…さあ、無一郎くん。修行の成果、私にも見せてね』
「うん!」
向かい合い、霞の呼吸の剣技を繰り出した。
“壱ノ型 垂天遠霞 ”
“弐ノ型 八重霞”
“参ノ型 霞散の飛沫”
“肆ノ型 移流斬り”
“伍ノ型 霞雲の海”
“陸ノ型 月の霞消”
さすが柱だ。柊依さんは僕の攻撃全てを躱したり木剣で受け流している。
じゃあ…、これは?
“漆ノ型 朧”
『!?』
「消えた!?」
カァンッ!!
一瞬で姿を現した僕の一撃を、柊依さんが受け止めた。
そっと木剣を離し、腕を下ろす。
『…驚いた。私が知ってる霞の呼吸にはこんな技なかった。もしかして、無一郎くんが編み出した?』
「うん。敵を撹乱できたらいいなと思って」
僕の返答に、柊依さんが大きく目を見開いた。兄さんも口をあんぐり開けている。
『すごいじゃない。独自の技を編み出すなんて!いっぱい試行錯誤したのね』
「えへへ」
柊依さんが褒めてくれた。嬉しい。
「鬼にも通用するかな?」
『充分すると思うわ。ただ、この技はいつもいつも見せないほうがいいかも。壱〜陸ノ型で充分戦えると思うから。ここぞという時にとっておくのよ』
「分かった!」
稽古が終わった。今日もいっぱい動いたなあ。
ごはんの前に、お風呂に入る。
兄さんと背中を洗いっこしながら、今日の稽古について話していた。
「…無一郎はすごいな。自分だけの技を編み出すなんて。……俺は教えられた10の型を覚えて使うのが精一杯でそんなことできなかったよ…」
ぽつりと兄さんが呟く。
「たまたま霞の呼吸が僕に合ってて、僕が素速く動くのが得意だったから作ることができただけだよ。それにさ、霞の呼吸は6つしか型がなかったのに対して水の呼吸は10個もあるんだよ。単純に僕より4つも型を多く覚えてさ、兄さんだってすごいよ」
何となく、兄さんが凹んでいるような気がして、元気を出して欲しくて僕は思ったことを素直に伝えてみた。
「…そうかな……」
「そうだよ!兄さんの水の呼吸の剣技、綺麗だったよ!」
「……ありがとな、無一郎」
振り返った兄さんが笑った。
身体の泡を流して湯舟に浸かる。
「…絶対、最終選別を突破して剣士になろうな」
「うん!強くなってみんなを守るんだ。柊依さんのことも僕たちで支えてあげようね」
「うん」
8月。僕たちは11歳になった。
『有一郎くん、無一郎くん、お誕生日おめでとう』
「ありがとう!」
「柊依さんありがとう!」
誕生日当日は稽古をお休みにしてもらって3人でゆっくり過ごした。町に出て買い物をしたり、まだ食べたことのなかった洋食を食べに連れて行ってもらったりして、とても楽しい時間を過ごした。帰ってきてからの晩ごはんは柊依さんがごちそうを作ってくれて、“バースデーケーキ”ってものも準備してくれた。それがまたほっぺたが落ちる程美味しくて。屋敷で働く隠の人たちも一緒に食卓を囲んで、あったかくて嬉しくて幸せな気持ちでいっぱいになった。
『2人とも。はい、これ』
ごはんの後、部屋に来た柊依さんが僕たちに小さな包みを手渡した。
「これは?」
「開けていい?」
『うん』
丁寧に包みを開くと、手のひらより少し小さいくらいの大きさの綺麗なお守り袋が。兄さんと僕、同じ柄の色違いだ。
「わあ!綺麗…」
「…これってもしかして、手作り?」
『うん』
「「すごい!」」
僕たちの反応を見て、柊依さんが笑った。
『2人を守ってくれるように、お祈りを込めながら作ったの。持っててくれると嬉しいな』
「ありがとう!」
「肌見放さず持ってるね!」
改めてお守り袋を見る。綺麗な布地。細かい縫い目は全部が均等だ。藤の花の刺繍もすごく丁寧に施されていて、しかも紫にしても濃淡色んな紫が使われている。ひっくり返すと金色の糸で“悪鬼滅殺”の文字が刺繍されていた。
あれ?お守り袋の中に何か入ってる。
「何だろう?……あっ!」
そっとお守り袋を開いて傾けると、手のひらの上に何かがころんと転がり出てきた。
小さな透明の真ん丸い玉。
兄さんも僕を見て同じようにしている。
「柊依さん、これなあに?」
『それね、水晶。邪気払いだったり幸運を呼び寄せたり、潜在能力を高めたりしてくれてね。“万能の石”って呼ばれてるの』
「万能の石!」
「すごい!格好いい!」
柊依さんが微笑んで、僕と兄さんの手をそっと握った。
『2人はもう、私の家族同然の存在だから。大切な弟だから。ずっと元気で幸せであって欲しい。無一郎くん、有一郎くん。生まれてきてくれてありがとう。大好きよ』
柊依さんの言葉を聞きながら涙が溢れて止まらなくなった。それは兄さんも同じみたいだ。
「俺もっ…!柊依さんのことが大好き!」
「僕だって!柊依さんはお師匠様だけどお姉ちゃんみたいに思ってるよ!」
『ありがとう』
そう言って、柊依さんは僕たちをいっぺんにぎゅっと抱き締めてくれた。
柊依さんにもらったお守り袋を早速首にかける。紐の長さもちょうどいい。嬉しいな。大事にしよう。
その晩、僕たちは柊依さんにもらったお守り袋をぎゅっと握って眠りに就いた。
最終選別まで、あと2ヶ月………。
続く
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