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そう話しているうちに、美咲の店へタクシーが到着。
「いらっしゃい。あら、涼さん。・・・え? 透子も一緒?」
先に店に入った北見さんに声をかけた美咲が、その後ろから入って来た私を見て驚く。
「どうも。美咲ちゃん。奥空いてる?」
「あっ、はい。どうぞ」
今回はカウンターではなく、奥のテーブルへ。
後ろからついていこうとすると、美咲に声をかけられる。
「ちょっと透子。これどういうこと? 樹くんは? なんで涼さんと一緒?」
「これには深~い理由があるのよ。また後でゆっくり説明する。大丈夫。心配しないで」
「う、うん・・。わかった」
まだ美咲には、樹がうちの社長の息子で社長代理として頑張っていることは言えずにいた。
でもまぁ今回来たこといいきっかけだし、とりあえず北見さんとこの後別れてからじっくり説明しよう。
「なんか懐かしいね。この席。当時よくここでメシ食ったのよく覚えてる」
「ですね」
美咲の店は居心地良くてご飯も美味しいから、よく二人で当時はこの店に来てたんだったな。
「どうぞ。お水です。なんか珍しい組み合わせ」
「最近になって一緒に仕事することになってさ。こっち戻って来たんだ」
「えっ?二人で?そうなんですね」
美咲と北見さんが昔と変わらない雰囲気で会話している。
なんか変な感じだな。
またこんな感じが戻って来るとは。
「またちょくちょく来させてもらうよ」
「ありがとうございます。またお待ちしてます。また注文決まったらお呼びください」
そう言って美咲が一旦その場を離れる。
「まず。飲み物は・・。あれから変わってないの?」
「はい。いつもので」
これは二人で通った時から、いつも頼む飲み物で、毎回私は変わらないオーダー。
それをこの人はまだ覚えてくれていた。
「じゃあ。オレはビールにするかな。あとは・・何頼もうか。腹減ってる?」
「まぁ、それなりに」
「じゃあ・・。おっ、新しいメニューも増えてるね。これ美味そう。適当に頼んでいい?」
「はい」
「美咲ちゃん。注文いいかな?」
「はーい」
そういえばいつもこんな感じだったな。
食の好みが合っていて、お互い好き嫌いがなかったから、こんな風にその時適当にいつもこうやって頼んでくれてたっけ。
でも、樹とはまだこんな風に一緒に食べに行くこともほとんど出来てないな。
樹はこの店でどんな風に過ごしてたんだろう。
ようやくこれから一緒にいろんな時間過ごせるはずだったのに。
昔の自分の想い出を重ねれば重ねるほど、今いない樹のことを考えてしまう。
これから始まる樹との未来がどんな風になったのかと想像してしまう。
結局離れても会えなくても、どんな時ももう樹の存在が大きくなりすぎていることに気付く。
「それにしても、今度のプロジェクトでまた一緒に仕事するとは思ってもみなかったよ」
「私の方こそ驚きました。北見さん、このプロジェクトのサポート急に決まって、大阪での仕事は大丈夫だったんですか?」
「それはちょうど関わってた仕事がキリついたから問題はなかったんだけど。ってか元々こっちの本社に戻る希望出してたからね。ちょうどいいタイミングだったんだよね」
「えっ?そうなんですか?」
「もちろん。大阪支社には急遽行くことが決まってオレも正直不本意だったし。でも行くからにはちゃんと期待に応えたいし結果も残したかったからさ。オレなりに頑張りはした」
不本意だったんだ・・。
「ホントはオレも行きたくなかったよ。透子と実際離れたくなかったし」
「え・・?」
少しドキッとするまさかの言葉が返って来る。
「そりゃそうでしょ。あれだけ透子大切にしてたんだからさ。変わらずオレが守ってやりたかったし、ずっと大切にしたかった」
「なら、なんで・・・」
初めて聞くその話に、嬉しいのか悲しいのかわからなくなる。
だけど、それならどうしてあの時・・と疑問が出てくる。
「だけど・・。まだあの時のオレは透子を守れるほどの器じゃなかった。透子の前では大人ぶってカッコつけてたけどさ。仕事ではまだまだ自分では納得いく結果出せなくてさ。正直まだ透子の将来も全部受け止める勇気も持てなかった」
知らなかった。
ずっと私には完璧な存在だったから。
まだまだその頃の自分にはきっと理解出来ない部分もあって。
正直私もそんな北見さんに頼り切っていたような気がする。
もしかしたら、北見さんとの幸せな将来を夢見ていた自分の存在はプレッシャーに感じていたのかもしれない。
今になって気付いた自分の未熟さと存在の重さ。
「あの時の私は、北見さんがすべてだったから・・・」
「うん。それがオレにとっての幸せだったと同時に、まだ幸せにしきれないもどかしさが混在してた」
「私の存在が・・北見さんの将来を邪魔してたんですね」
「いや・・そうじゃなくて。オレがあの時、大阪に君を連れて行く勇気が出なかったから。大阪での仕事は確実に本社にいた時よりも忙しくなるのわかってたし、正直プライベートにまで余裕が持てなかった。あのまま君を連れて行っても寂しくさせて悲しませることになりそうな気がしたんだ。だからといって、まだ若い君の将来をオレが一人前になるまで遠距離しながら待たせることもさせたくなかった」
あぁ。やっぱりこの人はずっと私より大人だ。
私を守る為に自分を犠牲にするような人だった。
「だから別れを選んだってことですか・・・」
「君には申し訳ないことをしたと思ってる。ちゃんと説明もなしにあのタイミングで別れたこと。でもどうしても男の責任とプライドとして、あの時のオレはそうせざるを得なかった。そして君はオレに縛られることもなく幸せになってほしかった。あのタイミングならまだ君なら大丈夫だと思ったから」
「北見さんらしいですね。それ聞いて納得しました」
仕事にすべてをかけていたこの人なら理解出来る。
逆にその時、この人がすべてだった自分ならそんな結果になっても仕方なかったんだなと、妙に納得出来た。
私のことを想って、この人は別れを選んでくれたんだ。
だけど私は涼さんのそんな想いも知らず、ただ悲しんで自分を責め続けていた。
もっと私が大人で涼さんの状況や気持ちを理解していたら、もっと楽でいられたはずなのに。
だけど、今ちゃんと話が聞けてよかった。
今初めてあの時のことを聞いてすべてのモヤモヤが晴れたような気持ちになる。
それに、その縁がなかったことで、今は樹に出会えた。
だから、私はもうこの人を憎む理由も避ける理由も何一つない。
「北見さんには感謝してます。あの時ホントに大切にしてもらえて幸せでした」
「透子・・・」
「正直あの時は自分に魅力がなくてフラれたんだと、自分を責めてばかりいました」
「いや、それは絶対違うよ。君が魅力的だからこその決断だった」
「でもあの時の別れがあったからこそ、今の自分がいる。ダメな自分だと否定しない自分に変われました」
今はこの人がどんな言葉をかけてきても、昔のような感情にはならなくて。
だけどそれは憎んだりする気持ちとかではなくて、昔ほどの依存する気持ちも愛しい気持ちも感じられなくなった確信みたいなモノで。
やっぱりもう昔みたいな気持ちは何一つ残っていないんだと実感する。
逆に数年経って、ようやく答え合わせが出来たようなすがすがしい気持ちになる。
「今何年か経って、こうやってお話出来てよかったです」
「少しでも君があの時のことを後悔したり悲しんだりすることはしてほしくなかったから、いつかちゃんとオレも話したいと思ってた」
さすが大人だ。
きっとわかってたんだろうな。
若い自分がこんな風に悲しんでいたこと。
「もう大丈夫です!」
「出来ればこれからもオレが君をまた笑顔にしていきたいけど・・・」
「え?」
「いや・・まぁ、これからまた君の隣りでサポート出来ること嬉しく思うよ」
「はい。これからもまた昔のように頼りにしてます」
「任せといて」
そのあと、食事をしながら何気ない話をし終わった後、北見さんは店を後にした。