「えーと……
それでいいんですか?」
「は、はい。
もしお許し頂けるのであれば、ですけど」
ウナギの巨大化実験成功から数日―――
エイミさんが、『アオパラの実』の売上げについて
使い道が出来たと言って来たので、その話し合いを
する事になったのだが……
「多分、町としては構わないと思うけど」
「しかし、あくまでも当面の措置であったで
あろう?
いかなる心変わりじゃ?」
「ピュピュ?」
メルとアルテリーゼ(+ラッチ)も聞き返す。
彼女のお金の使い道とは―――
ラミア族の子供たちを引き続き、この町に
置かせて欲しい、というものであった。
最初は子供たちの栄養状態の回復、および
あちらで食料事情の改善が見られるまで、
というはずだったのだが……
「以前、罠魔法のご指導とウナギを持ち帰る時、
両親や他の大人たちと相談したのですが……
ドラゴン様の庇護を受けられるのであれば、
しばらく町で預かって頂きたい、との事でした。
そこで『アオパラの実』で得たお金を―――
アタシたちの生活費や経費として使って
もらえたら、と」
正直、ラミア族の申し出はわからなくもない。
ヒュドラの襲撃で、主食となる水産資源は現状、
微妙そうな感じだったし……
加えて『リープラス派』とのトラブルもあった。
それなら何も今、安全かつ安定した場所から
無理に戻さなくてもいい、と―――
親心としてそう思うのも仕方がないだろう。
「ええと……
ただ、私の屋敷に泊まってもらっているのは
一時的なものだと思っていたので。
長期滞在となると―――
何か手を考えなければ……」
う~ん、とうなる私に妻たちがそれぞれ
話しかけてきて、
「もともとさー、孤児院の方で預かるって話じゃ
なかったっけ?」
「学業用の施設と同時に、今の孤児院も
増築しているのであろう?」
フム、と彼女たちの意見にうなずく。
それに、日差しの暑い日中を過ぎて、夕方とも
なれば―――
よくラミア族の子供たちと町の子供たちが、
一緒になって遊んでいるのを見かけた。
受け入れてもらうのは問題ないだろう。
ただ……
「そうなると親元から長い間、離れてしまう事に
なってしまいますが……」
中にはまだ4、5才と思われる子もいた。
あまり離れるのは心理的にもよろしくないのでは、
と思っていると、
「それに付きましては、交代で町へ来る事に
しようと思っております」
「え!?
で、でも確か、あの村からこの町に来るまで
一ヶ月くらいかかるんじゃ」
ヒュドラの襲撃を受けて、エイミさんが助けを
求めて来た時の事を思い出し、確認すると、
「あ、いえ。
あの時は村から湖の住処へ、何とか食料を
届けようとして―――
5日くらい留まっていたんです。
その後は単独だった事もあり、なるべく
人間に見つからないようにしながら慎重に
町へ向かったので……
それと初めて来る場所でもありましたし」
「なるほどねえ」
「それで、具体的にはどれくらいかかるのだ?」
メルとアルテリーゼが話を進めると、
「集団で、道案内が出来る者がいれば、
片道10日程度だと思います」
「それでも結構かかるなあ……
パック夫妻があの村まで回診に来てくれるの
なら、ついでに乗せてもらえばいいんじゃ」
私の提案に、エイミさんは首をブンブンと
左右に振って、
「と、とんでもありませんっ。
そこまでして頂くわけには……っ」
遠慮する彼女に、妻たちが複雑そうな
表情になり、
「でもさぁ~……
そんな事言って、道中にもし何かあったら」
「せっかく助けたのに―――
後味が悪いなんてものではないぞ」
「ピュ~」
確かに、それもそうだ。
それでも申し訳なさそうにしているエイミさんに、
譲歩案を出してみる。
「別に毎日交代するわけじゃありませんし、
例えば10日に一度とか、1ヶ月に一度とかに
してみたらどうでしょうか?
どの道、パックさんの予定に合わせる事に
なるでしょうから―――
そのへんはおいおい相談という事で」
「わ、わかりました……
ありがとうございます!」
彼女はペコリと頭を下げ、メルとアルテリーゼが
明るく笑い、
「ま、シンに任せておけばいいって!」
「我が夫なら―――
何事も悪いようにはせぬであろう♪」
「ピュ!」
あれ? これ私が調整する流れ?
とも思ったが……
言い出しっぺは自分のようなものだしな。
折を見てパック夫妻に話すとしよう。
「では、『アオパラの実』の利益はラミア族の
諸経費として使うという事で……
ラミア族の保護者の方も交代で町へ来る、と」
ひとまず話を一区切りさせるためにまとめ、
それに3人の女性とラッチがコクコクとうなずく。
「あと、ウナギの肝ですが、さすがに
4人では厳しいですよね。
私も食べますけど……」
「そうですねえ。
アタシは好きな味ですし、タースィーや他の
母親は食べるんですが……」
巨大化したウナギは当然その内臓も大きく―――
ラミア族の好みに合っていたので、一応確保して
おいたのだが……
どうも子供たちに取っては苦手なようで、
もともと大量にある事も相まって、その
行先は―――
「まあ、残ったら残ったで魔狼たちが喜んで
食べているようですから」
「そ、そうですか」
魚や動物、魔物の内臓を好んで食べていた
魔狼たちだが、ウナギの肝はそれまでとは
全く食いつきが違うほど、夢中で食べていた。
「でもさー、シンの作る物って何でも美味しいと
思うけど―――
時々よくわからない物まで食べるよね」
メルの問いに、何でも受け入れられるなんて
事は無いよなー、と改めて思う。
「薬みたいなものかなあ。
ウナギの肝って本体より栄養があると
言われていたし」
「違いがあるのか?
それはどのような?」
アルテリーゼの質問に、知識を記憶から
引っ張り出しながら、
「まあどちらも、夏バテとか疲労回復の効果が
あると言われてるけど―――
本体はいわゆる『精が付く』と言われていて、
肝の方は『美容や美肌にいい』、と」
そこで室内の空気が一瞬重くなる。
さらに目の前の妻2人が笑顔で口元を
引きつらせ……
「ねぇ、シン♪
いい加減その、『聞かれた事以外は答えない』
って性格を何とかした方がいいと思うんだ♪」
「今、聞いていたのが我らだけで
良かったが……
下手をしたら町の女性全てを敵に回して
おったぞ?」
「ピュ! ピュ!」
なぜか家族から責められる。
エイミさんも視線が明後日を向いて―――
それから30分ほどメルとアルテリーゼから
説教され……
エイミさんからもやんわりと注意を受けた。
「とゆー事がありまして……」
「はは……」
翌日―――
久しぶりに町の大浴場に来た私は、パックさんに
グチをこぼしていた。
当初は、ラミア族の保護者の運搬について
宿屋『クラン』で話し合っていたのだが、
そこへレイド君とミリアさん、ギル君とルーチェ、
カート君・バン君・リーリエさんも合流し―――
一緒にお風呂へ行こう、という話になり、
男性陣と女性陣に別れ、裸の付き合いで湯に
浸かっていた。
「まー女性は美容に敏感ッスからねえ」
「新しい氷室を作ろうとかいう話に
なっていたのは、それが原因ですか」
レイド君とギル君が、汗をぬぐいながら
それまでの事を思い出し語る。
パックさんには当然、シャンタルさんが
ついており―――
話の流れでウナギの肝の話が出たところ、
そこにクレアージュさんも参戦し―――
ちょうどそこにいた氷魔法の使い手の3人組も
同調して、
匂いのキツい物専用の氷室も作ろう、という
事になったのである。
「でも、あのにょろにょろした魚の内臓に、
そんな効果があったなんて」
「ふへえぇえ~……
驚きです……ねぇえ~……」
カート君とバン君も会話に混ざるが、
一方はお湯に溶け切っていて……
「……バン君、お疲れですか?」
「あ~……
さすがにここまでは女の子たちも……
来ません……から……
ああ、開放感……♪」
彼の言葉で、普段の苦労がうかがえる。
「そういえば、ラミア族の子供たちも
ぼちぼち顔合わせしてますけど」
乳児やまだ手のかかる子を除いても、
女子が10人前後加算される事になるが―――
大丈夫だろうか。
「いずれ本格的に孤児院へ、ラミア族が
移る事になりますが……」
すると、孤児院を拠点にしているギル君と
カート君が首を傾げ、
「いや、でも―――
何度か孤児院に来ましたけど、
彼にラミア族の女の子がくっついて
いるのは、見た事ないです」
「確かに……
そういえばバン玉に、あの子たちは
加わってないですね」
※説明しよう。バン玉とは―――
バン君を中心に女の子たちが寄ってたかって
集まり、球形になった状態の事を言うのである!
「ふーん?」
ラミア族の価値観の違いなのか、それとも
町の住民に遠慮しての事なのか……
彼の負担になっていなければそれはそれで、
と思いながら、私は肩まで湯に体を沈めた。
「へー、ラミア族の子たちって、バン君は
好みじゃないのかな。
それとも年上はダメとか?」
「どうであろう?
エイミ殿の母は人間で、ニーフォウル殿と
結婚したが―――
当初は兄同然であったと聞いておる」
「ピュ~ウ~?」
一方、女湯の方では―――
男湯に入っている男性陣の妻や彼女たちが
話に花を咲かせていた。
「新規に入ってきた方々ですし、遠慮して
いるのでは」
メルとアルテリーゼの意見にシャンタルが答え、
「あーでも、他の男の子たちの面倒や、
年上の子に『お兄ちゃん』って懐いて
いるのは見かけましたよ?」
「バンは確かに、人間から見ると美形と
思われますけど……
ラミア族の基準では異なるんじゃないで
しょうか」
ルーチェ、リーリエも孤児院が生活の中心
なので、ある程度内情は知っていたが―――
その彼女たちから現状を知らされ、
他の女性陣は首を傾げていた。
「そういえば、彼女たちは町のお風呂には
来ないんでしょうか」
ミリアの疑問に、ラミア族を泊めている
屋敷の主である2人は、
「子供たちが熱いのは苦手なんだって。
大人は平気らしいけど」
「じゃから今は、広い方の風呂を水風呂として
提供しておる。
個室には簡易風呂もあるし、熱いのに入り
たければ、そちらも業者に頼む形じゃ」
へー、と女性陣がうなずく中、パック氏の妻が
「そういばパック君がそんな事言ってましたっけ。
慣れるまでもう少しかかるって。
しかし、ウナギの肝―――
薬のような物と言ってましたし、研究の
し甲斐がありますねえデュフフフ♪」
研究者の妻として、そして同じ学者肌の者として
シャンタルが不気味な笑い声を上げる。
「ま、次の機会を待つ事だね」
「でもメルさん―――
あれ、ラージ・イールだったんでしょう?
あんなのがまだいるの?」
メルの言葉にルーチェが聞き返し、
「わ、我にかかればあんな獲物、
3日もあればまた捕まえられるわ」
すでにメルの水魔法で次のウナギの『仕込み』は
始まっていたが……
巨大化に関しては町の上層部の極秘情報であり、
アルテリーゼが誤魔化しつつ話す。
「そ、それより、肝にそれだけの効果があるって
わかったのはいいけど……
身はそんなに栄養無いの?
美味しいだけ?」
ミリアが話の方向性をずらそうと話しかけ、
「そういえばそうですね。
本体の方って効果はそんなに無いんですか?」
リーリエも質問に加わり、それに対しシンの
妻2人が、
「えーっとね。
シンの話だと、確か夏バテとか疲労回復とか」
「後はのう……
精が付く? と言っておったのう」
その答えにリーリエは赤面したが、
他のミリア・シャンタル・ルーチェは、
「へえ~……」
「それはそれは……」
「次があったらギルに……♪」
そして聞き耳を立てていた女湯にいる女性陣も、
目に妖しい光を宿らせていた。
「え……?
それ、もしかして奥さんの2人にも
言ったッスか?」
一方その頃―――
男湯でも、ウナギの肝について詳しくシンが
話をしたところ……
妻や彼女のいる男性陣が微妙な表情になった。
「な、何かマズかったかな?」
するとパックさんが私の肩をポンと叩き、
「この際だから話しますけど―――
メルさんやアルテリーゼさん経由で、
女性たちの夜の活動が活発になって
いるみたいでして、その~……」
おぅわ、と思わず困惑する。
あの2人なんて事してくれてるの。
「てゆーかシンさん!
こっちやられっぱなしなんですけど!
何か手はありませんか!?」
「俺もお願いするッス!
この上ウナギ追加でこられたら、
体がもたないッス!!」
ギル君とレイド君が懇願する中、
いつの間にかカート君とバン君が、
離れ小島のように距離を取り―――
「いや、えーと……ですね?
取り敢えず一回満足させてあげたら
いいんじゃないかなーと。
最初は手で満足するまでですね……」
「だから!」
「その方法を詳しくお願いするッス!!」
その必死さに押され―――
何とかこちらは冷静に努めようと語り、
「ですから、それは相手に聞きながらとか、
言わせるかして……
会話もその、結構重要でして」
「……もしかしてシンさん、似た者夫婦?」
パックさんがやや呆れ顔ながらも聞き入り―――
こうして私は夜の活動方法を説明させられ、
同じ浴場のある人は子供の耳をふさぎ、
ある人は視線をそらしつつ聞いていた。
「あれ? シン」
「今出たところか?
シンにしては、長湯だったのう」
お風呂から上がると元凶2名と鉢合わせたが、
まさか言うわけにもいかず、笑って誤魔化す。
「いつもより長湯しちゃったか。
これからどうしようか。
足踏み踊りやってもらう?」
すると、ミリアさんとルーチェがそれぞれの
彼氏を引っ張って、
「じゃ、アンタは腰でもやってもらいなさい」
「ギルもねー。
最近、ちょっと『動いた』だけで疲れたーとか
言うんだから」
彼女たちに対し、レイド君とギル君は不敵に笑い、
「そうッスねえ……♪」
「やってもらおうかあ……♪」
ニヤリと笑う2人に、他の面々は不思議そうな
顔をするが―――
私はあえて見なかった事にした。
「あの、そういえば―――
孤児院にバン君っているよね?」
町の浴場から帰ってきた私たち家族は、
屋敷の食堂でラミア族+アーロン君と
食卓を囲み、何気なく会話を振ってみた。
「ああ!
あの美形さんですね。
いつも女の子たちに囲まれている―――」
「人間の女の子って、積極的なんですねー」
「私たちも女の方が多いですけど、
あそこまでは」
と、ラミア族の面々が感想を口にし、
「あり? やっぱりラミア族から見ても
バン君ってイケメンなの?」
「ウン! すっごく!!」
「住処にはいないタイプだけど、
めっちゃ好みですぅ♪」
メルの問いに、小さい子たちが元気良く答える。
「いやしかし―――
ラミア族の女の子は、あまり彼に興味が
無いような感じだと聞いていたのだが?」
「ピュウ?」
アルテリーゼの疑問に、子供たちは視線を
泳がせて、
「えーと、それは~……
競争率低い方が確実っていうか」
「むしろあのお兄ちゃんに集まってくれるのなら、
他が狙いやすくなっていいかなー、なんて」
「年上でも年下でも選び放題なんて、
ここはまさにぱらだいす……!」
あらヤダ。
この子たちったら意外と計算高いわね。
でもまあ確かに―――
現実問題として、バン君という難易度MAXを
無理に狙わなければ、他はイージーモードな
わけで……
話が微妙になってきたので、私は別の方向へ
話題を振る。
「それはそうと、孤児院の増築が終われば
そちらへラミア族の方々、アーロン君も
移ってもらう事になるんですが。
大人の人には、人間や他の子供たちの面倒も
見てもらう事になると思います。
そのあたりは大丈夫ですか?」
するとエイミさん、タースィーさんを含め
大人の4人が交互に顔を見渡し、
「アタシたちはもともと―――
子供のお世話や子育ては、全員でやって
おりましたので」
「任せて頂けるのであれば、むしろ喜んで
やらせてもらいますっ」
その後は狩りの割合などを詰め―――
こうして1日が終わった。
「じゃあアルテリーゼ、まずはこれを」
「ウム!」
翌日―――
町の外へ出て、ある実験が行われた。
大浴場で、パックさんとラミア族の
移動スケジュールの相談をした際……
安全かつ多くの人員をどうやって運ぶか
話し合いが行われ、
結局のところ―――
その気になれば2人でヒュドラだろうが
ジャイアント・バイパーだろうが、
運べるだけの輸送力があるのだから、
背中に乗せるよりは下に何か持たせて運ぶ方が、
より多くの人員を移送出来る。
それに合わせた安全性の確保がみんなで
論じられ、
ドラゴンになった彼女たちに、直接器具か
ロープを付けてもらい、それを命綱にする、
という意見が出たのである。
(決して夜の活動だけを話し合っていた
わけではない、決して)
竜の姿のアルテリーゼに首輪のような器具を
装着してもらい、そこに命綱のロープを付ける。
そのロープは背中から両脇の下を通して、
体の正面にある程度余裕を残して結ぶ。
簡易ハーネスのような形だが、耐久性は
職人さんのお墨付きらしい。
まずは私がハーネスを付け、続けてメルも
同じように装備。
当初は自分だけで……と思ったのだが、
『シンは身体強化が―――』
『使えないだろうが!!』と、妻たちに
猛反対され、
万が一の時は、メルがクッションになってでも
私を助ける、という事で一緒にやる事になった。
一応、こちらも安全を考え―――
実験の際は、土魔法の使い手を呼んで、
直径10メートル、深さ5メートルほどの
穴を掘ってもらい、
さらに水魔法で水を満たし……
その上でアルテリーゼに飛んでもらうように
していた。
「おし、準備かんりょー。
アルちゃん、お願い!」
「では飛ぶぞ、2人とも!」
声と共にアルテリーゼは真上へ飛び上がり―――
私とメルも宙へと吊り上げられる。
いつも思うが、羽ばたいて飛ぶというよりは、
まるで彼女の周囲が無重力になったような感じだ。
恐らく物理的な力というより、魔力による部分が
大きいのだろう。
高さにして20メートルほど……
さすがに下が水とはいえ恐怖を覚えるが、
実験のために飛んでいるので、いろいろ
データを取らなければ。
「メル、アルテリーゼ。チェックして」
「ほいほーい」
「了解じゃ」
それぞれが、体を固定する器具やロープを
引っ張ったり、少し体の体勢を変えてみたりして、
具合を確かめる。
「フム。我に問題は無いぞ」
「こっちもだ。
これなら命綱としての機能は十分―――」
そこでメルが、私の肩をトントン、とつつき、
「あのさ、シン。
これ、アルちゃんに固定した器具に
つながってんだよね?」
「そうだけど?」
聞き返すと、彼女はんー、とうなり、
「……あのさ、このロープ―――
アルちゃんが持って運ぶ箱とか入れ物に
つなげばいいんじゃないかな」
しばらく、バサバサとアルテリーゼが羽ばたく
音だけが聞こえていた。
「そうじゃのう。
子供らも運ぶ事を考えれば、いちいち
命綱を付けるよりは……」
「デスヨネー」
まあ、命綱の有効性は確かめられた
わけだし……
下に降ろしてもらうかとアルテリーゼを
見上げた時、視界の隅に何かが入ってきた。
「……何だ、アレ?」
私の声につられて、妻たちもその方向へ
視線を移す。
「! ワイバーン!?」
「複数おるのう。
じゃが、今回は後れは取らぬわ」
確かに、アルテリーゼ母子を襲っていたあの
怪物だが―――
大きさがいくらか小ぶりだ。
「待ってくれ、様子がおかしい。
こちらに向かって来てはいないようだし」
見たところ、4、5匹ほどで飛んではいるが、
どこかへ向かって飛んでいるというより―――
まるで何かから逃げているような。
「んん?」
よく見ると、ワイバーンの群れの後ろに何か
追尾するような物体が視認出来た。
知識の範囲内でいうなれば、ミサイル?
こちらの世界にそんな物があるのか?
筒状のそれは、ワイバーンを追っていると
いうより、ただ進行方向にワイバーンが
いるだけにも見えるが……
何より飛行速度はそれほど速いわけでもない。
「どうするの、シン?」
「アルテリーゼ、取り敢えず近付いてくれ。
無効化してみる」
「わかったぞ!」
ワイバーンの群れの横をすり抜け―――
その『物体』へと近付く。
その外見がハッキリとしていくにつれ、
それが少なくとも生き物ではない事がわかるが……
ミサイルか? と当初思った通り、推進機構を
利用して飛ぶ物は、私の世界にもあった。
アレもそうなら無効化は出来ない。
ただし魔導爆弾同様、魔力によるものならば―――
「魔力によって飛行する人工物など、
・・・・・
あり得ない」
そう私がつぶやくと、それは途端に速度を
落とし―――
よりその外観の詳細が把握出来るようになる。
こちらの世界でいうなら、やはり魔導具だ。
装飾とも回路とも思える模様や機器で構成され、
3メートルほどの筒状の先端には……
バスケットボールのような球体があった。
魔導爆弾の件もあったし、念のため他にも
考えられる機能を無効化させる。
「魔力によって爆発する装置など―――
・・・・・
あり得ない」
心無しか、先端の輝きが鈍ったように見え、
私はメルに目配せしてうなずくと、
「アルちゃん、捕まえて!」
「承知!」
そしてドラゴンとなっている彼女が事も無く
それをつかむと―――
ひとまず地上へ持ち帰る事にした。
「またシンさんは変なモノ拾ってきて……」
ミリアさんが呆れながら、ミサイルもどきを
見た後に視線を私へ向ける。
「ひ、人をしょっちゅう変なモノを持ち込む
変人みたいに!」
地上へ降りると、まずはギルド支部へ連絡し―――
クーロウ町長代理には万が一の時のために、
住民の避難誘導の準備をしてもらうため待機、
レイド君とミリアさんは現場へ駆け付けてきた。
職人さんにも見てもらったが、見た事の無い、
用途のわからない魔導具の組み合わせ、という事
くらいしかわからず、
今は安全のためと称して、私の能力を知る人以外は
現場から遠ざけていた。
「パックさんにもわかりませんか?」
「魔導具は専門外ですね……」
「ゴーレムの『魔力核』を使っているわけでも
なさそうですし」
パック夫妻にも来てもらったが、知識の範囲外
だという。
「シンは驚いてる感じじゃなかったけど」
「もしかして、シンのいた世界ではこんな物が
あったのか?」
妻2人の言葉に全員の注目が私に集まる。
「確かに、『ミサイル』、『ロケット』という
似たような物はあります。
この筒の後方から燃料を燃焼させて推進させ、
さらに先に爆発物を取り付けて、遠くから
相手の土地や目標を狙うんです。
『弓矢』の究極進化版、とでも言いますか」
「ろくでもないのは確かッスねえ」
ミサイルもどきの一番近くにいたレイド君が、
話ながら戻ってきた。
「シンさんに聞きたいッスけど……
これ、もう安全ッスか?」
「無効化はしましたから、すぐにどうこうは
無いと思いますが―――」
するとレイド君は考え込み、ミリアさんが
心配そうに彼に寄り添う。
「レイド、これは王都に持って行って
もらいましょう。
もしかしたら他国による攻撃かも知れないし、
分析すれば何かわかるかも」
しかし、レイド君は視線を落としたまま、
「いや、安全の回復を最優先するッス。
爆発物かも知れない以上―――
早急に処分するのが一番確実な手……!
それに、何もわかっていない状態で
アレコレ手を打つのは危険ッス」
確かにそうだ。
魔導爆弾の時のように起爆役がいるかも
知れないし、何よりコレについての情報が
無さ過ぎる。
「そうですね―――
シンさんが無効化しているとはいえ、
わからない機能までは……」
「もし毒物でもあれば、魔力を無効化しても
何の意味もありません」
パック夫妻の意見に、みんながうなずく。
私が無効化出来るのは、あくまでも地球で
現実にあり得ない事だけなので―――
毒や巨大生物といった『あり得る事例』に
対しては、何の役にも立たないのだ。
現に、ヒュドラの猛毒を浄化したのは
パックさんだし。
「うーむ……
我は素手でつかんでしまったが。
まあドラゴンであるし、多少の毒は
大丈夫であろう」
「それで、どう処分するー?」
メル・アルテリーゼの意見に、レイド君がこちらへ
向き直って、
「ギルドからの緊急依頼で―――
この『みさいる』とやらの処分を
お願いするッス!
処分方法はシンさんにお任せします!」
こうして私と妻たちは―――
ミサイルもどきを持って、再び空へ舞い上がった。
「……とはいえ、処分はどうするのじゃ?」
「また湖に投げ込むわけにもいかないし」
あそこはラミア族が住んでいると判明したし、
その選択はもう出来ない。
「確かコレ、南側の方から飛んできたんだっけ」
「そだねー」
「ラミア族の湖は確か東南の方向じゃったから……
それよりは真南―――
もしくは西南の方だったかのう?」
フム、と思考を巡らせる。
私の予想が正しければ……
「とにかく、飛んできた方角を目指して
飛んでくれ。
もしかしたら、私が思っている物が
見つかるかも知れない」
こうしてまずは、漠然とただそちらの方向へ
飛行を続ける事にした。
そして2時間ほど経過しただろうか……
「あれは……」
「何? 何かあった?」
「大きな櫓、もしくはハシゴのような物が
見えるが」
そこはうっそうとした森が広がっていたが―――
その中に、不自然に開けた場所があり……
およそ距離にして自分たちから200メートルほど
離れたそこに、明らかに人工の物と思われる設備や
建物があった。
「発射台か」
「え? とゆー事はあそこからコレ飛ばしたの?」
「という事じゃろうなあ」
無人なのか、静まり返っており―――
用が無くなったから放棄した、もしくは
しばらく用途が無いといった感じだ。
「で、どうするのじゃ、シン?」
アルテリーゼの質問に、んー、と私は少し
考えた後、
「せっかくだし、お返ししておこうか。
魔力の無効化を解除するから―――
アルテリーゼはソレの先端をあの施設へ
向けておいて。
ソレが再び動き出したら手を放してくれ」
そして私はミサイルもどきに向かって、
「この世界では―――
魔力は当たり前だ」
つぶやくと同時に、ソレがうなりを上げて
動き出し、
「お帰りください♪」
「返品じゃー!!」
と、ミサイルもどきが『発射』され、
それは一直線に眼下の施設へ飛んでいき―――
およそ7、8秒後に着弾を確認。
目視でだが、およそ直径10メートルくらいの
範囲は爆発に巻き込まれただろう。
「じゃあ処分も終わったし!」
「帰るとするかのう。
すっかり空腹じゃ」
「そうだね。
念のため、帰ったらパックさんに浄化を
かけてもらおう」
無事、『処分』を終えた私たちは―――
町へ帰還する事にした。







