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「平日に比べたらほんまマシやなぁ」
電車に乗り込んですぐ、木下が車内を見渡しながら独り言のように呟く。
しかしすぐにほのりの顔を覗き込んできたので、これはどうやら、話しかけられていたらしい。
きっと人の数を比べているのだろう。
「……そうだね」
数駅だけの移動だと言うから、空席はあったけれど二人揃って立ったまま。
扉を背にしているほのりの右肩に木下の胸元が触れている。
(近いわ……)
座席横の手すりにもたれかかるように大きな身体を少し丸くして、ほのりに目線を合わせて話しかけてくる木下だが、申し訳ない。正直右から左。何も入ってこない。
「えーっと……吉川さん、怒ってます?」
「え!?」
「全然こっちら見てくれへんし」
不安そうに眉を下げる。
その顔、だから可愛いんだって! と、叫びたくなってしまうこの心をわかってほしいが、やっぱりわかってほしくない。
「ううん。休みでも悲しいことに予定ないしね、ありがとう、声掛けてくれて」
慌てて手を左右に振りながら、ほのりは否定した。
意識していることを認めてしまったなら、途端に緊張が増してしまっている。
特に、こんな触れ合うほどの距離にいると、初めて会った夜のことを……肌の感触や、今聴こえるものとは違う囁ような低い声や。
そんなものが頭の中を駆け巡りまくっているなど口が裂けても言えるものか。
「なら、よかったです。せっかく会えてんからって思ったけど、突っ走ったかなぁって」
「そんなことないよ」
笑顔を作ったまま顔に力が入る。
(……私があともうちょい若くて男に夢見る女だったら期待マックスだよ木下くん!!)
彼の長所であり、そして場合によっては短所であろう、相手を気分良くさせる言葉のチョイス。
影ながらあなたを推すことに決めた私の身にもなってくれ……と嘆きたい気持ちを握りしめた拳の中に隠すほのりだった。