テラーノベル
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俺達は新年会、もとい新年を祝う飲み会をしていた。
元々は同僚やら友人やらで騒がしかったこの席に残っているのは、俺こと又理三と、友人であるムイ。
そして……顔を真っ赤にしてすでに出来上がっているシロ。いつもの三人だ。
「う〜〜〜、もう一本いっちゃお〜!」
「ちょっと待て流石にもうやめた方がいいんじゃないか?」
そんなことを言うシロの周りには酒の抜けたグラスが大量にある。もちろん、それら全てシロ一人で飲んだ酒だ。
「いやー、シロちゃんがこんなにお酒好きとは知らなかったよ」
ヘラヘラと笑いながら、シロをの頭をちょんちょんと突く。俺はその手を薙ぎ払いながらも、その事実を口にした。
「いやこいつ今日お酒デビューしたぞ?」
この飲食店に入る前、シロは「お酒初めてだから飲めるかどうか分からない」とか言ってオロオロしていた。
そのくせ、いざ一口飲んでみると「案外いけるかも」「……美味しい」と言って、たった一グラス飲み終わる頃には酔い潰れていた。
調子に乗って金を気にしないままどんどん頼み……今に至る。
「……それはびっくりだよ」
「人前だからって見栄張った自業自得だな。……ほらシロ、水」
「……ん〜、おみず〜」
シロはそう言って、まるで子猫のように水をちびちびと飲み始めた。
その顔が、どこか憎めなくて。
……見ていられず、ふいっと目を逸らした。
「ねぇ又理クン。シロちゃんって一人暮らしだったよね?」
「ああ、そうだな」
「電車も僕達と数個ぐらい離れてるよね?」
「……なんとなくわかった」
要するに、シロの面倒を見るのは誰かという話であろう。
「そう、僕が又理クンをお持ち帰りするってことだね」
そんな気色の悪いことを言うムイの足を迷いなく踏んづけた。
……まあ、いつものことだ。
「アハッ、最高だよ又理クン……もっとやってくれないかい⁉︎」
「シロ、帰るぞ」
「んぇ? もう帰るの〜? おしゃけは〜?」
「今日は一旦ストップ。また別の日にな。歩けそうか?」
「んー、頑張る」
「ちょっと又理クン、無視ってひどくないかい⁇ いや、それもまた僕への褒美というわけか……!」
まだ笑みを浮かべながら変なことを言っているムイ。その様子を横目で見ながら、そそくさとその場を去った。
……会計、お前が全額負担だ。
シロの体がふらっと揺れた瞬間、俺は反射的にシロを支えた。思ったより軽く、思ったより熱があった。
鼻に微かに残るアルコールの匂い。
それに混じって、シロがいつも使っている甘いシャンプーの香りがした。普段なら気にもしないのに、今はやけに意識に引っ掛かる。
「うぅ……」
「ほら、足。ゆっくりな」
歩幅を合わせると、シロは俺の腕に体重を預けてきた。ぎゅっと掴まれる腕。
素面のシロは、ここまで距離を自分から詰めない。触れれば照れるし、抱きしめれば固まる。それがシロだ。今こうして無防備なのは、全部酒のせいで……
それを分かっているのに、心の奥底で嬉しいと思ってしまっている自分がいて――
とりあえず、このまま一人でシロを家に帰らせるわけにはいかないので、俺の家に連れて帰ることにした。
許可は一応とった。「い〜よ〜」という何にもわかってなさそうな声色だったが。
玄関について、鍵を開ける。
そのいつもの動作でこれまで安心したのは、今日が初めてだろう。
「う〜〜〜」
靴を脱がせていると、寝起きのように低く唸るシロ。体の力が抜けて、ほぼほぼ俺が全体重を支えている。
「シロ、大丈夫か?」
「だいじょーぶい!」
シロはにへら〜とでも言うような笑顔を浮かべる。
この状況も、その表情も。今のシロは小学生……いや、幼稚園児に見えたと言ってもいいだろう。一応、成人済みだ。
靴を脱がし終え、リビングのソファへと座らせた、そんな時。
ポケットの中でスマホが小さく震える。見ると、ムイからメッセージが来ていた。
『又理クン、シロちゃんは大丈夫そうかな?』
『おう』
『それなら良かったよ。次は是非とも僕をお持ち帰りし』
即座に電源を切った。
「だいじょ〜ぶ? 怖い顔してるよ〜?」
「あ……いや、なんでもない。とりあえず、水で顔でも洗って少しでも酔いを覚ましたらどうだ?」
「……ちゅめたいのやだ」
「ぶっ」
思わず吹き出すように笑ってしまった。
……本当に、憎めない顔をしている。
気づけば腕が伸びていた。くしゃくしゃと頭を撫でると、嬉しそうに顔を綻ばせる。
それを確認し、もう一度水を飲ませるために立ち上がると、シロが俺の服の裾をつまみ、引き留めた。
「どこ行っちゃうの……?」
眉を下げ、目元を潤ませながら、唇をキュッと噛んで寂しそうにするシロ。
心臓がドキリと跳ねた。
目を逸らそうにも、不思議と逸らせない。そのまま一時見つめ合い、ようやく口を開いた。
「……水取りに行くだけだ」
「……すぐ帰ってくる?」
震えて、今にも泣きそうな声。シロの指元に力が込められる。
「一瞬だ」
「……わかった」
少し不服そうにしながらも、パッと指を離された。
シロに顔を見られないキッチンに辿りついた時、俺は思わずしゃがみ込んで顔を両手で覆った。
指の間から湯気が出てきそうなほど、顔が熱い。
「あ゙ぁあぁあ〜〜」
完全にハートを射抜かれた男の声だった。
一つ息を吐き、なんとか調子を整える。
……シロが待っている。早く戻らなければならない。
なるべく何も考えないようにしつつ、慣れた手つきでコップに水を注ぐ。
「ほら、水」
平静を装いながら水を差し出した。
「……ありがとう。三も隣きて」
「ああ、分かった」
「ん……」
シロは少し微笑んだ後、水を飲み始めた。
相変わらず飲むのが遅い。ちびちび、こぼさないように必死で。
「気をつけろよ」
自分でも驚くぐらい優しい声でそう言った。
それぐらい、目の前の彼女はとても可愛らしかった。いわゆる、
「食べちゃいたいぐらい可愛い」
と、言うやつだ。
「えっ、た、食べる……⁉︎」
口に出していたらしい。シロは目を丸くしている。
「……食べない。食べないから安心しろ。……多分な」
「多分? ほんと?」
「ほんとほんと」
シロはじっと俺の顔を見つめてから、またにへら〜と笑った。
「……じゃあ、しんじる」
そのまま力が抜けたのか、俺の腕に体重を預けてくる。
「おっと……」
近い。思ったよりも、ずっと。
呆れながらも少しドキッとしてしまった俺に構わず、シロはもっとくっついてくる。
「ねね、三」
「なんだ?」
「……ぎゅって、してほしい」
元から赤かった顔が、更に赤みを増していた。
「抱きしめてほしいってことか?」
意味は分かっていた。それでも、わざと聞き返す。
「……うん、だめ……?」
そんな、上目遣いをされてしまったら。
「……しょうがねぇなぁ」
「えへへっ、やたっ」
完膚なきまでに負けてしまった。勝負をしているわけでもないのに、敗北感が俺をチクチクと刺してくる。
シロは純粋極まりない笑みを浮かべて、俺を待つようにじっと見つめている。
小さく息を吐いてから、そっとシロの背中に腕を回した。強くは抱きしめない。逃げ場を残すような、控えめな力で。
「あったかい……」
「そりゃどうも」
腕の中、安心したように力を抜くシロ。
しばらくすると、シロの呼吸がゆっくりになっていった。
「……おい、シロ?」
返事はない。どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。
「……ほんと、無防備すぎだろ」
シロの髪をそっと撫でる。起こさないように、慎重に。
その体制のまま、持ち上げる。
シロは少し身じろぎしたが、目を覚ますことはなかった。
「……よっと」
ベッドに寝かせ、毛布をかける。
それで終わりの……はずだった。
「……あ」
少しだけ、ずれている。服の隙間から、首元と肩がわずかに覗いていた。
視線を逸らそうとしたのに、返って意識してしまう。
危ない方に飛んでいきそうになった自分をビンタし、現実へと引き戻した。
たった一秒という時間で、触れないことに命をかけながら毛布を引き上げ、照明を暗くする。
「はぁ……」
体全体の力が抜け、そのまま床に仰向けになった。張り詰めた糸が解けたように脱力し、息を整える。
このまま一緒に寝るのは流石にまずいので、寝室を離れようと立ち上がる。
暗い中見えるシロの顔はまだ赤いままで、俺とは真逆に、驚くほど穏やかだった。
――そんな時。
「……さ」
「……?」
小さく、くぐもった声。寝息に混じっていたが、確かに聞こえた。
「三……」
その言葉が耳に入り切った瞬間、思わずギョッとした目でシロを見つめてしまう。
反応をしてはいけないと、頭ではわかっていた。それでも、胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。
「……呼ぶなよ」
ベットの方へ吸い込まれるように戻る。
起こさないように指先だけでシロの髪を撫でると、シロは安心したように小さく息を吐いた。
しばらく経ち。もういいだろうと思い、手を離そうとしたその直後。
ぎゅっ、と。袖の端っこをとても弱い力で掴まれた。
「……っ」
見れば、シロが眠ったまま無意識に腕を伸ばしていた。
それを認識するとともに、頭の中が一気に真っ白になった。いや、正確には逆だ。余計なことばかりがうるさく押し寄せてきて、そう感じただけ。
この手を振り払うのは簡単だ。
立ち上がって、部屋を出て、何事もなかった顔で朝を迎えればいい。それが一番正しい。わかってる。わかってるんだが……
「……いかないで」
「……シロ」
名前を呼んでも、返事はない。ただ、縋るみたいに指に込められる力が少しだけ強くなる。
指先に伝わる体温がやけにリアルで、さっきまで腕の中にあった重さを思い出させてくる。
心臓の音が、やけにうるさい。ベットに入って、抱きしめてしまえば、楽だった。俺の本能も、そうしろと囁いてくる。
……だけど、それは絶対にしてはいけない。そうすれば、我慢できなくなって一線を超えてしまいそうだから。それは介護じゃない。優しさでもない。
――ただの、欲だ。
相手は酔っている。判断力も、記憶力も、まともじゃない。それを利用するみたいな真似、できるわけがない。
……できるわけがないのに、こんなにも迷ってる時点で俺の理性なんて大したことないんだろうな。
俺はその場にしゃがみ込み、掴まれた袖の代わりに、シロの手をそっと握った。
……明日起きれば、きっと何も覚えていないのだろう。泥酔っていうのは、そういうものだ。
そう思うと、少しだけ悔しくて、少しだけ安心する。
「新年早々、とんでもないイベントだったな。」
そんな独り言を呟いた後、俺は静かに目を閉じた。
――𖠚ᐝ――
朝日がカーテンの隙間から差し込んできて、俺は目を覚ました。頭が痛いわけじゃない。二日酔いでもない。なのに、妙に疲れている。
どうして、自分はベットで寝ていないのだろうか。
寝相が悪すぎて、転げ落ちてしまったのだろうか。
床で寝ていたせいか全身が痛い。立ちあがろうとしたその時、片手が動かせないことに気づいた。
「……あ」
片手が、シロの手を握っていた。それを認識した瞬間、一気に記憶が蘇る。
慎重に身を起こして、ベットの方を見やる。シロは毛布にくるまったまま、すやすや眠っていた。
顔色はもう普通で、赤みも引いていた。
……平和そうで何よりだ。
そう思う反面、胸の奥がちくっとする。
この顔で起きてきて、何事もなかったみたいに「おはよー」なんて言われたら。……少しだけ寂しい。
その時、シロが小さく身じろぎをした。
「……ん……」
「っ」
起きたかと思い、反射的に握っていた手を離してしまった。
「……はぁ」
深いため息は、どこか自分でも呆れているような、そんな音だった。
しばらくして、シロはゆっくり目を開けた。天井を見て、辺りを見渡し、それから俺を見る。
「……ん? あれ……ここどこ?」
「俺の家だ。」
「あ、そっか。」
思ったより落ち着いているんだな、と。そう思った瞬間、シロの顔が驚愕に満ちていく。
「ええええええっ⁉︎」
勢いよく体を起こして、毛布を握りしめる。
「な、ななななんで⁉︎ 私、昨日……!」
「落ち着け。飲みすぎただけだ」
「の、飲み過ぎ? ……全然覚えてないんだけど」
「……だろうな」と微笑する。
「途中から記憶飛んでるっぽかったぞ。水飲ませた後寝た。あ、安心しろ。一緒のベットでは寝てないからな。俺は床で寝た。」
嘘は言っていない。言っていないが、全部も言っていない。
「そ、そっか……。変なことしてないよね? 私」
「……してない」
ほんの一瞬言葉に詰まってしまった。
「ほんと?」
「ほんとだ」
意識して、少しだけ強めの口調で言った。
それに安心したのか、シロはふぅっと息を吐いた。
「よかったぁ……初酒でやらかしたかと思った。……あ、頭、ちょっと痛い……かも」
シロは少し辛そうに頭を抑えた。
「二日酔いだな」
「……そうかも」
その笑顔を見て、胸の奥にあった妙な緊張が、少しだけほどけた。
「……じゃあコンビニにでも寄ってから帰ろっと」
「ちょっと待て」
「……?」
靴を履きかけたシロが、きょとんとした顔で俺を見る。
「一人で行くな」
「三も買うものあるの?」
「いやそういうわけじゃない。その……夜だし」
「まだ18時だよ?」
「最近は暗くなるの早いだろ」
「……えぇ」
シロは納得をいっていない顔をする。そりゃあそうだ。自分でも変なことを言っているのは分かっている。それでも、このまま帰すわけにはいかなかった。
「じゃあスマホ持ってく! 何かあったら連絡できるし!」
「俺も持って行け」
「……ん?」
結局、並んで歩くことになった。シロは普通。いつも通りの距離感、テンション。
……俺だけが、おかしい。
横を歩くシロが、ほんの少しふらついた。それだけで肩に手を伸ばしそうになり、拳を握る。
「し、シロはもう酔ってないよな?」
「……え? あ、うん」
「……良かった」
何を当たり前のことを聞いているのだろうか。
「ねぇ、三」
冷や汗をかく。
「なんだ?」
「今日さ……ちょっと変じゃない?」
「そ、そう……か?」
「うん。やたら水飲めって言うし、いつもだけど今日は特に距離が近いし、こうやってついてくるし」
一個一個、的確すぎるその言葉は俺の心をズタズタにしていく。
「……気のせいだろ、いや、気のせいだ!」
「え〜?」
シロはじっと怪しむように俺の顔を覗き込んでくる。無意識に、一歩分距離をとってしまった。
「も、もしかして……」
その言葉の続きに嫌な予感がして、思わず身構える。
「私、酔った時なんかやらかし」
「いやしてない」
即答だった。
「ほんとに?」
「ほんとだ」
「……そ、そっか」
明らかに困惑している。でも、それ以上踏み込んでくることはなかった。
やがてコンビニに着き、シロがプリンを手に取る。
「これ今日の夜に食べよっと」
「じゃあ俺も食べる」
「やっぱり貴方今日変だよ⁉︎」
会計を終えて外に出ると、シロが小さく笑った。
「私、今日ずっと貴方に守られてる感じする」
「……気のせいだ」
「……三」
「ん?」
「ありがとね」
不意に、まっすぐな声でそう言われた。
「……何がだよ」
「なんとなく」
そう言って笑うシロ。
そのなんとなくに、どんなの意味が含まれているのかは分からない。
けれど。
「……どういたしまして」
それでも、十分だった。
新年早々、面倒な夜だったのは間違いない。
――けど。
悪くない、なんて思ってしまった時点で、たぶん、もう手遅れなんだろうな。
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