テラーノベル
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夏の終わりの風が、兵庫の空を高くしていた。
私が通う高校は、全国でも名の知れた強豪校――稲荷崎高校。
その体育館から聞こえる重低音みたいなサーブの音が、今日も校舎まで響いてくる。
きっかけは、ただの提出物だった。
私はクラス委員として、部活生の進路希望調査を回収する役目を任されていた。最後まで出していなかったのが、バレー部の主将。
「宮くん、まだ出してないよね?」
放課後の体育館。
コートの中央でトスを上げていた金髪のセッターが、ゆっくりこちらを見る。
鋭い目つき。けれど、どこか余裕の笑み。
「……ああ? ああ、あれな」
彼はボールを指でくるりと回した。
主将、そして“高校ナンバーワンセッター”と称される男――宮侑。
「今持ってへん」
「今日までだよ?」
「ほな明日でええやん」
軽い。あまりにも軽い。
「だめ。今」
言い切ると、コートの外からくすっと笑う声がした。
「侑、負けとるやん」
同じ顔。けれど、少しだけ柔らかい表情。
双子の兄弟、ウイングスパイカー――宮治。
「うるさいわアホ治!」
侑は舌打ちして、私の前に歩いてくる。
距離が、近い。
「ほな、今から書く。紙貸して」
なぜか体育館の隅で、主将が床に座って進路希望を書くことになった。
私はその向かいにしゃがむ。
汗の匂い、ワックスの匂い、夏の匂い。
「なあ」
侑がペンを止める。
「なんでそんな真面目なん?」
「クラス委員だから」
「それだけ?」
どこか探るような視線。
答えに詰まる私を、横から治が覗き込む。
「こいつな、真面目な子好きやで」
「は!? なんでお前が言うねん!」
「図星やろ」
双子の軽口に、体育館が笑いに包まれる。
でも侑の視線だけは、冗談じゃなかった。
「……まあええわ」
書き終えた紙を差し出す。
受け取ろうとした瞬間、指が触れた。
熱い。
「なあ、文化祭くる?」
「え?」
「バレー部、出し物せえへんけど。俺、ちょっと暇やねん」
主将が暇なんてあるのだろうか。
けれど、彼は真っ直ぐ私を見ていた。
「……行くよ」
そう答えると、彼はにやっと笑う。
「決まりやな」
文化祭当日。
校内は人で溢れていた。
待ち合わせ場所にいたのは、私服姿の侑。
制服とは違うラフな格好に、心臓が跳ねる。
「遅い」
「まだ五分前だよ」
「俺はもう十五分待っとる」
理不尽。
でも、その横顔はどこか楽しそうだった。
屋台を回り、クレープを半分こして、写真を撮って。
ふと、人混みではぐれそうになった瞬間。
ぐっと腕を掴まれる。
「迷子になるなや」
「子どもじゃないし」
「俺が困る」
その一言が、やけに静かに響いた。
視線が絡む。
周囲の喧騒が、遠くなる。
「……なんで困るの?」
勇気を振り絞って聞く。
侑は少しだけ目を伏せて、それから、いつもの強気な顔で笑った。
「そんなん、決まっとるやろ」
近づく距離。
「俺、お前のこと好きやもん」
頭が真っ白になる。
冗談じゃない。からかいでもない。
真っ直ぐで、勝負を挑むみたいな告白。
「俺、全国行く。もっと上行く。せやけど」
手を握られる。
「隣、いてほしい」
強くて、わがままで、自信家で。
でも誰より努力して、誰より勝ちに飢えている人。
その人が、少しだけ不安そうに私を見ていた。
「……うん」
声が震える。
「私も、好き」
一瞬の静寂。
次の瞬間、侑は満面の笑みを浮かべた。
「よっしゃ!」
その声に、遠くから治が叫ぶ。
「告白成功かー?」
「うるさいわ!」
顔が熱い。
けれど、握られた手は離れない。
それからの日々。
練習終わりにアイスを食べて、テスト前は図書室で勉強して、試合前は少しだけ弱音を聞く。
「負ける気せえへんけど」
そう言いながら、指先が震えているのを私は知っている。
だからそっと握る。
「大丈夫。侑は最強のセッターだから」
彼は少し驚いて、それから笑う。
「……お前が言うと、ほんまになる気するわ」
全国の舞台へ向かう背中。
眩しいくらいまっすぐな未来。
その隣を歩けることが、誇らしい。
青春は、きっと一瞬だ。
でもこの夏の匂いも、体育館の音も、繋いだ手の温度も。
全部、忘れない。
「なあ」
夕焼けの帰り道。
「将来、俺が日本一のセッターなったら」
「うん」
「プロポーズ、受けてくれる?」
突然すぎる。
けれど、彼は本気だ。
私は笑う。
「その前に、まず全国優勝ね」
「任せとき」
夕陽に照らされる横顔は、もう未来を見ている。
その隣で、私は思う。
この人となら、どんな景色もきっと最高だ。
青春は、まだ終わらない。
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