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「はい、これ台本」
ジェシーと慎太郎が一緒に楽屋に姿を見せたので、番組の台本を渡す。
俺以外のほかの3人はもう来ている。
ジェシー「ありがとー」
高地「マネージャーさんに送ってもらったの?」
ジェシー「そうだよ。俺運転できないから」
できない、というのは免許を持っていないから当然だ。
北斗「そっか」
きっと慎太郎の家に行って、拾ってきたのだろう。
高地「にしても外暑かったよねー。もう梅雨明けてる?」
「まだじゃない?」
ジェシー「外いたら死んじゃうよ」
大我「熱中症に気をつけないとね」
まだ7月になっていないというのに、外は真夏のような暑さだ。冷房の効いた部屋がとてもありがたい。
慎太郎「今日何するんだっけ?」
ふと思い出したようにこんなことを言うから、なんだか悲しく思えてくる。
「今日はね、バラエティー番組に出るんだよ。レギュラー番組。これはその台本。しっかり読んどいて」
慎太郎「はーい」
返事はするが、果たして内容をどれくらい覚えられるか。まあ基本的にはトークは俺が回すから、多少受け答えが曖昧でもきっと何とかなる。
大我「…うわ、こんなとこにポケモンいんだけど!」
突然、きょもの嬉々とした声が響く。その手にはスマホ。部屋の隅に向けている。
どうせポケモンGOでもしてんだろ、と何も言わず流すと、「誰も興味持ってくれない……」
寂しそうな声を出した。
北斗「俺見たい、どんなのいたの?」
珍しく北斗が興味を示す。
大我「あのね、こんなやつ——」
画面を見せながら会話しだす。それを尻目に、慎太郎の様子をうかがう。
台本を横に置き、何やらかばんの中を探っている。「どうしたの」
「あ、樹。なんか水飲もうと思ったんだけどペットボトルがないんだよね」
短くため息をつく。家に置いてきたか、そもそも持ってきていないかもしれない。
「ちょっと買ってくる」
立ち上がり、部屋を出ようとする慎太郎を慌てて引き止める。「待って、財布。ある?」
「ああ、そうそう」
財布なら入っていたようで、取り出して出ていった。そんなことも、もはや日常茶飯事になってしまった。
まさか、若年性認知症になるとは俺らも思っていなかったし、慎太郎も思わなかっただろう。それは高齢者に多い病気だが、若い人でもなりうるらしい。
まだなんとか活動はできているが、すごくギリギリの状況。しかも、公表はしていないからいかに隠すのかも難しい。メンバーのこともいつわからなくなるか。活動に幕を下ろすのも、時間の問題だ。
だから、本当なら自販機でちゃんと水を買って帰ってこれるかも心配だが、きっと心配性だとメンバーに言われる。
「…ちゃんと買えるかな、慎太郎」
やはり心の声が漏れてしまった。
ジェシー「そんなに心配しないでよ。あいつなら大丈夫」
笑ってジェシーは言うが、
「でも…」
北斗「もしあと5分経って帰ってこなかったら、見に行こう」
「うん」
というのは、楽屋の場所がわからなくなって道に迷う可能性があるからだ。今までも何回か、スタッフさんと一緒に戻ってきたことがある。
少しドキドキしながら待っていると、ガチャっとドアが開く。しっかりペットボトルを手にした慎太郎が入ってきた。
内心、ほっとする。
それは、いつも飲んでいるメーカーの水だった。ネットで調べたが、以前から好んでいたものやよくやっていたことは覚えているらしい。
ふと隣を見ると、さっきからポケモン関係で楽しそうな北斗ときょも。こんなに二人が話し込むのは珍しい。どちらも笑顔を見せあっている。
高地「おい樹、何ニヤニヤしてんだよ」
ぎくりとして見ると、高地が睨みを利かせている。そこはやはりハマの番長、ちょっと怖い。
「違う、別に…何にもしてないよ」
ジェシー「AHAHA! 絶対この二人見てにやけてたでしょ」
こうやってみんながわちゃわちゃ楽しく話していても、慎太郎が入ってくることは少なくなった。俺が話を振ればちょっと話してくれるが、前のように自分から「ねえねえ」とくるのはもうほとんどない。
台本を持ったままぼーっとしている慎太郎を見ながら、寂しい気持ちがあふれてくる。
どうにかしてあげたいのに、何もできない。
病気の進行には抗えない。
なんて不条理なんだろう。
もう少しでスタジオ入りの時間だ。みんなに声を掛け、立ち上がる。
「ほら慎太郎、行くよ」
「どこに?」
首をかしげて訊いてくる。困り顔になるのをおさえ、感情を殺して「テレビ番組のスタジオ。これから収録」とだけ言う。
慎太郎は手元の台本に目を落とし、「ああ、これか」
そう、とうなずき外に出るよう促す。
毎回、慎太郎からこういったことを尋ねられる度に悲しくなってしまうのは自分だけだろうか。
記憶の中の昔の慎太郎は、いつも笑顔で本当に弟のような存在だった。でも今は、笑顔を見ることすらあまりない。
収録中でも、ちらりと慎太郎のほうをうかがうと笑っていない。ちょうどカメラには抜かれていないから、慎太郎に見えるように自分の口角を指で上げ、「笑え」とサインを送る。こちらに気づくと、微笑んでカメラを向き直す。
トークも、みんなは自主的に話してくれるからいいが、それでもあまり喋らないきょもに振ったり、簡単な相槌を慎太郎に求めたりする。それはもう、前より大変だ。さらにジェシーのボケに対するツッコミまであるんだから。でもなるべく自然にやらないと、不審がられてしまう。
我ながらすごい大変な役をしてるな、と思う。
やっと撮影が終わる。次は、高地とラジオの仕事。
高地「次、樹とラジオでしょ?」
「そうだよ」
「慎太郎、どのタイミングでやらせよう…」
それは俺も悩んでいることだ。喋りの仕事は、今の彼には難しい。でも全然出演しないのも、やはり不自然になってしまう。
「…6人全員で出る、っていうのはどう?」
「何にもない日に?」
高地は黙り込む。
「まあ…気まぐれも俺ららしいかってリスナーとかファンは思うかもしれないけど…。とりあえずそこは、スタッフさんに任せよう」
俺はとりあえずうなずいた。
これからどうすればいいんだろう。
それはおそらく、5人がずっと考えていることだ。
でもどれだけ考えても、答えは見つからない。
問題があまりに複雑で、難しすぎる。
でもいつかは、ゆく道を決めなくてはいけない。
ひとつ、最善の道を——。
続く
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