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カフェの店内は、温かな灯りに包まれていた。テーブルに数組の客が座り、それぞれコーヒーを楽しみながら、良規の準備を見守っている。
『じゃあ、一曲だけ……聴いてください』
そう言って、良規は青いギターを抱え直し、ゆっくりと弦を爪弾いた。
静かに広がる音色は、まるで夜の街の片隅を思わせるように切なく、美しかった。
やっぱり、この人の音は特別だ。
佳奈は胸の奥でそう感じながら、食い入るように見つめていた。
そして、ふと気づいた。
良規の視線が、演奏の合間にちらちらとこちらへ向けられていることに。
(……見てくれてる?)
不思議な熱が胸に広がり、頬が熱を帯びる。
演奏が終わると、小さな拍手が店内に広がった。
良規は少し照れくさそうに頭を下げ、それから佳奈の席に歩いてきた。
『どうやった?』
「すごく……よかった。やっぱり、良規くんのギターって、心に届く。」
真っ直ぐな言葉に、良規は一瞬照れたように目を逸らし、それから決意したように口を開いた。
『なぁ……君って歌えるん?』
「えっ?」
突然の問いに目を丸くする。
良規は真剣な表情で続けた。
『なんか……君の声、聴いてみたい気がして。ギターと一緒に合わせたら、どんな音になるんやろって……気になるんや。』
胸がドクンと高鳴る。
歌なんて、人前でちゃんと歌ったことはない。
けれど、良規のまっすぐな瞳に、断る言葉は出てこなかった。
「少しだけなら……。」
そう答えると、良規の表情がぱっと明るくなる。
青いギターが再び弦を鳴らし、佳奈は小さく息を整える。
そして……
声を重ねた。
ギターと歌声が溶け合った瞬間、店内の空気が一変した。
小さなカフェに生まれたハーモニーは、誰よりも二人自身の心を震わせていた。
『……凄い』
演奏を終えた良規が、感嘆するように呟いた。
佳奈の胸も、同じ思いでいっぱいだった。
これは、始まりの音。
二人だけの物語が、確かに動き出した瞬間だった。