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三人の若者たちは苦労して巨大蛇の首を切り落とした。鱗を剥がすのも、肉に刃を入れるのも、骨を切り離すのも、どれをとっても一筋縄ではいかなかったが、三人力を合わせて何とかやり遂げたのだ。
ベルニージュはその一部始終を離れたところで見守っていた。彼らの戦利品だ。どうしようが勝利を手に入れた彼らの勝手だ。
この土地に古くから伝わる戦士たちを鼓舞する歌を勇ましく歌いながら、三人の若者は白樺の森を掻き分け凱旋する。白樺の森に吹く風もユードル川の漣も、久しく見ない若人の偉業に打ち震え、季節の静寂を忘れて祝福する。下流で待っていた人々は歌を聞いて笑顔になり、蛇の頭を見るなり歓声を上げ、今日のことがなければ永久に忘れられていた、とても古い儀式めいた賛美の言葉を唱え、三人の若者を大いに讃えた。そのついでにベルニージュも感謝された。
「嬢ちゃん!」ユビスを連れて駆け寄ってきた隊商の女に強く抱き締められる。「よくやったね。何をやったのかは知らないけど、あんたが言い出したんだもの。何かやってくれたんだろうね」
「ええ、まあ。少しお手伝いを」ベルニージュがユビスの方に手を伸ばすとユビスは首を下ろして撫でられた。「巨大蛇を仕留めたのは彼らで、その点に関してワタシは何の役にも立ちませんでしたけどね」
「ああ、でもみんな感動してるよ。町の人に聞いたんだけどね」と女は聞いてもいないのに語り始める。「あの石橋は、若、じゃなくてジュニーの親父さんが若い頃に神殿や素封家に働きかけて渡したそうなんだ。お陰で町は発展し、私たちみたいなのも大いに儲けさせてもらってきた。そこに来て橋が蛇に壊されただろう? だからこれは息子による敵討ちなのさ」
ベルニージュはその物語にあまり興味を引かれなかったので微笑みを浮かべて頷いていた。
「それにしたってあんたもお手柄さ」と女は付け加える。「約束通り。最初に対岸に渡るのはあんただ。まあ、今度のことで盛大にお祝いをするらしいから、あたしらは町に戻ろうかと思ってるんだけどね。人が集まるなら商人がやるべきことは決まってるからさ。あんたはどうだい?」
「ワタシは先を急いでいるので」と言ってベルニージュは誘いを断る。
既に宴が始まっているかのような騒ぎで、歌って踊っている者たちまでいる。ベルニージュは後の世に語り継がれる喧騒から逃れるように橋のたもとのそばへと移動した。奇妙に捻じれた欄干に近寄り、人差し指で触れて、幾つかの魔法を試す。最後に唱えた呪文が力を示し、欄干は小さな火花を放って真っすぐに伸びる。摩訶不思議な力でねじ曲がっていた欄干は、さも何かの圧力で折れたかのような自然な姿になった。誰もこのことを知る必要はない、とベルニージュは考えたからだ。
しばらくしてやってきた渡し船に一人と一頭は乗り込む。確かに行商人の女が言ったように、対岸に渡らないことを決めた者たちが大勢いるようで、渡し船の船乗りたちは儲けを逃したことを口々にぼやき、巨大蛇と巨大蛇を殺した者を呪った。
対岸に上陸すると、ベルニージュは道を行かず、少し溶けた雪に覆われた森に分け入る。探していた蛇の痕跡はすぐに見つかった。巨大蛇が行き来している獣道は蛇行さえしていなければ馬車でも通れそうだ。その獣道を通って森を歩き回る。この森を塒にする魔性の類はベルニージュに警告を発したが、その可憐な侵入者を脅かすには至らない。ユビスは少し腰が引けていたが、先を行く少女に負けじとすがるようについてくる。
巨大蛇の行動範囲はとても広かったらしく、少し時間がかかったがベルニージュは目当ての場所にたどり着く。ベルニージュの歩いてきた獣道の先が大岩に下敷きにされていた。大岩の前まで進み、ベルニージュは言う。
「お前たちはワタシを騙す立場にない。お粗末な力を見せて同情を買えると思っているのなら考え直すことだ」
返事がないのでベルニージュは大岩に触れる。すると大岩は何もなかったかのように消え失せた。
大岩があった場所には巨大な穴が開いており、そこには樽のような大きさの白くて丸いものが十七個あった。蛇の卵だ。
ユビスを引いて、ベルニージュは穴に近づく。想像していたよりも大きいが、壊すのに支障はない。
「待て。娘よ」と卵たちは一斉に言った。
「わあ、驚いた。君たちも喋れるんだね」とベルニージュは言った。
生まれた後の蛇と同様にしゅうしゅうと音を漏らしながら蛇の卵は話す。「当然だ。我らは王の血に連なるもの。貴様はその貴き血筋を生まれる前に絶やすというのか」
「うん。普段はこんなことしないんだけど、悪いね」とベルニージュは答える。「お母さんと同じで、君たちも人間を食べるんでしょう?」
「我らを生んだ母であれば我らが生まれる前に逝く選択はしなかったはずだ。何故交渉に乗らなかったのか」
「交渉も何も、話しかけてこなかったよ。もちろんワタシだって、できれば血は流したくない」
「我らとて同じだ。必要以上の血は流したくない。世界を見る前に死にたくはない」
「蛇なんだから冬が来るまでに孵って、お母さんと冬眠してたら良かったのに。それで? ワタシ急いでるんだけど」
ユビスが熱い鼻息を雪に吹きかけている。ベルニージュは白い溜息をつく。
「頼む。我らを殺さないでくれ」と卵たちは言った。
「初めからそう言えば良いんだよ」と言ってベルニージュは背嚢を開く。「じゃあ魔法の誓いね。生まれてから死ぬまで、人を殺さないと誓ってくれたらそれで良いよ。破ればワタシに魂を支配される。魔法使いに魂を支配されるのは愉快なものじゃないよ」
ベルニージュが筆と墨と一緒に取り出した羊皮紙には人間が最初に結んだ契約に使われた魔法の文字が記されている。そこにベルニージュは誓いの内容を追記する。
「えっと、ワタシが永遠に君たちを殺さない代わりに、あんたたちは永遠に人間を殺さないこと、だね」
「それでは釣り合わない」と卵がぼそりと言う。
「何? 不満なの?」とベルニージュは棘を刺すように言う。
「いや、だが、君は以後二度と我々に関わることはないだろう。しかし我々が人間に関わらないことは難しい。我々を見れば問答無用で殺そうとする人間もいるだろう。あまりに困難な生を生きねばならない」
「だから生まれる前に死ぬって?」とベルニージュは呆れて言う。
「いや……そういうわけではないが」
ベルニージュは大きなため息をつく。「あのねえ、ワタシに殺されないってのは破格だよ?」
そう言うとベルニージュは、困惑する卵たちに羊皮紙の書面を向ける。すると卵たちは息もしていないのに息を呑んだ。
「そんな、まさか、貴女は。貴女に殺されずに済む? 本当にいいのですか?」
「嫌ならいいよ。無理強いはしないから。ワタシはどっちでも良いし」と言ってベルニージュは羊皮紙を丸める。
「とんでもございません。どうかわたくしどもに貴女に誓う栄に浴させたまえ」
「はいはい」そう言ってベルニージュは再び羊皮紙を開き、残りの文字を書き記す。「はい。君たち全員だよ。そう言えば生まれる前のあんたたちに名前はあるの?」と言ってもう一度羊皮紙をかざす。
「無論です」と卵たちが言うと、十七本の木の枝が落ちてきて、空中に浮く。
「すごいね。正直、どうやって書くのかって心配してたんだよ。ほら、君たち卵だから手がないもんね」
卵たちはそれに答えず、浮かび上がらせた枝で羊皮紙に名を刻んでいく。
ベルニージュは感嘆して言う。「生まれる前から魔法が使えるひとなんてそうそういないよ。将来は魔法使いになっても良いんじゃない?」
「考えておきます」と卵たちは答えた。
ベルニージュは羊皮紙を読み上げる。「それではここに誓え。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七。適当な名前だね。以上、十七匹は生涯に渡って人間を殺さず、その腹を膨らませるのは獣の肉であり、その喉を潤わせるのは鳥の血であることをここに誓うか?」
卵たちが一斉に誓うと羊皮紙は燃え上がって消え失せ、その誓いを世界に刻んだ。
「それじゃあ、お元気で」とあっさり言ってベルニージュはユビスによじ登って跨る。
「しかし言っておきますが」と卵たちは去ろうとするベルニージュを呼び止める。「母の死は、蛇の呪いは別です」
ベルニージュは十七個の卵を見下ろしてくすくすと笑って言う。「蛇は神をも追い回すってね。分かってるよ。でなけりゃこんな七面倒くさいことしなかった」
「強かで狡猾な呪いが必ずや母の命を奪った者を丸呑みにするでしょう」
「君たちのお母さんを退治した人たちはこれから大変だね。残念ながら忠告する暇はないけど」
蛇の卵たちが黙り、それ以上何も話すべき言葉がないのだと確認すると、ベルニージュはユビスを駆って、蛇の巣穴を後にする。