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神殿の私室。
その日の午後、ウルフはサバイバーの物資から偶然手に入れた「一本の鮮やかな緑色の野菜」を手に、凶悪なニヤケ顔を浮かべていた。
「へっ……人間どもの世界じゃ、猫ってのは背後に『コレ』を置かれると跳び上がるほどビビるらしいな……」
右目の黒い眼帯を揺らし、血走った左の赤目をギラつかせるウルフ。
日頃、お上品な顔をして自分を手のひらで転がしている「猫紳士」の無様な慌てようを想像するだけで、腹の底から笑いが込み上げてくる。
ターゲットは、机に向かって優雅に紅茶を嗜みながら羊皮紙に目を通しているMowlだ。
胸の黄色いリボンは整い、茶色のマントを羽織り、愛用のモノクルを光らせて完全に油断している。
ウルフは気配を極限まで消し、野性の足取りで忍び寄ると、Mowlの真後ろの床へ静かに「きゅうり」を置いた。
(準備完了だ……。おい猫殿、早く振り向け……!)
壁の影に身を隠し、ニヤニヤしながら固唾をのんで見守るウルフ。
「ふぅ……。本日の報告書も、実に完璧な出来栄えでございますね」
コップを置いたMowlが、満足げに喉を鳴らして椅子から立ち上がった。
そして、何気なく振り返り、自分の足元へと視線を落とした——。
その瞬間。
ピクッ………………。
Mowlの黒ハチワレの猫耳が、ピンと直立した。
緑色で、細長く、不気味に曲がった謎の物体。
猫の本能が、それを「緑色の恐ろしい毒蛇」だと誤認した。
「〜〜〜〜〜っっ!?」
次の瞬間、紳士の物理法則が完全に崩壊した。
「にゃあぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
ドゴォォォンッ!!!
信じられない跳躍力。
Mowlは悲鳴を上げながら垂直方向へ激しくジャンプした。
その高さ、実に神殿の天井の梁(はり)に頭が届かんとするほどの高度。
「ぶはっ!? 本当に飛び上がりやがった……ッ!!」
影で見守っていたウルフが、腹を抱えて爆笑した。
宙で「サササッ!」と無様に四肢をバタつかせたMowlだったが、そこはさすが殺戮を司るキラーの一角。
奇跡的な体幹で空中三回転を決めると、スタッと静かな音を立ててスタイリッシュに両足で着地してみせた。
着地と同時に、ハッと我に返るMowl。
自分の足元にある物体をよく見れば……それはただの、何の変哲もない「きゅうり」であった。
「……あ」
静まり返る私室。
そして部屋の隅から聞こえる、喉を鳴らして必死に笑いを噛み殺そうとしているウルフの「ヒィーッ、ヒィーッ」という酷い漏れ息。
状況を完全に理解したMowlのハチワレ顔が、耳の先端まで真っ赤に染め上がった。
プライドはズタズタ。
紳士としての矜持は粉々に砕け散り、恐怖のあまりに上げた情けない悲鳴と垂直ジャンプ。
それがすべて、あの粗暴な狼の罠だったのだ。
Mowlの目の奥で、冷徹かつ凶暴な捕食者のスイッチが「カチリ」と音を立てて切り替わった。
「……ウ……ル……フ……殿……?」
「ぎゃはははは! お前、天井まで飛んだぞ!? ただのきゅうりだぞ!? 腹いてぇ……っ!」
お腹を抱えて床を転げ回るウルフ。
Mowlは無言で正装の手袋を「シュッ」と引き抜くと、ピンク色の肉球から、ナイフのように鋭い爪をシャキーン!と完全露出させた。
「……ふふ……。人の恐怖を笑うとは……実に不躾なお方でございますね……っ!」
「あ? なんだよ猫殿、そんな目で見……ぶはっ、やっぱり思い出すと——」
シュバババババババッッ!!!!
「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」
残像すら残らない、怒涛の猫パンチ(爪立て)ラッシュがウルフの顔面に爆発した。
「このっ! 愚か者っ! 野蛮人っ! 駄犬っ! 戯け者がぁぁっっ!」
「痛ぇっ!? お前っ、爪出てっ、爪出てるって!! 冗談だろッ!? ぎゃーっ!」
「黙りなさいっ! 今日という今日は許しませんッッッ!!!」
ドカバキゴカッ!!
音を立ててウルフの巨体がなぎ倒され、肉球と鋭い爪の連続攻撃が容赦なく襲いかかる。
普段の「真面目で可愛らしい猫」の面影など微塵もない、本気の捕食者の猛攻であった。
◇
数分後。
顔中に絆創膏をペタペタと貼られたウルフが、正座をしてしょんぼりと頭を下げていた。
その横では、胸のリボンを整え直したMowlが、優雅に温かい紅茶を口に含んでいる。
足元にあったきゅうりは、すでにMowlの爪で微塵切りにされてゴミ箱へ放り込まれていた。
「……すまねぇ、猫殿。悪ふざけが過ぎた……」
城プル
11,005
#1x1x1x1
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
1,088
「……分かればよろしいのです。二度とあのような不潔な緑色の物体を私めの背後に置かないと、誓っていただけますか?」
「おう……絶対置かねえ……(マジで顔面持っていかれるかと思ったわ……)」
ウルフは顔の痛みに耐えながら、心の中で冷や汗をかいた。
やはり、この猫を怒らせると一番恐ろしい。
しかし。
「……本当に心臓が止まるかと思いました……」
Mowlは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
そしてキュッと耳を伏せたのを、ウルフは見逃さなかったのだった。