テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
撮影終了後。スタジオの隅では、カメラマンたちがモニターを囲んでいた。
「今日の新人、良かったな」
一人がそう言うと、
「紫陽花だっけ?」
「うん。最初はかなり緊張してたけどな」
「後半、別人みたいだった」
興味を持ったスタッフたちが次々と集まってくる。
「どれどれ」
「見せてみろよ」
モニターに映し出される写真。
白い背景の中に立つ紫陽花。
最初のカットはどこか硬い。
肩に力が入り、視線も落ち着かない。
新人らしい写真だった。
だが途中から空気が変わる。
「おお」
誰かが声を漏らした。
「この辺からだな」
「急に表情が良くなってる」
「これ本当に同じ子か?」
感心したような声が上がる。
画面の中の紫陽花は柔らかく笑っていた。
無理をした笑顔ではない。
自然で、どこか人を惹きつける表情。
「いい顔してたよな」
「新人でこれはすごいぞ」
玲奈は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
そして一枚の写真で視線が止まる。
そこには紫陽花が写っていた。
少しだけ俯きながら、首元の黒いチョーカーに触れている。
細い指先。
不安そうな横顔。
けれど、その直後の写真から表情が変わっている。
玲奈は思わず口元を緩めた。
――まだ着けていてくれたんだ。
あの日、初撮影の記念として渡したチョーカー。
似合うと思った。
ただそれだけのはずだった。
なのに、こうして大切そうに身につけている姿を見ると嬉しくなる。
写真を拡大する。
チョーカーに触れる紫陽花の指先は、まるでお守りを確かめるようだった。
「気に入ってるみたいだな」
隣のカメラマンが何気なく言う。
玲奈は平静を装いながら頷いた。
「そうみたい」
けれど胸の奥は少しだけ温かかった。
その時だった。
別のカメラマンが写真を切り替える。
「このカット最高じゃないか?」
画面いっぱいに映し出された紫陽花。
まっすぐ前を見つめる瞳。
自然な表情。
自信を持ち始めたような微笑み。
誰もが見入っていた。
「すげえな」
「新人とは思えない」
「将来化けそう」
次々に飛び出す言葉。
玲奈は静かにその写真を見つめる。
違う。
まだだ。
こんなものじゃない。
紫陽花の魅力はまだ半分も写せていない。
大勢の人がいると緊張してしまうこと。
不安になるとチョーカーに触れること。
少し褒められただけで嬉しそうに笑うこと。
玲奈は知っている。
だからこそ分かる。
この子はもっと撮れる。
もっと綺麗になれる。
もっと輝ける。
「この子、もっと撮れるな」
玲奈が小さく呟く。
誰に聞かせるでもなく。
確信に近い言葉だった。
そして同時に、別の感情も胸の中で芽生え始めていた。
次はどんな表情を見せてくれるんだろう。
次はどんなふうに笑うんだろう。
その瞬間を見たい。
誰よりも先に。
玲奈はモニターの中の紫陽花を見つめたまま、小さく息を吐いた。
自分が惹かれているのはモデルとしての才能なのか。
それとも――。
まだ答えは分からなかった。
瀬名 紫陽花
鬼宮です‼️🫧🪄
コメント
1件
「首元の温度」ってタイトル、すごく好きだわ。玲奈がこっそりチョーカーを渡したエピソード、まだ出てきてないけど(もしかして過去話?)、紫陽花がそれを大事そうに触る描写で全部伝わってくる。写真一枚一枚に表情が変わっていく感じ、カメラマンたちの「別人みたい」って声とか、現場の熱気が目に浮かんだ。そして玲奈の「もっと撮れる」って確信と、その先の「惹かれてるのは才能か、それとも……」の余白。まだ3話なのに、この二人の関係性、めちゃくちゃ気になるわ🔥