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噴水の流れる水音が響く中、デーヴィドは少し距離を取りつつベンチへ座る。
「……僕は、教師失格なんです」
「え?」
「少しだけ、話を聞いてもらえますか?」
「……私でよろしければ」
(何だろう……?)
「僕はね、とある生徒がとても気になっていました。朗らかで、屈託の無い笑顔が可愛らしい……疲れた心を癒してくれる、そんな生徒でした」
(……スフィアのことね。意味は違うけど、天職が治癒師だけあるわ……)
「よく、あの食堂の一角を借りてお菓子作りをして、仲の良い人達に配っていました。貴族なのに、本当に珍しい……。僕にもよく作って持ってきてくれました。ただ、ある日を境に……その手作りのお菓子に違和感を覚えるようになりました」
(それはっ……!)
段々と、デーヴィドの声に悲しみが滲んでくる。
スフィアは、最初は普通にお菓子作りをしていたが、何かきっかけがあったのか……媚薬を入れるようになったそうだ。
そして、教師でもあり、薬にも詳しいデーヴィドは媚薬に気が付いた。ただ、デーヴィドは媚薬など無くても、その時にはもう――。
スフィアに惹かれ、後戻りが出来なくなっていた。
だから、スフィアを止められなかった。
咎めたら、自分の元へ来てくれなくなるかもしれない。スフィアは自分に好意があるから、そんな事をしてしまったのだと……都合よく解釈した。
媚薬入りのお菓子はそれ以降、受け取っても食べることを止めた。自分がそうすることで、混入した事実は無くなる――そう思ったのだ。
まさか、王太子や他の生徒に渡していたお菓子にまで、媚薬を入れていたとは考えなかった。――否、考えたくなかったのだ。
そんなある日。
スフィアは公爵令嬢カリーヌ・アーレンハイムに悪質な嫌がらせを受けている……そう、泣きついてきたそうだ。
自分の身体に出来た擦り傷やアザを見せて、階段から突き落とされた、と。時には、ボロボロの教科書や切り刻まれたハンカチーフを持って泣いていた。
だが、公爵令嬢のカリーヌが、そんな事をするとは到底考えられなかった。曲がりなりにも教師として、カリーヌ・アーレンハイムを生徒として見てきた。
カリーヌは、公爵令嬢として高い身分にありながら、優しくて人を見下したり横暴な態度をする人物ではなかったのだ。
真偽を確かめるためにも、デーヴィドはカリーヌの本性を見極めるつもりで、学園内をこっそりと見回った。
そして、発覚したのは、カリーヌは想像以上に優しく思いやりのある人間だったこと。
スフィアがデーヴィド以外にも媚薬入りお菓子を食べさせながら、カリーヌに嫌がらせを受けたと泣きついていた現場だった。
相手は選りに選って、次期国王と期待されている王太子で、カリーヌ・アーレンハイムの婚約者のアレクサンドル・ベネディクトだった。
結局、デーヴィドはスフィアや王太子を止めることすら出来ず、宮殿でのカリーヌの断罪が行われてしまったのだ。
しかも、スフィアは犯罪者として捕らえられたと、後から知った。
「……だから、僕は教師失格なんです。その生徒を助けられなかった」
(これは……スフィアに対するデーヴィドの懺悔)
沙織は怒りで怒鳴り出したいのを……グッと堪えて尋ねる。
「デーヴィド先生、それはどちらの生徒に対してですか?」
「えっ?」
その質問に、デーヴィドは意表を突かれた顔をする。
「その断罪を受けた生徒は、たまたま助かっただけで、無実の罪で一生を台無しにする所だったんですよ?」
デーヴィドは沙織の言葉に息を呑む。
「そして、犯罪を犯した生徒は、自分の犯した罪を償わなければいけないのです。先生の罪は、媚薬混入に気づきながら、その生徒を叱らなかったことです。嫌われても、してはいけない事をしたのだから、教師ならちゃんと正しい道を指してあげるべきでした。まさか、犯罪を犯した生徒を罰から助けたかった? そんな事は、仰らないでくださいね」
肩を震わせデーヴィドは項垂れたが、沙織は続ける。
「……教師失格ですって? 笑わせないでください。貴方には、まだ沢山の生徒がいるのでしょう? そんな、甘っちょろいことを言ってないで、しっかりしてください。私達学生は、まだまだ未熟でたくさん失敗もするのです」
そして、沙織は手を差し出し、ぐいっとデーヴィド引いて立たせる。これは、公爵令嬢としてはマナー違反かもしれない。
「私はその生徒ではありません。お菓子も作れますが、今は作るつもりはありません。ピアノは、私が弾きたいから弾くのです。髪や瞳を馬鹿にされたとしても、私はこの色が好きなので気にしません。……ですが、間違うことはあると思います。その時は、どうぞご指導くださいませ」
それだけ伝え、ニッコリと微笑んだ。
「……ありがとう」
デーヴィドは、泣き笑いの何とも言えない表情で言った。
「では! デーヴィド先生、私を寮までお連れください。一人では、迷子になってしまいます」
デーヴィドに案内され無事に寮に着くと、お礼を伝えて寮の中へ入る。
まさか、姿が見えなくなるまで、デーヴィドが熱い眼差しで見送っていたとは知らずに。
(元ヒロインの攻略対象のデーヴィドは、カリーヌ様に害無しね。良かった。残るは二人……)