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「う…今日もまた残業かよ…はぁ、やるしかねぇか… 」
俺は會田賢介(あいだけんすけ)…
残業中の社会人だ。
毎日毎日残業の日々…
「あんのクソ上司…呪ってやる…」
溜息を付きながらせっせと仕事を進める。
…喉、乾いたな。
「少し休憩でも挟むか…」
って言っても、少し歩いた所にある自動販売機の珈琲を買うだけだけどな。
「あったり前だが、やっぱ誰も居ねぇな…」
辺りは静まり返っている。
少し怖い位に。
俺は買った珈琲を一口飲みながら、そんな事を考えて席に戻った。
「…ん?何だこれ?」
何かパソコンに貼っ付けてある。
これはメモ…と、指輪?
「…よ、読めねぇ…」
このメモ…何なんだ?
日本語じゃないのは確かだ。
英語でも…韓国語でも…
「誰かの悪戯かよ…しかもこの指輪、誰のだ!?俺のじゃないのは確かだし…」
俺は独身だ。
彼女も妻も居ないし、きっと誰かの落とし物だろう。
「でもこの指輪…」
何だろう…
目が離せない。
付けてみたい。
「いやいやいや!駄目だろ!」
俺は自分で自分の頬を軽く叩いた。
でも、何故か惹き込まれる様な感じになる。
「誰も居ないよな…一回だけなら…」
俺は辺りを見回し、誰も居ない事を確認してそっと指輪をはめてみた。
「…は?」
今、俺は会社に居た筈だ。
居た筈なのに…
「ど、何処だ此処!?」
俺は今、知らない場所…
部屋の中に居る。
「お、丁度来てくれたか!」
勢い良く扉が開き、赤髪の男性が入って来た。
「だ、誰だ?」
俺は警戒して彼に聞いた。
「あっはは、そんなに警戒しないでくれよ!オレはイアンだ!宜敷な! 」
彼は元気良くそう言った。
「イ、イアン…俺は會田賢介だ。」
「おう、知ってるぜケンスケ! 」
お、俺の名前を知ってる…?
そう言えば、さっきも『やっと来てくれた』とか言ってたよな…
「イアン、此処は何処なんだ?会社は?」
「カイシャ…?誰だそいつ?此処はスキアって言う屋敷だ!」
や、屋敷…?
さっきからそうだが、ずっと意味が分からない…
「すまねぇ、イアン…俺、今困惑してるんだ。全部丁寧に説明してくれねぇか? 」
「て、丁寧にか…うーん…あ、そうだ!エストを呼べば良いのか! 」
エスト…?また知らねぇ名前が出て来たぞ…
「エスト、だったか?そいつを呼べば、俺が此処に来た理由も、この屋敷…の事も知れるんだな?」
「おう!エストなら何でも知ってるぜ!」
「ちょっと…私の事を便利屋扱いしないで下さい。 」
呆れた様子で扉を開けて入って来たのは、黒髪の男性だった。
「君がエストか?」
俺がそう聞くと、彼は優しく微笑んだ。
「ええ、私がエストです。貴方様はアイダケンスケ様で宜しいですか?」
イアンとは打って変わって落ち着いた雰囲気だ。
俺は頷いた。
「ああ、俺が會田賢介だ。それで…色々と聞きたい事があるんだが…」
「ふふ、まぁ無理もありません。いきなりメモと指輪を出され、指輪をはめてみたら此処に出たんですからね。戸惑うのも頷けます。」
指輪…そうだ、指輪!
何でこんな簡単な事が分からなかったんだろう。
俺は不思議なメモと指輪を見つけて、指輪に惹きつけられてそれをはめて…
そうしたら此処に来たんだ。
「そうだ、どうして指輪をはめたら此処に?」
「ああ、それは…アイダ様、貴方が魔力をお持ちだからでしょう。」
エストは考える素振りも見せず、そう言った。
魔力…?
…こう言っちゃ悪いが、少し厨二病っぽいな…
「その魔力ってのは何なんだ?」
「はぁ!?お前魔力も知らねぇのかよ!」
今まで静かに俺達の話を聞いていたイアンが、前のめりになり話を割って入って来た。
「イアンくん…アイダ様は今この世界にやって来たばかりです。知らなくて当然でしょう。それに!お客様にはきちんと敬語、さん付けをと教えた筈ですが?」
「敬語とかさん付けとか…エストは細か過ぎんだよ!ほら、肝心のケンスケも怒ってる訳じゃねぇしさ!」
「それはイアンくん、貴方が許可を取る間も無く勝手にしているからでしょう。…まぁ、アイダ様が許可を降ろすのなら良いですけど…」
…こいつ等、何時もこんな感じなのか?
話が脱線し過ぎちまってんな…
そろそろ話を戻さなきゃ、会社に戻れねぇ…!
俺は咳払いをした。
「イアンの俺への接し方は許すし、エストも『様』なんて付けないで、イアンみたく名前で呼んでも良いし。敬語も外して良いんだ。それで…」
「ほらな!ケンスケは優しいから許してくれるんだよ!ケンスケ、有難うな!」
「はぁ…まあ、アイダ様が仰るなら…って、私もですか?えっと…なら、お言葉に甘えて、ケンスケさん…で如何でしょう?敬語は…その…昔からの癖で、何時もこうなんです。」
ま、不味い…
このままだと朝になっちまう!
今の時間は12時ピッタリだったよな…
「エスト!名前とか諸々はそれで良い、有難うな。そろそろその魔力について説明をしてくれないか?」
「あっ、そ、そうでしたね…私とした事がイアンくんにつられて…」
エストが咳払いをする。
「魔力と言うのは、簡単に言えば敵を倒す為の強い力の事です。魔力を持っている方はごく少なく、貴重な存在として扱われています。多分、この屋敷にも魔力持ちは居ないのではないでしょうか…」
「ん…?此処にはイアンとエストだけじゃないのか?」
「おう!他にも居るぜ!しかも、二人で住むにゃデカ過ぎるからな!」
「ええ、イアンくんの言う通りです。まあ、他の方々は後にご紹介しますね。そして、魔力を持っている方が直々に戦う訳では御座いません。魔力には、周りの者を一時的にですがパワーアップさせる事が出来ます。」
ん…?
敵を倒す為の強い力…
周りの者をパワーアップ…
って事は…
「俺は戦うって事か!?」
「その通りだ!察しが良いなケンスケ!」
えええ!?
た、戦う…?
俺にはそんな物騒な事出来ないぞ…!
「お、俺には無理だ…戦闘経験すら無いし、何より戦うなんて…」
「落ち着いて下さい、ケンスケさん。魔力を持つ者が直々に戦う訳では無いと先程言いましたよ。」
「ど、どういう事だ…?」
「魔力は、周りの者を一時的にパワーアップさせる事が出来ます。その力をお借りして、私達をパワーアップさせて欲しいのです。 」
「え…?」
「その代わり…私達はケンスケさん、貴方を命に変えても守ります。何があっても。」
「その通りだ!オレ達は強ぇからな!ケンスケには指一本触れさせねぇよ!」
い、いや…
そんな事言われてもな…
「そう言われても困る。俺には俺の生活があるからな。」
…残業まみれのな!
だが、何かと戦うよりかは残業の方がまだマシだ!
…そうだ、俺は何と戦うんだ?
「そう言えば、俺は何と戦うんだ?」
「ああ…それは…」
エストが言いにくそうな表情をする。
「人間だぜ!」
「…は?」
理解が追いつかない。
…人間…?
そう言ったのか…?
「ちょ、ちょっとイアンくん…!彼…ケンスケさんは人間です、そう簡単に言うと…!」
「人間だと…?」
イアンがそう言って俺を睨んだ。
「お前、人間なのか?」
…何を言ってるんだ、こいつは…
人間に決まってるじゃないか。
「ああ、そうだが?」
「…殺す!」
イアンが腰の横に仕舞ってあった短剣で俺の首元を掻っ切ろうとする。
「う、うわあ!?」
「イアンくん!」
寸前で短剣は止まった。
エストが守ってくれたんだ。
「エ、エスト…」
俺は震えた声で彼の名を呟く。
「イアンくん、落ち着いて下さい!彼はあの種族ですが、貴方の知っている方々とは違う。貴方も分かるでしょう、魔力を持つ者は貴重な存在だと!」
「だが!」
「それに、彼は心の芯からお優しい方です。取り繕っている訳でも無く。ですので、この短剣を降ろして、一旦落ち着きましょう? 」
「チッ…」
イアンは短剣を仕舞った。
人間を…殺そうとした…
そう考えると、一気に彼等が怖くなって仕方なかった。
彼等は一体何者なんだ…?
「ケンスケさん…あまり、今言いたくは無かったのですが…」
エストは俺から目を逸らした。
「私達は、プネウマと言う種族なんです。」
種族…?
「種族って何だ…?人間には種族は…」
「いえ、此方の世界にはあるんです。二つの種族が…」
人間に、種族…?
どういう事だ…?
「その種族ってのは何なんだ?」
「一つ目は、私達が所属しているプネウマの種族。もう一つは、アンスロポスと言う種族です。」
プネウマに…アンスロポス…?
イアンやエストはプネウマの種族で、アンスロポスは…
「その二つの種族の関係は?」
「…少し長くなりますが、全てお話しましょう。」
エストは静かに語った。
「昔、人類は種族が分かれていなかったんです。元々一つ…ケンスケさんの世界と同じですね。人々は幸せに暮らしていました。ですが…ある時、私達を統べる王様を決める事になったのです。」
イアンが舌打ちをした。
エストは心配そうにイアンを見やったが、話を続けた。
「そこで、二人の手が挙がりました。それが、私達の…プネウマの主、アナトリー様と…アンスロポスの主、ディティカ様です。」
「アナトリー様とディティカ様か…」
「はい…そのお二人は、長年に渡って王様の座を狙っていました。何年も…何年も…ある日、アナトリー様がこんな提案をなされました。」
『ディティカ。これではもう…埒が明かん。そこでだ。私…アナトリーは東の大地を。そして、お前は西の大地を統べるのはどうだ。』
「…と。」
へぇ…
東の大地と西の大地に分けたのか。
「ディティカ様はその提案を快く承諾されました。そして、今も彼等はそれぞれの大地を統べている、と言う訳…なんですが…」
「…どうしたんだ?」
エストが苦そうな顔をする。
多分…
いや、ここからが本題なのだろう。
「エスト…」
イアンが口を開いた。
「…イアンくん?」
「ここからはオレが話す。」
まだ俺への警戒は解いていない様だが、多少は落ち着いた様だ。
イアンは、俺に視線を合わせずに語った。
「あのディティカの野郎…アナトリー様を殺そうとしたんだ。」
「えっ…!?」
俺は驚いた。
何故だろうか…
今までは東の大地も西の大地も平和だっただろうに。
「多分、西の大地だけじゃ物足りなくなったんだろ。だから、東の大地の王のアナトリー様を殺して、全ての大地の権利を持とうと…!」
イアンの拳にぎゅっと力が加わる。
「オレ等…スキアの奴等は、アナトリー様を守る為にアンスロポスの奴等と戦う。それに…アイツ等のせいで嫌な思いを…仕打ちを受けた奴も居るんだ!我慢ならねぇ!」
…そうか、イアンは王様の為に…
プネウマの人達の為に戦っているのか。
「だけど…さっきは悪かった。その…オレもさ、今は皆ピリピリしてっからついムキになっちまうんだ。」
イアンは辛そうに俯く。
「ケンスケ…力を貸してくれ!お願いだ!」
「ケンスケさん…私から、いえ、プネウマの民全員からお願いします。私達にお力を貸して下さい。」
二人に力強く見つめられ、俺は悩んだ。
勿論、俺にそんな大切な力…
魔力があるなら、皆の役に立つなら、喜んで力を貸したい。
だが、俺には俺の生活もある。
元の世界に戻らなきゃいけないし、仕事もまだ沢山残っている。
「ああ、勿論貸すさ。だが…俺の生活、向こうでの生活も両立しなきゃならない。 」
「その事なんですが…調べてみた所、どうやらケンスケさんは向こうの世界の時間の流れが止まるみたいなんです。 」
時間の流れが止まる…?
「どういう事だ?」
「えっと…この世界、パラディソスに魅入られた魔力持ちの方は、まずこの世界に誘われます。そのパラディソスに魅入られた方は、この世界だとテオイと呼ばれています。」
誘われる…
あの不思議なメモと指輪の事か!
「テオイの存在は3000年に一人と言われていて、過去にもテオイが来られたと言う伝説があります。」
俺の他にも人が来てたのか!
「テオイは、死ぬまでの人生を水晶で見る事が出来ます。水晶とは、東の大地と西の大地の真ん中…丁度境目に祀ってある小さい水晶玉の事です。あれは二人の王様だけが見る事の許される物なので…お二方以外が見てはいけません。」
水晶か…
…って、死ぬまでの人生…?
俺の人生、全て筒抜けって訳か!?
「その水晶を見たと言う、水晶の存在を初めて知ったとある神父が、10年の時を経てお帰りになられたテオイの人生を見た所、来た当初の年齢…29歳から、向こうの世界で年齢が変わっていなかったのです。」
ん…?
10年時が経っていたのに、地球では年齢が変わっていない…
時間が止まってる…?
成る程…
長い夢を見た様な感覚って事になるのか?
「じゃあ、一年経とうが十年経とうが百年経とうが…地球では時の流れは一切経ってないって事になるのか?」
「ええ、その通りです。」
エストは頷いた。
「なら問題ねぇじゃねぇか!」
イアンが立ち上がる。
「イアンくん…問題があるかどうかを決めるのはケンスケさんですよ。」
エストが溜息をついた。
そうだよな…
最終的には俺が決めなきゃならない。
やるのか、やらないのか。
だが、さっきの説明を受けてから俺の答えはもう決まっている。
「俺は…やる。力を貸すさ!」
二人の顔が明るくなった。
「ほ、本当ですか!?」
「マジか!?」
俺は力強く頷いた。
やらないよりかは人助けをした方が良い。
俺は彼等に力を貸す。
彼等を救うんだ!