これまで蒼光騎士団は聖女の私兵と揶揄されながらも、その実力を公に発揮する機会には恵まれなかった。これはマリア自身が極力荒事を避けるように立ち回り、弱者救済活動を優先していたためである。
もちろん蒼光騎士団の面々は不満を思うこともなく粛々とマリアの指示に従い活動に従事していた。シェルドハーフェン十五番街では治安回復のため荒事に投入されたが、これもマリアを煩わせるのは本意ではないと秘密裏に行われており生存者も居ないためその実力を知られることはなかった。
そして今回、マリアが帝都へ連れてきたのは千を越える蒼光騎士団の中でも最新式のM-1ガーランドを装備する最精鋭と呼べると呼べる者達である。
彼等の錬度が極めて高いことは言うに及ばず、その狂信的な忠誠心は他の隊員達を遥かに凌駕する。それは、地球における殉教者達に勝るとも劣らないものである。
彼等は何の躊躇もなく、感動もなく目の前の障害を排除するため引き金を引き続けた。
七発撃ち尽くすと独特な音と共に弾倉が吐き出され、新たに七発入りの弾倉を取り付け再び発砲を再開する。
立場が代わり逃げ惑う領邦軍将兵を団員達は無表情のまま追いたてて、銃撃し、銃剣を突き立てた。
「反撃しろ!撃ち返すんだ!」
この時、三名の兵士がマスケット銃を発砲。発射された三発の銃弾は一人の団員の胸を貫いた。
だが、周りの団員達は気にすることもなく射撃を続け、撃たれた本人は苦悶でなく歓喜とも言える表情を浮かべた。
「嗚呼、遂に選ばれたのですね!私の番が来たのですね!」
狂喜とも取れる笑みを浮かべながら、致命傷を受けた団員は胸元を開く。そこには何本ものダイナマイトがくくりつけられており、彼は導火線に自ら点火し。
「聖女様!今私は、貴女様の糧となり楽園へ赴きます!」
彼はそのまま傷をものともせず遮蔽物に身を潜める領邦軍兵士達へ向かって飛び込み。
「何だコイツ!?」
「待て!撃つな……」
大爆発を起こし、数人を道連れに爆散して果てた。その一部始終を見ていた他の団員達は。
「何と羨ましい」
「クルツの奴、運が良いな」
爆散した団員を心底羨ましそうに見つめて、射撃を再開した。
「逃げろ!逃げるんだ!」
「何処へ逃げるんだ!?」
「とにかく走れ!こんな場所で死んで堪るか!」
領邦軍は応戦する者も居たが、大半は逃げ惑っていた。何故ならば指揮を執るべきマロン騎士爵自身が我先に逃走したためだ。
更に言えば蒼光騎士団の装備は明らかに自分達より遥かに優れており、貴族の私兵である自分達への攻撃を躊躇しないと言う前代未聞の行動は、彼等に言い知れぬ恐怖を与えていた。
この四人組も逃げ出した者達の一部である。彼等は最後尾に居たため蒼光騎士団による斉射から逃れることが出来た。だが、幸運は長続きしなかった。
「うっ!?」
「なんだこれは!?」
角を曲がり小道へ出た彼等が見たのは、一面に転がる味方の惨殺された遺体とむせ返るような血の臭い。そしてその中心に佇む返り血で真っ赤に染まった栗毛の少女であった。
少女は刀を握っており、手練れが見れば遺体は全て急所を一撃されていると分かる。だが、彼等にそんな器量は無かった。あるのは不気味な存在に対する恐怖である。
「うっ、うわぁああっ!」
「おい待て!」
一人が躊躇すること無く駆け出して、少女へ銃剣を突き出した。得体の知れないへの先制攻撃。彼の判断は決して間違いではない。
明らかにこの場の地獄を産み出したであろう少女を倒そうとする行動は、正しいものであった。しかし、相手が悪すぎた。
少女、聖奈は突き出された銃剣を避ける素振りも見せず真正面から受けた。鋭い刃は聖奈の胸に深々と突き刺さり、常人ならば間違いなく致命傷となる傷を与える。
誰もがこの猟奇的な現場を生み出した存在の殺害を確信する。ところが。
「……痛いなぁ」
聖奈は倒れるどころか銃身を掴んで無理やり銃剣を引き抜き、そのまま相手の胸に突き立てた。
「ごぶっ!?」
突然の出来事に目を見開きながら吐血した彼は脱力しながら倒れ込み。
「ばっ、化け物めぇ!」
「撃て!撃てー!」
残る三人が慌てて発砲。聖奈は放れた銃弾を避けること無く急接近し、先頭の兵士の横に回り込みながら刀を振り降ろす。
一人の両手をマスケット銃ごと斬り飛ばし、返して後ろに居た兵士の左脇腹から右肩に掛けて斜めに切り裂き。
「やめっ!」
振り上げた刀を力一杯振り下ろし、マスケット銃で受け止めようとした最後の一人を、銃身ごと真っ二つに切り裂いた。
そして踵を返しながら、両手を失い呆然としている先頭の兵士の首を撥ね飛ばした。
一分にも満たない時間で瞬く間に三人を斬り伏せた聖奈は、刀を振るって血糊を飛ばす。愛用しているセーラー服は返り血を浴びて真っ赤に染まり、帰宅後に行われるであろう姉のお小言を考えて深々とため息を漏らした。
人の気配を感じて顔を上げると、そこにはラインハルトが立っていた。
「妹様、今の者達で最後です」
「お疲れ。騎士爵は?」
「残念ながら取り逃がしました。しかし、先は長くないでしょう。マンダイン公爵家としても、不始末の責任を取らせる者を探しているでしょうからな」
「それなら良いか。お姉ちゃんには?」
「既に伝令を走らせています。負傷者が三名、殉教者が一名です」
「ありゃ、死人が出たの?」
「ええ、羨ましいことに」
ラインハルトは表情を変えること無く淡々と知らせた。
「それじゃあ、お姉ちゃんも悲しむじゃん。何考えてんのさ」
「聖女様の悲しみを一身に受けられるクルツが羨ましい限りです」
「はぁ……そうだよね、君達そう言うタイプだったよね。まあ良いよ、戻ろう」
「後始末が済んでおりませんが?」
「別にしなくて良いよ、どうせ直ぐに綺麗になるし」
聖奈が振り向くと、貧民街の住民達が死体を漁っているのが見えた。
「好きにして良いけど、ちゃんと死体は処理しておいてねー」
「分かってやーす!」
死体漁りをする住民達に声をかけて踵を返す。
「宜しいので?」
「死体漁りなんかしたらお姉ちゃん悲しむよ。皆に任せとけば、死体も残らないって」
斯くして男爵による起死回生の一手は、シャーリィ、そしてマリアによる介入によって悲惨な結末を迎え、マロン騎士爵を残して全滅した。