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サイド赤


すごく暑い。

じりじりと焼き付けるような太陽に、身体が焦げそうだ。さらに汗も滝のように出る。

夏真っ盛りの8月の東京。しかも真っ昼間。ビル街の中にいるはずなのに、セミの声が聞こえてきそう。

俺は駅に向かうべく、道を歩いていた。

でも夏ってサングラスをかけててもおかしくないから、ちょっといい。こういう街に出るときだと、バレないようにサングラスが必須。

テレビ局から最寄りの駅に行って、今日はいつもとは違う路線に乗る。

午前中に仕事が終わったから、午後はちょっと足を伸ばす予定だ。

「あちい…」

電車に乗っても、人がたくさんいるから体感温度は暑いまま。それでも、周りの人よりちょっと背が高いから、空調の冷たい風が頭にあたる。

スマホを取り出し、メッセージの内容を確認する。慎太郎とのラインに送られているのは、目的地の最寄り駅だ。でも送り主は慎太郎本人ではない。


しばらく電車に揺られていると、その最寄り駅の名前がアナウンスされる。

人の間を縫って出ると、また暑さに包まれる。気温は、都心でも神奈川でも同じのようだ。

駅を出るとナビゲーションアプリに頼り、歩いていく。

少し行ったところで、ふと、ある店の前で足が止まった。

店頭に置いてある色とりどりの花に目が引かれる。花屋だ。

いちばん目立つ場所に鎮座しているのが、ひまわり。小さいサイズだが、存在感は大きい。そしてその明るい黄色に、思わず笑顔になる。

ひまわりって綺麗だなあ、なんて思いながら通り過ぎようとして、はたと立ち止まる。

いつだったか、雑誌の取材か何かで慎太郎が、好きな花はひまわりだと言っていた気がする。でも思い違いかもしれない。

だが、今日は手土産を持ってきていない。

ちょっとでも喜んでくれたらいいな、とそのひまわりのブーケを買っていくことに決めた。


紙袋の中に入った花束を見て、気持ちが爽やかになるのを感じる。花の効果ってすごい。

黄色い花とともに道を行く。

数分後、終了しますといってナビゲーションが終わった。

「ここかなぁ…」

目の前の一軒家を見上げる。

近寄って表札を確認すると、「森本」と書かれている。来たのは、慎太郎の実家だ。

少し前に脱退の発表をし、事務所も辞めた。ひとり暮らしをしていた家も引き払い、地元に帰った。

でも東京からさほど遠くもないから、ほかのメンバーも訪れたようだ。俺は今日が初めて。

インターホンを押すと、女性の声が応じる。ジェシーです、と返したが、きっと通じる。

ドアが開かれ、女性が顔を出す。会ったことはないが、慎太郎の母親だろう。

「初めまして。突然すみません」

「いえいえ、お待ちしてました。どうぞ」

慎太郎によく似て、明るい笑顔の人だ。

「慎太郎は自分の部屋にいます。帰ってきてから、あんまり外には出なくなって…。まあひとりの外出も不安ですけど」

「そうですよね」

ダイニングに通される。

「暑かったでしょう。冷たいお茶でも飲んでください」

ご好意に甘え、いただいた。

「あの、これ良かったら…。もらってくれると嬉しいんですけど」

紙袋を渡す。

「——わあ、綺麗! ありがとうございます。あの子が好きな花なんです。やっぱりメンバーだからご存知で?」

「ちょっと聞いたことがあるくらいですけど、喜んでくれるかなと」

「あとで部屋に飾ります」

にっこりと笑って言った。

「あの……グループのほうは、どうなんでしょうか」

一転、少し不安そうな表情で訊いてくる。

「やはり寂しいですし…、歌もちょっと物足りない気がします。普段5人で一緒にいるときでも、違和感だらけです。何しろムードメーカーがいなくなっちゃったわけですから。とりあえず今は、歌のパートを埋めるとかで精一杯です」

「そうですか…」

「ちなみに、僕らの名前を言ったりとか、話してるとかないですか?」

「聞いたことはないです。こっちから話すこともないので…。もしかしたら、覚えているかどうかも……」

危うい、ということだと思う。

「ほかに来たメンバーは誰ですか」

「高地さんは、ご実家に帰られるついでにいらっしゃいました。あと田中さんと、松村さんです」

大我はまだらしい。

「そのときって、どんな様子でしたか?」

「そうですね……私は2人の会話を聞いていないのでわかりませんが、たぶん会ったらわかったんだと思います。元気そうで良かった、とおっしゃってたので」

ほっと息をつく。

「まあとにかく、顔を見せてやってください。きっと嬉しいと思います」

部屋は2階に上がって右手です、と言われ立ち上がる。階段を上り、右側のドアをノックする。

「慎太郎? 俺だよ。入っていい?」

「うん」

短く返事があった。久しぶりに聞く慎太郎の声だった。

ベッドの上に座り、本を読んでいた。

「よっ」

前みたいに軽く挨拶してみたものの、その表情は冴えない。「俺のこと、わかる?」

「……ジェシー」

良かった、名前はわかった。

「そう。最近、体調とかどう?」

「元気だよ」

「そっか、良かった。……テレビとかで、…SixTONES見てる?」

俺は恐る恐る、その名を出す。返答を聞くのが怖い。

「ん?」

やはり、反応は鈍い。

「ストーンズ。わかる?」

「すとーんず…」

言葉をオウム返しする。ピンと来ていない顔だ。

個人の名前しかダメだったか。と、

「俺、SixTONES…」

ぽつんと言う。え、と目を見開く。

「えっ今何て言った!?」

慎太郎は俺のほうを見る。

「…俺…SixTONES……だった」

まるで自分みたいな片言だが、それでも驚いた。

「そう、そうだよ。俺らと一緒にいたの」

慎太郎は柔らかく笑ったが、それ以上の言葉はなかった。もう引き出すのはやめておこう。

「今日ね、来るときにひまわり買ってきたよ」

「うん? ひまわり?」

「そう、慎太郎好きでしょ」

「ああ…うん」

「お母さんに渡したから、部屋かどっか飾ってもらいな」

「ありがと。……見たい」

「ん、見る?」

意外な反応に、少し驚く。じゃあ下降りよう、と慎太郎と一緒に階段を下りる。

母親はちょうど花瓶にセットしているところだった。

「あれ、どうしたんですか」

敬語だから俺に話しかけたようだ。

「さっき花を買ってきたよって話をしたら、慎太郎が見たいって言ったので…」

「まあ、そうなんですか」

嬉しそうに言い、「ほら、これジェシーさんが持ってきてくれたのよ」

可憐に咲いているひまわりを見た慎太郎の目は、ニコッと笑った。

「ジェシー、これすごい綺麗だね」

口角を上げて言った。

俺の目を見て。


何よりもその笑顔が、言葉が、嬉しかった。

嬉々とした、無邪気な表情。

甘くて爽やかな、自分を呼ぶ声。

全てが、前の慎太郎そのものだった。


「母さん、これ部屋に飾ってくる」

と花瓶を持ってとことこ階段を上がっていく。俺もあとについた。

ベッドのサイドテーブルにとん、と置き、「いいね」なんて満足気に言う。

「良かった」

本当に良かったと安心して、その一言しか出なかった。

ふと腕時計を見て、「じゃ、俺もうそろそろ帰るね」

あまり長居もいけない。かばんを持ち、声を掛ける。

「そっか」

少し寂しい感じに聞こえたのは気のせいだろうか。

「また来るから。ほかのメンバーにもよろしくね」

とは言ったものの、次誰かが来たときにはきっと俺が来たことは忘れている。

「うん、またね」

ドアを閉めるとき、中の慎太郎に笑いかける。

慎太郎も、ふふ、と笑い返した。

なんだか幻みたいな、夢を見ているように感じる笑顔だった。

だから、次は見られないかもしれない——。


続く

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