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〈文殊の知恵子さん〉は、新聞社が運営するネット掲示板。恋愛、子育て、家族など日常のモヤモヤを匿名で相談できる。みんなの本音が満載で、ポチっと感想も投票できるお手軽さもあって、人気を博している。
私が最初に知恵子さんを訪問したのは、夫によるセックスレスを心配した頃。もう十年以上前の話。
当時、セックスレスの知識なんて何もなかったから、セックスレスに関する相談と回答を読み、私たち夫婦の問題解決に活用しようと考えた。
セックスレスに悩む人は女性男性関係なく想像よりずっと多かった。出産してから性欲がなくなったと言う奥さんからATM扱いされるだけで、もう十年以上拒否されているご主人。妻とするときだけEDになり不倫されるよりマシと夫の風俗通いを容認している奥さん。家族にしか見えなくなったと拒否されるようになりあきらめていたら、実は奥さんは不倫していて不倫相手に操を立てていただけだったと知ったご主人。毎日ネット上の無修正動画を見ながら自慰しているくせに、女として見られなくなったと奥さんの体には一切触れようとしないご主人に怒る奥さん。結婚して二十年、三人の子どもがいるが、今まで奥さんとした性行為は子作りを目的にしたたった三回だけだったと嘆くご主人――
一口にセックスレスといってもさまざまなケースがあるのだと知った。しかもどの相談も深刻な内容。ほんの数回拒否されたくらいでパニックを起こして途方に暮れている自分が馬鹿みたいに思えた。
幸い私たち夫婦のセックスレスは特に何もしないうちに解消できたけど、知恵子さんの相談を読み漁る習慣はそのまま残った。先に挙げたセックスレスのいくつかの事例でも分かるように、セックスレスの原因が相手の不貞であることはよくあることだ。私は不倫についての相談と回答も読み漁るようになった。
ある日、独身だと言っていた交際相手が実は既婚者で奥さんから慰謝料を請求されたという相談が若い独身女性から寄せられた。交際相手は奥さんと離婚するから待っていてほしいと言っていて、相談者はそれを信じたいという。
絶対に嘘だと思った。どうしてもそう伝えたくて、〈旦那様しか知らない貞淑妻〉というハンドルネームで初めて回答した。
結果はさんざんだった。
相談者には、
「今まで一人しか男を知らない? ずいぶんモテなかったんですね?」
と鼻で笑われ、ほかの回答者たちからも、
「九九を覚えたての小学生が大学生に算数を教えてやると威張ってるようなもんだ。せめていっぺん不倫してからアドバイスしろ!」
と罵倒された。
だから私は海千山千の不倫経験者を装うことにした。嘘のついでに男の振りもすることにした。たいていの不倫女は女より男の意見を聞きたいようだったから。
人妻キラーはこうして誕生した。私が人妻キラーを名乗りだしてもう十年。私はすっかり知恵子さんの名物回答者になった。私を指名して回答を求めてくる相談者までいるくらいだ。今まで百人以上の人妻と不倫してきたことになっているが、実際は二十五歳になるまで誰にも手を出されなかった非モテ女。バレたら非難轟々だろうなとたまに恐怖することもある。
私が知恵子さんに顔を出すのはもちろん幸季さんの不在時だけ。私が人妻キラーになりきるとき、幸季さんとのセックスに負けないくらいの精神的快楽を得ることができる。幸季さんの知らないその裏の顔も、私はどうしても失いたくはなかった。
昨夜、うなぎパワーで元気を取り戻した幸季さんに何度も愛を与えられた。翌朝、幸季さんの出勤後、知恵子さんをのぞくと早速私を回答者に指名する相談者の書き込みを発見した。
(相談)残酷な真実 (トピ主)三十年騙され夫
(投稿日時)9月18日23時57分
来春で定年の六十歳の男です。高卒で就職した工場で職場結婚して三十年。三人いた子どもたちもすでに全員巣立っていきました。不倫も借金もセックスレスも、ここで相談されるような大きな問題もなく今まで家族たちと暮らしてきました――
というのが私の思い込みだったと最近になって知りました。私はずっと知恵子さんの相談と回答を読むのを楽しみにしていました。ここの相談者たちと違って私は幸せな人生でよかったなと読むたびに思っていました。今思えばそんな傲慢な私を神様が許さなかったのかもしれません。
妻は私の二歳年下で、私と同じく高卒で入社。知り合ったとき彼女は二十六歳。美しく、また聡明な女性でした。知り合った当時、同じ工場に勤務していました。私はライン工、妻は事務員でした。当時工場長だったMさんの紹介で知り合い、とんとん拍子で交際が始まり、二年後、僕が三十歳のとき結婚しました。妻を紹介してくれたM工場長はこわもてでしたがいい人で、仲人にもなってくださり、結婚式のスピーチでは私たち二人のために柄にもなく号泣して下さいました。そのMさんも五年前に亡くなり、知らせを聞いた妻が泣き崩れたことは昨日のことのように覚えています。
さて、九月になってすぐの、定年退職したら一ヶ月くらい二人で温泉旅行でも行こうかと妻と話し合っていた頃でした。工場の同僚にTという男がいました。Tは私と同期入社。鼻つまみ者で出世できず、私は今では工場長の立場ですが、彼は定年間際になってもライン工のまま。性格も悪く彼に交際相手を紹介する者も社内になく、結婚相手も彼は社外で見つけてきました。
喧嘩っ早い彼とは私も何度も衝突しました。ですが、私が妻と交際を始めた辺りから、彼は私を避けるようになりました。工場一の美人と呼ばれた妻を私に取られて嫉妬しているのかと私は内心鼻高々でした。
そんな彼が定年間際になって突然工場長室にいる私を一人で訪ねてきて、私は戸惑いました。昼休みの休憩時間で私は愛妻弁当を食べているところでした。
「工場長、食事中悪いね。ちょっと話があるんだ」
「Tさん、珍しいですね。そこのソファーに座って下さい」
「呼び捨てでいい。あんたはおれが嫌いだろう? おれもあんたが嫌いだ。社交辞令はいらない」
いきなりの喧嘩腰。私はムッとしながらデスクを離れ、来客応対用のソファーに腰掛けました。ソファーは向かい合う形で二つあり、Tも私の向かいに座りました。
「それで話とは?」
「おれたちはもうすぐ定年だ。仲いいわけでもないし、定年後に顔を会わせることは絶対ないだろうから、その前に言いたいことを言わせてもらおうと思ってな」
「聞くだけ聞きますよ。あなたに文句を言われる筋合いは何もないと思いますが」
「文句を言われる筋合いがない? どの口がそれを言う!」
若ければ殴り合いのケンカになっていたでしょう。でもお互い年を取りました。Tも慢性の腰痛に悩まされていると人づてに聞いたことがあります。
「若い頃ケンカはしたが、正直おれはあんたのことが嫌いじゃなかった。出世のために悪魔に魂を売るようなやつだとは知らなかったからな。人から見れば定年までラインから離れられなかったおれは負け組なんだろう。でもおれはあんたと違って道から外れずまっすぐに生きてきた。それがおれの誇りだ! それだけ言いたかった。安心しろ。おれはもう二度とあんたと口を利くつもりはないから。じゃあな」
「待て!」
言うだけ言って立ち上がったTを、私は声を荒げて引き止めました。
「出世のために悪魔に魂を売っただと? どういうことか説明してみろ!」
「説明? しらばっくれるな! Mのお下がりをもらい受けたのが出世目的じゃないなら何だと言うんだ? 逆に教えてくれ」
「Mさんのお下がりをもらい受けたとはどういう意味だ?」
「まだしらばっくれるのか? Mはあんたの奥さんを入社以来七年も愛人として囲っていただろう? 職場の鼻つまみ者のおれでも知ってるくらいだ。当時、知らなかったやつなんて一人もいなかっただろうよ」
「当時Mさんは五十代、当然奥さんも子どももいた。私の妻がずっと不倫していたというのか? 私を悪く言うだけならいいが、妻を侮辱するのは許さない。証拠はあるのか?」
「そう言うかもと思って持ってきたぜ。ビデオテープの映像を苦労してデジタル化したものが入ってる。Mはビデオカメラであんたの奥さんとの行為を撮影して、鑑賞会を開いては当時の部下たちに見せびらかしていたんだ。それを誰かが持ち出して、巡り巡っておれのもとにも届いたというわけだ。受け取れ」
Tはそう言ってケースに入ったUSBメモリを私の手に叩きつけました。言いがかりをつけているだけだと思っていましたが、ただの口から出任せにしては手が込んでいます。
私一人では手に負えないと判断して、内線電話でY課長を呼び出しました。彼も私の同期。よく飲みに行く仲です。彼はいつも屈託なく私の妻を褒めてくれます。彼が妻の無実を証明してくれるでしょう。
すぐに駆けつけてきたYは工場長室の穏やかでない雰囲気に戸惑っているようでした。
「Yさん、急に呼び出して済まないね。実は、Tさんが私の妻を侮辱しましてね。私の妻が結婚前にM工場長の愛人だったと言い張るんですよ。当時、そのことを知らなかった者は誰もいなかったとまで言い切られましてね。それで事実無根だと証明していただこうと思って、Yさんに来ていただいたというわけです」
「……………………」
どういうわけかYは私とTの顔を見比べるばかりで、なかなか口を開こうとしません。
「Yさん?」
突然Tが爆笑しました。
「言えるわけないよなあ。Mが撮影したビデオテープをおれにも貸してくれたのはYさん、あんただったもんな。Yがあんたの結婚後に言ってたことを教えてやろうか? 〈おれは今でも毎日あのテープをおかずにしてるんだ。それくらいがちょうどいいな。行為してる姿をみんなに見られてる女と結婚なんておれには無理だ〉って笑ってたぜ。今じゃいつだって工場長にペコペコして愛想笑いを振りまいてるだけの男がさ、過去には工場長を笑い者にしていたわけさ。本当に笑っちまうぜ」
「Tさん、そんな三十年も昔の話を今さら蒸し返さなくても……」
顔色が真っ青になったのはYだけでなく、私も同じでした。
「Yさん、それはどういうことですか? まさか今までTさんが言っていたことは全部事実だということですか?」
Yは相変わらず答えません。答えないことが答えなのでしょう。
「さすがにこれで、しらばっくれることはもうできなくなったな。出世目当てにMのお下がりを引き取ったことを認めるんだな?」
「私は知らなかった……」
「おまえまだ――」
「T、やめろ! 工場長は本当に知らなかったんだ。知らなかったからMさんは自分の女を工場長にあてがったんだ。もし工場長にバラしたら徹底的に制裁すると、おれたちをさんざん脅した上でな。Tは工場長と仲が悪かったから話が漏れる心配はないと判断して、Mさんも釘を刺さなかったんだろう」
「本当に知らなかったのか。おれはてっきり……」
今度はTの顔が真っ青になりました。彼は私の前で土下座しました。
「だとしたらおれはただ工場長の心を傷つけただけか。謝って済まないことをした。お願いだからおれの言ったことは全部忘れてくれ!」
顔を起こして私の手にあるUSBメモリを奪い取ろうとします。私はその手を払いのけました。
「忘れる? できるわけないだろう。二人とも出ていってくれ!」
二人を追い出して部屋に鍵をかけました。私はソファーに崩れ落ちました。
腸が煮えくり返り、一方で意識は朦朧としていました。今までの話を必死に整理しました。
・妻は高卒で入社以来当時五十代のM工場長と不倫関係にあった。
・Mは妻との行為を撮影し、鑑賞会を開いて部下たちに見せびらかしていた。
・妻との行為を撮影したビデオテープも流出している。
・不倫は七年も続き、妻に飽きたのか、行き遅れになりそうな妻を心配したか、Mは妻を手放そうとした。
・MはMと妻の関係を知らない私に白羽の矢を立てた。
・Mは仲人を務め、結婚式ではスピーチまでした。スピーチしながら号泣していたのは手放した妻が今さら惜しくなったからかもしれない。
・私との交際後、結婚後に不倫が継続した証拠はない。ただ、五年前にMが死んだと聞いて妻は取り乱し泣き崩れていた。恋愛感情はまだあるのかもしれない。
・私の出世は自分の努力のたまものだと思い込んでいたが、Tの言う通りMの意向が反映されたものだろう。
・Mに復讐しようにも五年前にもう亡くなっている。
・Tから聞くまで、三十年間、妻も同僚の誰も私に真実を語らなかった。
整理すればするほど気持ちが落ち込みました。でも――
私はガバっとソファーから起き上がりました。Mはいかつい見た目通りの厳しい男でした。工場長時代、自分に逆らった社員を何人も退職に追い込んだと聞いたことがあります。
それなら妻もMに脅されて不倫関係を強要されていたのではないか? 思えば妻は性に淡白な女でした。いつも受け身で私のなすがまま、こうしてほしいという希望を言われたことも三十年で一度もなかったくらいです。
本当はいけないのですがいても立ってもいられず、工場長室にあった業務用のPCでさっき受け取ったUSB内の動画データを再生しました。
映し出されたものは三十年連れ添った私の知らない、妻の真の姿でした。妻は自分から服を脱ぎ、自分からMのものを口に含み、自分からMの上にまたがり激しく動いて快楽を貪っていました。
USBメモリにはそんな動画がいくつも、延べで二時間以上収録されていました。二人の会話から私と知り合う六年前の、妻が二十歳の頃のもののようです。不倫相手のMは夫の私が知るものよりずっと若々しく張りのある妻の肉体を味わい尽くしていたのです。
私のよく知る男が私と知り合う前の妻の若々しい肉体を好き放題に蹂躙する映像を見せられるのは屈辱でした。いや、すいません、嘘をつきました。妻はMに蹂躙されていたのではありません。Mの指や舌や性器によってもたらされる圧倒的な快楽を、妻は自ら求めていました。言われもしないのに自らの性器を指で開いて見せMを挑発し、Mの愛撫によがり狂い私との行為では聞いたことのないような大声を上げていました。
妻と三十年連れ添った夫としてこれ以上の屈辱はないはずなのになぜか私は異常に興奮して、映像を見ていた二時間のあいだずっと自慰をしていて何度か射精までしました。映像が終わって正気に戻り、ここが工場長室でまだ勤務中であることを思い出しました。その日はもう仕事になりそうにないと、早引けをして帰宅して妻を抱こうとしました。妻は戸惑いながらも抵抗せず私との行為に応じました。
でも結局できませんでした。さっき映像を見ながら自慰していたときはずっと勃起していたのに、実際に妻の裸を目にしても私の性器はまったく反応してくれないのです。
「そんな日もありますから、あまり気にしない方がいいですよ」
妻にそう慰められたのもこれ以上ない屈辱でした。またできなかったらどうしようと私は塞ぎ込み、その日から妻を求めることもできなくなりました――
Tの告白を聞いた日から私の心は死んだままです。妻にも心配されていますが、まだ妻とその話をする気になれません。妻との二人暮らしをこれ以上続けていく自信がありません。私はどうしたらいいのでしょう? 私は不倫は嫌いです。特に、不倫バスターズの人妻キラーさんの回答が聞きたいです。
(回答)個人的な考えになるが (回答者)人妻キラー
(投稿日時)9月19日08時15分
ご指名どうも。
おれが何を言ったって結局はご主人が奥さんを許せるかどうか。
まだ奥さん本人が認めたわけではないが、状況的に奥さんが妻子ある男性と長年不倫していたのは間違いないだろう。
最大の問題はご主人との交際が始まる前にどうやら不倫が終わっていたらしいこと。
つまり奥さんの不倫に被害者がいるとすれば、それはMの奥さんただ一人。法律上、ご主人は今回の不貞の被害者にならない。だから、離婚したいと思っても、奥さんと知り合う前の不貞を理由とすることはできない。〈その他婚姻を継続し難い重大な事由〉を理由として離婚を請求することはできるが、それで奥さんが同意しない場合は調停や裁判で離婚を求めることになる。
いずれにしても、奥さんを有責者として離婚するのは無理だ。あくまで対等の立場での離婚。だから離婚できたとしても、財産分与で財産を半分譲る必要がある。子どもがみな成人しているそうだから養育費は不要だが、来春もらえるであろう退職金も財産分与の対象だし、年金分割も必要になるだろう。離婚になればご主人が失うものも多い。
だから、個人的には離婚を勧めない。その年で離婚しても再婚の当てはないだろうし、年取った男の一人暮らしほど不健康なものはないとも聞く。
それに、あなたの長文の相談内容のどこにも、交際後、婚姻後の奥さんの不満については書かれていない。婚姻前に不倫していたとしても、婚姻後はそれなりにいい奥さんだったのではないか?
今回の件の事実確認は必要だろう。奥さんが事実と認めた場合、それを理由に離婚を目指すのでなく、それを大きな貸しとして今後のお二人の老後の暮らしをご主人にとって有意義なものにすることを目指す方が合理的だと考える。
といっても、今まで書いてきたことはあくまで第三者による助言にすぎない。最後は結局ご主人がどうしたいかにかかっている。健闘を祈る。