市華視点
私、バチカン市国様のドールである市華にはお姉様が沢山居ます。と言っても、顔を合わせたことがあるのは、伊華お姉様と王華お姉様だけです。残りのお姉様は、私が生まれる前に亡くなってしまったらしいのです。
ですが、今の私はそんな事は気にしていられません!
なんたって今日は、
「久し振りに伊華お姉様に会えるんですから!」
本当に、本当にに久し振りです。なんたってご五十五年ぶりですもの!
今の私はきっと、いいえ、絶対に、誰から見ても舞い上がっています。
あぁ、どこまでも優しい伊華お姉様。以前共に暮らしいてたときは常に何処か悲しそうな目をされていましたが、私に向けるお顔はまさに神のごとく優しいお顔でした。今は大丈夫なのでしょうか。
「あ!伊華お姉様の為にピッツァを準備致しましょう。きっとお喜びになりますわ」
いつも着ている純白のローブが光に当たりキラキラと光っている様です。まるで、いまの私の心を表しているようです。
「そうと決まればさっそくアンドレアさんに頼みましょう」
アンドレアさんは私が生まれた時にすでに居たこの家の人です。彼の作るピッツァはとても美味しくて、伊華お姉様もアンドレアさんの作るピッツァがお好きなはずです。
「アンドレアさん、今日、伊華お姉様がいらっしゃるの。よろしければピッツァを作ってくれないかしら?」
厨房に足を運びアンドレアさんに話しかけました。
「お帰りになるんですか?!なら今日は、腕によりをかけないとですね」
眩しいくらいの笑顔でオーケーを貰えました。
スキップをしながらリビングに戻るとチャイムの音が聞こえました。伊華お姉様ですね。いそいそとローブに埃が乗ってないか確認して、前髪を整えて玄関へ行きました。
ガチャっと音を立てて扉を開けました。
「お久しぶりです!伊華おねえ、さ、ま、」
だ、誰でしょう。伊華お姉様の隣に、男性の方がいらっしいます。も、もしかして、
「か、彼氏様?」
「ん?あぁ。そうだけど、お前が市華か。宜しくな!」
すんなりと肯定されてしまいました。気配的には、私達と同じドールのようですが。
「そう、です、か」
唖然としながらも私はしっかりと伊華お姉様とどこの馬の骨かも知れぬ彼氏様をリビングへご案内致しました。
移動中、伊華お姉様と彼氏様は仲睦まじそうに微笑み合っていました。
伊華お姉様から紹介があり、彼氏様、名前を独華と言うそうで、れっきとした女性だそうです。因みに、我が国のご近所であるドイツ連邦のドールなんだとか。
「伊華お姉様、今、アンドレアさんにピッツァを頼んでいます。ですが、出来上がるまでにはもう少し時間が掛かりまして、その間、彼氏様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「?まぁ、別に良いんね。でも、独に変な事はしないで欲しいんね。ioは、昔ioが使ってた部屋に行くんね」
伊華お姉様に少し怪しまれつつも、独華を借りる事には成功致しました。
フッフッフ。私、生まれてこの方このような好奇心に襲われたことはございません。
「独華!」
「呼び捨て?!」
独華は驚きを隠せてないようです。
「仕方ありません。だって、どこの馬の骨かも分からないのですから」
独華は少々困っているようです。ですが!今は私の好奇心を抑えゆるものは何もありません!
「伊華お姉様のどこがおすきなのですか?」
「伊華お姉様を幸せに出来る自信はお有りで?」
「伊華お姉様は貴方の前だとどのような感じなのですか?」
私の質問攻めに少々、独華は気圧されているようです。
「お、落ち着け。一個づつ答えっから」
「宜しくお願い致します!」
あぁ、このドールの事を知り、本当に伊華お姉様を幸せに出来ると、確信できるのか。私には今は分かりません。どうか神よ、私の行く末をお見守り下さい。
「えっと、まずは伊華の好きな所か。そうだな、優しい所だろ、直ぐに照れたり、子供みたいに無邪気に笑ったりする所も、後はー」
「駄目だ!数え切れねぇわ」
そう語る独華の表情はとても幸せそうで、愛おしそうでした。
「二つ目の質問な、えっと、幸せに出来る自信だっけ?勿論あるに決まってる。生きてたら、辛い事って本当に多いけどさ」
あれ?何故、少し苦しそうなお顔を?
「でも、そんな時は俺が伊華の隣に絶対にいて、何時までも笑ってくれるように、全身全霊で伊華に尽くすつもりだよ」
先程の苦しそうなお顔はなんだったのでしょうか。何ともないような明るい笑顔を此方に向けられました。
少し、調べる余地がありそうですね。
「俺の前の伊華は、、、秘密だ。だって可愛い伊華をやすやすと教えるわけにゃいかねぇからな」
ニヤッと笑って独華は、、、独華様は、そう言いました。
「そうですか、独華様は口の硬いお方なのですね」
「ですが、私のこの目からは免れられませんよ?」
今度は私がニコッと笑って見せました。
「独華様、先程、少し苦しそうなお顔をされていましたよ?私に何か話せそうなことはございますか?」
いつもどうりに、懺悔する人に話しかける時のように、傷付いた方に話しかける時のように、そっと、優しく私は問い掛けました。
「あー、いや、そのー、まぁ、なんだ、ちょっと昔の事を思い出しただけで?ただ、ちょっと、大事な人が死んだ事を思い出しただけだし、気にすんなよ」
悲しそうなお顔で話し、最後には何処までも明るい笑顔で言いました。
大切な方の死、ですか。この方も相当辛い思いをされていたのですね。
それでもなを、伊華お姉様を幸せにする覚悟、そして、伊華お姉様の瞳に宿った温かい春の日差しのような光は、この方の、独華様、いいえ、お兄様のおかげなのですね。
「お兄様、これからはお兄様と呼ばせていただきます。お兄様。貴方が伊華お姉様の救世主であると、私は確信いたしました。そして、貴方自身の心の光も、幸せも、どうか失われることのないように、お気おつけ下さい」
「貴方様の心の光は一時期酷くくすんでいたようですから」
私がそう付け足すと、お兄様はギクッとしたように目を泳がせて、「おぅ」とおっしゃいました。
それからは伊華お姉様と私に初めてできたお兄様と共にアンドレアさんの作る美味しいピッツァを食べて談笑致しました。
私がお兄様の事をお兄様と呼ぶと伊華お姉様は酷く驚いておりました。
「伊華お姉様、もう帰ってしまうのですか?」
「ごめんなんね。でも、イタリー様をあっちに置いてきちゃったし、今度は、姉さんとイタリー様とイタ王さんも連れて来るんね。だから、待っといて欲しいんね」
玄関でもう別れの挨拶の時間ですが、伊華お姉様から王華お姉様も今度来ると聞いたので、私は満足です。
「伊華お姉様、お兄様、お二人に神のご加護がありますよう、お祈り申し上げます」
バタンと玄関扉が閉まりました。あの日の、悲しそうなお顔でこの家を後にした伊華お姉様、今は、もう、心の底から幸せそうなお顔です。
純白のローブが汚れぬように気を付けながら今日も教会へ向かいます。
「神よ、どうか、御二人の未来が永遠に幸せに包まれるよう、どうかご加護をお与え下さい」
「どうか、彼女らのように、苦しむ人が一人でも少なくなる未来へ、お導き下さい」
そっと、目を閉じて、神に祈りを捧げる私は、あの日から何一つ変われてはいませんね。
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