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「あ、ここ。降ります、吉川さん」
アナウンスと共に少しずつ速度を落とし始めた電車。
木下がほのりの肩をやんわりと掴み、扉から少し遠ざける。どうやらこちら側の扉が開くらしい。
ガッツリと肩を抱かれているような体勢に、ほのりの心臓だけではなく、近くにいた女の子たちまでもがヒソっとざわめく。
どこにいても目立つルックスのようだ。
これでどうしてあの日、木下はわざわざこんなに歳の離れた……彼くらいの年代から見ればおばさんであろうほのりに声を掛ける必要があったのか全く理解できない。
(……に、してもねぇ、だよねぇ、距離感ねぇ)
かっこいい、なんて小さな悲鳴も耳に入ってしまい、激しく同意しつつも。
(木下くんのパーソナルスペースってどうなってんの!?)
ほのりが思わず胸を高鳴らせてしまう距離感は、彼にとってはそうではないらしく。若い子はみんなこんな感じなのか、はたまた、木下にとって気にするに値しないくらいにほのりが無であるのか。
そんなこんなを考えているうちに、これまた何も気にする素振りなく。
木下はほのりの手首を掴み、駅のホームに出た。
降車する人たちがまばらになって来たところでその手を離され「駅からわりと近いですよ」と、歯を見せて笑う。
(……顔が、いいわ)
もうすでに、拝んで喜びを感じる自分を押さえつけることなど忘れてしまっているではないか。恐ろしい。
***
「え、和希誰それ!」
木下に連れられやって来たスポーツセンターの体育館。
三面に分けられたうち、館内の出入り口側の端。既に張られているバレーボールのネット周辺にいた木下と同年代と思われる数人の男性たちから、一斉に注目を浴びてしまった。
「え、誰って吉川さん」
「アホか。名前ちゃうくて、なんやねん彼女?」
言いつつ、木下の友人であろう男性はほのりをジッと見つめる。
いや、見つめると言うよりは観察だ。
「ちゃうわ、職場の先輩」
木下が肩をすくめて答えた。
「あー、な。そやろ、お前とか相手にされんお姉さんやでな、どう見ても」
見事なオブラートに包み込まれたセリフだが、わかりやすく訳してしまえば”和希の彼女とは思えない年増が来た”と、そんなところだろうか。
(まあね、そーなるわ普通)
「……吉川ほのりです。今日は突然ごめんなさい」
ニッコリと、大阪に来てからは常に装備するようになった愛想笑い。これがなかなかに顔の筋肉を疲労させるのだ。
「今日少ないん?」
「いや後から増えるんちゃうか。仕事の奴らは後からくるし」
「あー、そやな。吉川さん、すいません。まだ女の子誰も来てへんみたいで」
……女の子がいた方が、きっと刺さる視線が先ほどの比ではないんだろう。気が付かないのが男女の違いだろうか。
「や、大丈夫。てか、なんかほんと来てよかったの? そっちのが大丈夫?」
「大丈夫もなにも、僕が誘ったんですけど」
「ま、あまね……うん、ありがと」
シューズがないので、心許ない足元をもじもじとさせていると。
「他の奴ら、人数揃ったら勝手にゲーム始めると思うんで。端のシートひいてるとこ滑らんし、そっちで軽くボール触りません?」
「木下くんはゲームしないの?」
「はい、いつもみんな好きにしてるし」
ジャージの袖を捲り上げ、壁際にあるカゴからひとつボールを取る。
そしてそれを、ほのりにゆっくりと手渡した。
青と黄色。滑らかな手触りと、懐かしい重み。
「こっちこっち」
手招かれ、ポール横にあるスペースへ木下の後ろを着いていく。
「吉川さん、バレーいつまでやってたんすか?」
問いかけながら、木下はほのりの手からボールを取った。そうして距離を取り、ゆっくりと弧を描くようにしてボールをこちらへ投げる。
「え、高校だよ」
指で弾くよう、オーバーパスで高く返す。
「あ、俺もです……っと、はい早速打ってくださいよ〜」
ほのりからのパスをさらに高く、木下がゆっくりと上げる、空間を止めるオープントスのような。
(いきなりだけど、打てそう)
そう感じて、腕を上げる。
すると。