その日はとても暑かった。
いわゆる 猛暑というものだ
夏はどうにも好きになれない
好きにはなりたくない
「おっはよーう!渚紗く〜〜〜ん!」
陽気な声が、本屋内に響き渡った
「お、おはよう御座います…星風さん」
その陽気な声の持ち主は、星風さん
この本屋の居候をしているらしい
陽気で明るい性格と
偶に見せる不穏な雰囲気が
掴みどころのない妖狐らしさを創り出す
「おや?渚紗くん どうしたんだい?」
「え?」
「顔色が悪いよ?」
顔色が悪い………?
そういえば最近、純玲さんにも同じような事を言われたような気がする
「そうですかね…?」
「私から見たら…肌の血色が少し悪いような気がするんだけどなぁ…」
「嗚呼、最近 寒くなってきたからですかね」
「…まぁ確かに最近寒くなってきたよね」
「ですね」
他愛もない会話だけど、胸が温かくなる
こういう会話は割と好きだ
「…渚紗くんは…さ」
星風さんが視線を机から変えない儘
静かに話の話題を変えようとしていた
「はい?」
僕が首を傾げながら、返事をすると
星風さんが変なことを言い出した
「猫みたいだよね」
「え?」
猫みたい?………僕が…?
それを言うなら、星風さんの方が猫っぽい
掴み所のない性格に
神出鬼没で、何を考えているか分からない
おまけに、目元を画面で隠して
誰にも何も悟られないように自分を隠している
そういう、星風さんの方が猫っぽいのに…
「………」
僕はなんて言えばいいのか分からなくなった
正直に、星風さんの方が猫っぽいですよ とでも言えばいいだろうか
「猫ってさ、勘が鋭いんだよね」
星風さんは、昔話をするかのような口調で
言葉を紡ぎ始めた
「そ、そうなんですか」
「うん だから似てるなって思って」
「な、なるほど…?」
確かによく勘が鋭いとは言われる
でも、猫は人語を話せないのに
どうして勘が鋭いということが分かるのかな?
もしかして
[ 生き物の言葉を理解する ]
という魔法のようなものがあるのだろうか?
そういう魔法があるのなら、使ってみたい
でも
「星風さんも猫っぽいと思います」
「私?」
「はい」
僕の能力は
今 その人が思っている事しか分からない
だから 星風さんの思考そのものを理解したり
読み取ったりするのは不可能に等しい
だからこそ、僕の能力は中途半端なのだ
「私は猫っぽくないと思うけど…」
「僕からみたら意外と猫っぽいんですよ」
「へぇ…そうだったのか 〜」
星風さんが顎に指をのせ、 驚いた顔をしていた
すると
心地の良い騒がしさに引き寄せられたのか
純玲さんが 壁からひょこっと顔を出し、
「何の話してるの?」
と 鈴を転がしたかのように静かで
可愛らしい声を出した。
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人には ❨ 恋心 ❩というものがある
その恋心は ”ボク” にも理解ができない
それほど謎深き物なのだ
恋心を持っている人物と云えば
渚紗くんが脳裏に浮かぶ
渚紗くんは とても不思議な子で
まだ内に秘めた未知なものを隠し持っている
だからこそ ボクは彼に興味がある
今朝 本屋のカウンタ―席の奥の部屋で
本や図鑑やらを漁っていると
カウンター席の方で、微かに物音が聞こえた
こんな早朝に猫でも迷い込んだのかと思えば
そこには カ―テンから僅かに溢れる
陽の光を背景に、渚紗くんが本を読んでいた
珍しいなという驚愕と共に
可愛いな という感情がふと心に浮かび上がった
…………ん?…可愛いな?
なんでボクは彼を可愛いと思ったのだろうか
不思議で仕方がなかったが
いつも通りの笑顔を創り
渚紗くんがいる方へと早足で向かった
「おっはよーう!渚紗く〜〜〜ん!」
ボクが陽気な声で彼に挨拶をすると
彼は少しだけ表情を明るくし
「お、おはよう御座います…星風さん」
と返事を返してくれた
寝起きなのか分からないが、
微かに声のト―ンが低くなっている
でも 顔色が少し暗い。
何かあったのだろうか?
「おや?渚紗くん どうしたんだい?」
ボクが、首を傾げながら聞くと
彼は「え?」と驚いた
「顔色が悪いよ?」
更にボクが先ほどの言葉に付け足すと
彼はますます驚いた
「そうですかね…?」
「私から見たら…肌の血色が少し悪いような気がするんだけどなぁ…」
「嗚呼、最近寒くなってきたからですかね」
「…まぁ確かに最近寒くなってきたよね」
「ですね」
他愛もない平和な会話
昔は、こんなに平和的な会話できなかった
これもある種の”幸せ”なのかもしれない
私は照明の光を反射している机に視線を向けた
そして息を軽く吸ってから、言葉を発した
「…渚紗くんは…さ」
「はい?」
彼が首を傾げる
私はその姿を見て、小さく息を呑んだ
そして、軽く深呼吸をしてから
「猫みたいだよね」
と 言った
「え?」
彼は心底驚いた様な顔をした
この顔…百億の名画にも勝りそうだな
「猫ってさ、勘が鋭いんだよね」
私が、言葉を付け足すと
“渚紗くん”は 「そ、そうなんですか」
と、困惑しつつも何かを考えていた
何を考えているんだろう?
今はボクだけがいるのに
ボク以外の事を考えてるの?
…って何を考えてるんだ…私は
「うん だから似てるなって思って」
「な、なるほど…?」
彼は純玲ちゃんが好き
彼の興味の矢先はいつも彼女に向いている
少しだけ羨ましいような
羨ましくないような
理由なんて分からない
なのに、胸の奥がずきんっと痛む
「星風さんも猫っぽいと思います 」
彼の意外な返答に私は我に返った
「私?」
「はい」
猫っぽい…か
確かに過去に何度か言われたことがある
だけど、そこまで似ているのだろうか?
似ていないような気もする
「私は猫っぽくないと思うけど…」
「僕からみたら意外と猫っぽいんですよ」
「へぇ…そうだったのか〜」
周囲の目があるというのは
自分を理解できるというメリットでもある
自分でも分からないこと
自分じゃ見えない自分の事
その他数々の事を知ることができる
そういう面に関しては
矢張り人と関わるというのは悪いことではない
そんな事を考えていると、
純玲ちゃんが、壁からひょっこりと顔を出し、
「何の話してるの?」
純玲ちゃんの
風鈴がちりんっと鳴った時のように
可愛らしい声が、辺りに響き渡った
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❨ おまけ ❩
「いい加減、離れえや!」
琴葉のよく通る声が、本屋内に響き渡った
「嫌です!死んでも嫌です!」
渚紗が驚異的な力で 純玲を抱き締めている
「………」
抱き着かれている純玲は、無表情の儘だ
「渚紗は、純玲の事になると人が変わるんじゃのう…」
魁斗が、くすくすと笑うのとほぼ同時に
沙羅が、深く溜息をついた
「全く…いつ見ても暑苦しいわね 貴方達は」
「まぁ!仲が良い事はいいと思うよ!」
「ダジャレかいな!」
「違うけど?!」
今日の本屋は、いつもよりも騒がしかった
けれど、その騒がしさは
夕方の黄昏時のように
神々しく、心地が良いものだった_
コメント
11件
水彩さん!ハッピーさんのアカウントが消えてて、知ってたりしますか?アカウント。
すいちゃの物語読みやすくてすっごくすき‼️🥹🥹🥹
めっちゃ面白かったです!