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◻︎最後の夜
「今夜あたり、どう?」
いつもみたいに夜のお誘いをしてくる人。
その両手には旦那一人分の洗濯物があった。
「いいよ。あと少しだけ荷物をまとめたらね」
「じゃ、先にいってるね」
夫婦の寝室には、もうベッドはなかった。
5個の段ボール箱と、衣装ケースが一つ、紙袋が二つ。
これが私の荷物。
6個の段ボール箱と、紙袋が4つ、布団袋が一つ。
これが旦那の荷物。
離婚を決めてから、それぞれがたくさんの荷物を処分した。
世間ではモノを捨てて身軽になることが流行っているらしいけど、ホントにそうだと思った。
今の自分に必要な物は、今の自分が管理できるだけの量だということ。
持っているということも忘れていたような物は、必要ないということだ。
きっと、人と人の関係もそうなのだろう。
処分して広くなった部屋を見ていると、心の余裕も広くなった気がする。
これからどんどん歳をとって、自分で管理できるものの量もグンと少なくなるだろう。
それでも、できるだけ身軽にして心に余裕を持って暮らしていきたいと思った。
心に余裕があれば、誰かのことを思う余裕もあるのだから。
荷物に囲まれた寝室には、一組の布団だけ。
明日には二人ともここを出て行く。
最後の晩餐、ならぬ最後の睦愛。
「ね、一つだけ聞かせてよ」
汗ばんだ空気をまとって、旦那が言った。
「なぁに?」
「僕は洋子を幸せにできたのかな?」
少し考える。
「私の病気が再発もせず、仕事をしっかりやれるようにあなたが家事をしてくれたおかげで、私はこれからちゃんと一人で生きていける力をつけることができたんだよ。《一人で》生きていくのは寂しいけど、《一人でも》生きていけるのは幸せなことだよ」
ふふっと笑う旦那。
「そっかぁ、よかった…なんか、ホッとしたよ」
「そういうあなたは?私との結婚は失敗だったんじゃない?」
「僕は、女の子と話すのが苦手だった。でもね、紹介されて洋子に初めて会った時にね、一目惚れしたんだよ。なんだか弱々しくて、ほっとけなくて。あ、この子には僕が必要なんだって。僕が幸せにするんだって、思っちゃったんだよね」
「そんなこと言ってくれたね。あの頃の私は弱ってたから」
「でも、守るとか幸せにするとかの方法がちょっと間違ってたみたい」
「ちょっとだけね、でもそれは他の女だったら間違いじゃなかったのかも?だけどね」
「侑斗もちゃんと成人したし」
そこまで言うと、旦那は、起き上がって布団の上に正座をした。
「え?なに?なんなの?」
つられて私も向かい合って正座をした。
「いままで一緒に暮らしてくれて、ありがとうございました。僕は洋子と結婚できて幸せでした。お世話になりました」
両手をついて頭を下げる。
またつられて私も同じように頭を下げた。
「こちらこそ、あなたと暮らせて楽しかったです。色々お世話になりました」
しばらく二人とも頭を下げたまま。
ぷっ!と吹き出す。
「あはは!これって嫁入り前の娘の挨拶みたいだね!」
「ホント!なのにさ、お互いいい歳したおっさんおばさんでそれも、真っ裸!!」
薄暗い寝室に二人の笑い声が響いた。
何日ぶりにこんなに笑ったんだろ?
明日には二人ともここを出て行く。
それはきっと、幸せな気分に包まれての出発になる。
そんな気がした。
-----洋子の場合…完