あの夜から、何度みことを好きになったか数えきれない。
でも――
「これはもう、完全に負けだな」って思ったのは、
その日、ひとつの鍋を囲んだ瞬間だった。
「ねぇ、今日ちょっと寒くない?」
「うん。……鍋、する?」
「いいね。キムチ鍋とか?」
「うぅ……ちょっと辛いの苦手」
「そっか、じゃあ寄せ鍋にしよ」
みことはそう言って、くるっとキッチンに向かっていった。
くしゃっと笑って、なんでもないような顔で。
――それが、やばかった。
エプロンを結んだ背中が、痩せすぎてないのが安心だった。
最近やっと体力が戻ってきて、朝もぐっすり眠れてる。
あの頃の、花びらと咳と涙にまみれた姿がウソみたいに、
今は、普通に笑ってる。
(……ああ、なんだ)
みことが、生きてる。
ちゃんと、こうして俺の目の前で、生きて笑ってくれてる。
それだけで、もうだめだった。
その姿を見て、たまらなくなった。
「みこちゃん」
「うん?」
「……ちょっと、こっち来て」
「え、鍋の準備……」
「あとでやるから。来て」
みことは不思議そうに振り返って、俺の隣に座った。
ほんの少しだけ距離をとって座るから、
思わず手を伸ばして、肩を引き寄せた。
「……すち?」
「また、好きになった」
みことの目が、ぱちぱち瞬く。
「え?」
「ごめん、なんかさ、急に。……でも、みことが笑ってて、あったかいごはん作ってくれて、俺のこと“ただいま”って迎えてくれることが、こんなに、嬉しいって思わなかったから」
言葉が口からこぼれていくたびに、心がまた恋に染まっていく。
一度告白したはずの気持ちが、なぜか今、初めて伝えるみたいに熱を帯びていた。
みことは、少しの沈黙のあと、小さく笑った。
「……俺も」
「うん?」
「俺も、さっきすちが“寒くない?”って言ったとき、すごく嬉しかった」
「なんで?」
「だって、俺のこと見ててくれてるんだって、思えたから」
声が震えていた。
そのままみことの手を握る。
こんなにも近くにいるのに、ちゃんと触れたくなる。
恋って、終わらないんだって思った。
「また好きになったら、ちゃんと言っていい?」
「うん。俺も毎回言う」
「じゃあ、これから先、何十回も言わせて」
「……こっちこそ」
ふたりで見つめ合って、自然に笑い合った。
湯気の向こうに、未来が見えた気がした。
恋に落ちたのは、過去だけじゃない。
いまも、これからも、何度だって君に恋をする。
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