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堀口ミノルの妻と娘は、飲酒運転のトラックに轢かれ死亡した。

 

事故は雨の日曜日、午後のことだった。

喫茶店で残りの仕事を終えた堀口が、家族と昼食をとるために立ち上がった。約束時間に間に合うよう家を出た妻と娘は、いきなり突進してきたトラックによって紙人形のように吹き飛ばされた。

 

下り坂、交差点、赤信号。

過去にも何度か事故が起きた場所だった。

事故直後の調査によると、妻と娘は交差点から10メートル以上離れた場所で発見されたという。

 

酸素マスクをかぶり、集中治療室に横たわる妻と娘。

「内蔵の破裂による出血がひどく……。できる限り輸血を続けていますが、心のご準備をなさったほうがいいでしょう」

医療スタッフが暗い表情で立っていた。

 

「ふたりとも何してるんだ……目を覚ましてくれよ。こんなところでは死んじゃダメだろ。みんなで幸せに暮らそうって約束したじゃないか。頼む……死なないくれ。目を覚ましてくれ、頼む! うううっ……!」

 

4本の足がかろうじて体温を保っている。

堀口にはただ足を撫でてやることしかできなかった。

 

頼む、頼む、頼む、頼む、死なないでください。

どうか生きてください。どうか目を開けてください、どうか、お願いします……!

 

10時間後、ふたりはこの世を去った。

最初に娘の心臓が停止し、あとを追うように妻も堀口の元を離れた。

 

「22時15分。ご臨終です」

 

医師の死亡宣告を聞いた直後に、堀口はよろめきながら集中治療室を出た。

混乱がひどく、医師の声が頭の中でずっと鳴り続けた。

 

警察が入手した防犯カメラの映像を見るには大きな決意が必要だった。

妻と娘の死の瞬間を確認する映像。

数日もの間まともに食事が摂れず、心身は疲れ果てていた。それでも防犯カメラの映像をしっかりと確認しなければならなかった。夫として、また父として、家族を守れなかった責任を果たし、復讐心を心に留めるためにも。

 

大型トラックが信号を無視しブレーキも踏まず下り坂を走っていく。一目でドライバーが正常な状態ではないことがわかった。

映像が切り換わり、妻と娘が傘をさして立っているのが見えた。ふたりは楽しそうに話しているようだが、傘に遮られ顔は見えなかった。

 

次の瞬間、画面の端に大型トラックが現れ、猛スピードで妻と娘に突進した。

 

「やめろ!」

思わず堀口は叫んだ。

 

トラックは最愛の妻と娘を巻き込みながら、なおも走った。遅れてブレーキをかけるも、そのまま画面から消えた。

 

ふたりが消えた交差点。傘が逆さまに転がっていた。堀口が妻の誕生日に送った高級傘であり、娘が好きなアニメキャラクターが描かれた傘だった。

 

彼女たちが生きていた最後の瞬間。それは死への扉を開く最初の瞬間だった。

 

堀口の時間は止まった。

妻と娘の香りが残る家は、堀口の胸を締めつける。うまく息ができず、玄関で泣き崩れた。

 

あの日、仕事で喫茶店にいかなければ……。

ランチの約束をしていなければ……。

妻と娘が1分でも遅れて出発していれば……。

 

もし奴が酒を飲んでいなければ!

 

後悔は時間を問わず堀口の胸をえぐった。

途切れることない罪悪感と悪夢。精神科医はうつ病と診断した。

 

少しでもこのつらい現実から逃れたかった。

やめていたタバコに手をつけ、水を飲むように酒に溺れた。

しかし酒を飲めば飲むほど、心臓がナイフで突き刺されるように痛む。

妻と娘をおいて生きる自分が嫌でたまらなかった。ふたりに会いたくて、気づけばビルの屋上に立っていた。

 

そうしたある日。

夢に妻が現れた。

耳から血を流しながら、妻は堀口にささやいた。

「死なないで。私たちが見守ってるから。これからもずっと一緒だから」

 

夢から目覚めると、堀口はすっと立ち上がった。

これ以上アルコールに頼ってはならない。

家族を死に追いやった酒。それに頼っていてはふたりに向ける顔がない。

このままではあの運転手と同じになってしまう……。

 

堀口ミノルを自殺から救ったのは、家族の死が飲酒運転による事故だからかもしれない。アルコールを憎むからこそ、あの日ビルの屋上から身を投げなかったのかもしれない。アルコールの勢いに乗じて自殺するなどあってはならないではないか。

 

何としてでもうつ病を克服しなければならなかった。

自分が立ち直る、唯一の方法。それは働くことだった。

堀口は歯を食いしばって仕事に取り組んだ。

 

彼はただ目の前の業務を冷静に解決していった。休日にも出社し、同僚たちの業務を積極的に支援した。懸命に、無我夢中で、他の何かが頭の中を占領しないように、堀口は働き続けた。

 

そうした折に、静岡県しそね町に「ビスタ」が建設されるとの情報が入った。

 

堀口はすぐにプロジェクトに志願した。

しそね町は彼が高校時代まで育った故郷だったからだ。

会社は堀口の努力を汲み取った。粘り強さと誠実さが高く評価され、企画部の責任者として現場に派遣されることとなった。

 

「故郷に恩返しができる。少なくともこれで誰かは幸せになるはずだ」

 

悲しみを克服する唯一の方法。

それこそが希望だった。

故郷への愛情は、憂うつな気持ちを抑え、堀口を守る手段となった。

 

彼はすべての情熱をビスタに注ぎ込んだ。

ビスタが赤字となるのは、すでに社内では周知の事実だった。ただ吾妻会長の意志を継ぐという、偽りの信仰心だけが人々を動かしていた。

だからこそ堀口ミノルは、昼夜を問わず地方都市の再生を考え続けた。

 

「スポーツ振興」というアイデアは、彼が家族を失ったからこそたどり着いた答えだったのだ。

谷川署長によって阻まれる一面はあったものの、最後には吾妻グループのトップの耳に入り、結局今日この場にいる。

 

天は自分を見捨てていなかった。

目の前には、もうすぐ吾妻グループの総帥となる人物が座っているのだから。

 

堀口はもう一度感謝の気持ちを込めて、目の前の吾妻勇信を見つめた。

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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