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文スト×ヒロアカ6
「じゃあ、太宰君と中也君はここの離れを使ってね。荷物はちゃんと移動させたかい?」
ここは森邸の離れ……別名“双黒塔”である。以前から森が太宰と中也、二人が揃った時共に暮らせるようにと、中也にも秘密で建設してきた洋風の建物だ。
「はい!お手を煩わせてしまい、申し訳ありません…」
そう答えるのは中也。元々は本館の一室に暮らしていたため、荷物は殆ど全てをこちらに移動したのだ。
「そんな!畏まらなくていいと何度も言っているのだがねぇ…。」
「いえ!首領にそのような口の聞き方をするわけにはいきませんから‼︎」
(敬愛する首領に、そんなことするわけない‼︎…なーんて、考えてるんだろうねこの莫迦狗は…)
二人のやりとりを見ながら太宰はそう思った。自分は森に対して敬意など殆ど全くと言っていいほど感じたことはないのだから仕方がない。
「ねぇ、僕の荷物は殆どないって言ってもいいんだけどさ、ちゃんと揃ってるわけ?」
「もっちろんさ‼︎昨日のうちに全て手配し、全て配置済みだよ!」
「うわ〜…ここまで言われるとなんかキモい…」
「リンタロウがキモいのはいつものことよ。」
「えっ、エリスちゃん???」
(相変わらずエリス嬢は手厳しいらしい。)
太宰は思わず笑ってしまった。
「まっ、まあ、とにかく入ってご覧。」
森が扉を開く。
カチャリ。
「……」
「……」
「……おぉ。」
思わず中也が声を漏らした。
外観は洋館だったが、中は想像以上に広い。
吹き抜けのリビング。 大きなソファ。 暖炉。 壁一面の本棚。 開放感のあるキッチン。 食堂には六人ほど座れそうなテーブル。
「すっげぇ……。」
「気に入ってもらえたようで何よりだよ。」
森が満足そうに微笑む。
一方。
「中也。」
「?」
「ここ。」
太宰が真っ先にキッチンへ向かっていた。
「君専用?」
「は?」
「料理する場所。」
「あぁ。」
中也は何でもないことのように頷く。
「そうだろうな。」
「……。」
「?」
「…………。」
太宰が静かに口元を押さえる。
(中也の料理が毎日…朝も、昼も、夜も、毎日…)
「太宰。」
「なぁに?」
「顔が気持ち悪い。」
「失礼だなぁ。」
「本当のことだ。」
「僕は今、人生最高の幸福を噛み締めてるだけだよ。」
「知らねぇよ。」
そんな二人を見ながら森は満足そうに頷く。
「キッチンは中也君の要望をできる限り取り入れてあるからね。」
「俺の?」
「以前、君が”もう少し作業台が広ければ”とか、“窓の外見ながら料理したい”とか言っていただろう?」
「……。」
中也は固まった。
「そんな前の話覚えてたんですか。」
「当然さ。」
「…………。」
(やっぱこの人すげぇ。)
中也は少しだけ照れ臭そうに頭を掻いた。
対して太宰は。
(なんで…なんで森さんが中也の好みを知ってるわけ。)
空気が少し黒くなった…ような気がした。
ピッコーン‼︎
何かを悟ったらしいエリスが口を開く。
「リンタロウ、そろそろ絵本の時間よ。キョウカと一緒にコウヨウに読んでもらうの。早くいきましょ。」
「もちろんだよエリスちゃーーーん!!!!」
両手をあげて抱きしめようとする森を華麗に避けるエリス。
「悲しいよ、エリスちゃん…」
「知らないわ。早くいきましょ…あっ、そうだわ!ねぇチュウヤ、耳貸して。」
「なんですかエリス嬢?」
中也が軽く屈みエリスが何かを耳元に話した。
「ゴニョゴニョ…」
ボッッッ
中也の顔が一瞬で耳まで真っ赤に染まった。
「なっ……!」
思わずエリスを見る。当の本人は、悪戯が成功した子供のようにくすりと笑った。
「じゃあね。」
そういって森の手を引いて本館の方へと走っていく。
「待ってよエリスちゃーん‼︎」
「……。」
しばらくその場に沈黙が落ちた。
「……何言われたの。」
最初に口を開いたのは太宰だった。中也はまだ耳まで赤い。
「な、なんでもねぇ。」
「絶対なんでもあるよね?」
「ねぇ。」
一歩。
また一歩。
じりじり距離を詰める太宰。
「エリス嬢、なんて言ったの。」
「…………。」
「中也。」
「……言わねぇ。」
「なんで。」
「言えるか馬鹿。」
「そんなに?」
「そんなにだ。」
「僕にも?」
「お前だからだ。」
ピタリ。
太宰の足が止まる。
(……お前だから。)
その一言だけで胸がどくりと鳴る。だが、
(いや待て。僕だから言えないってどういう意味?恋愛?秘密?森さん関係?僕に知られたくないこと?いやいやいや。中也が?僕に?)
ぐるぐると思考が暴走し始める。この男、中也が絡むとご自慢の頭の良さも低下するらしい。
一方、中也はというと、
(あんなこと言えるかボケェ!!)
エリスの言葉が頭の中で何度も再生される。
『チュウヤ。』
『今日から毎日一緒にご飯食べて、一緒にお風呂入って、一緒に暮らすんだから。』
『ちゃんと「おかえり」と「おやすみ」と「いってらっしゃい」のちゅーくらいはしてあげなきゃ駄目よ?』
(するかぁぁぁぁぁ!!!!)
(どこで覚えたんですかそんなこと……エリス嬢ーーー!!!!)
耳まで真っ赤になりながら頭を抱えた。
(どうにか話題を変えよう。うん、そうしよう…)
無言で頷き、太宰の方を向いた。
「もっ、もう夜遅いし、風呂入って早く寝よう‼︎俺が先入るから…」
「やだ。一緒に入る。」
中也の服を掴み駄々をこねる太宰。
「手前なぁ…俺は今は女なんだよ。前世なら別に構わなかったが、流石に今は…」
「だってここのお風呂、露天風呂なんだよ?一緒に入りたいでしょ?ねぇ?」
「っぐぬぬ…」
中也は腕を組み、本気で悩み始めた。
(露天風呂……。)
正直入りたい。ものすごく入りたい。なんなら、この建物を見た時から気になっていた。
しかし、
『良いか中也。おぬしは今はか弱き乙女なのじゃ。前のような安易な行動は許されぬぞ。特に、特に太宰のような蛆虫には気をつけること。分かったかえ?』
紅葉の真剣な表情が脳裏に蘇る。
(姐さんとの約束は破れねぇ…。それに…)
“恥ずかしい”のだ。女として十五年間生きてきて、すっかり女という生き物になってしまった。
(前は何とも思わなかったのによ……。)
目の前にいるのは太宰だ。
前世では何度も同じ風呂に入り、背中を流し合ったことさえある。
なのに、今は想像するだけで顔が熱くなる。
中也は思わず額を押さえた。
(落ち着け俺。前は男同士だった。何も問題なかった。今は違う……違うんだよ。)
「中也。」
「……なんだ。」
「露天風呂…」
「だから駄目だ。」
「まだ理由聞いてない。」
「聞かなくていい。」
「聞く。」
「聞くな。」
「聞く。」
数秒睨み合う。
そして、ついに観念したように中也が口を開いた。
「……はず、恥ずかしい。」
ぼそり、と。
あまりにも小さな声だった。
「え?」
「だから!」
中也は耳まで赤くして叫ぶ。
「恥ずかしいっつってんだよ!!」
その瞬間だった。太宰の思考が止まる。
「……。」
(今、中也。恥ずかしいって、僕相手に…)
数秒。
ぶしゅっ。
「……はな…ぢ?」
ぽたり。
太宰の鼻から一筋、赤いものが垂れた。
「お、おい!?!?」
中也が慌てて駆け寄る。
「太宰!?どうした!!」
「だ、大丈夫……。」
鼻を押さえながら太宰は天井を仰ぐ。
「ちょっと情報量が多すぎて脳が処理落ちしただけだから……。」
「処理落ちで鼻血出す奴があるか!!」
「中也が悪い。」
「なんでだよ!!」
「君が可愛すぎる。」
「「……。」」
「ぶっ飛ばす。」
拳が振り上がる。
「待って待って待って!!」
太宰は慌てて両手を上げた。
「今のは不可抗力だから!」
「知るか!」
「だって前の中也なら『恥ずかしい』なんて絶対言わなかったじゃない!」
「……。」
「しかも照れてるし。」
「……。」
「耳真っ赤だし。」
「……。」
「可愛いし。」
「……。」
「前はそんな顔、見せてくれなかったじゃん。」
「……。」
中也は何も言わない。
ただ、耳はますます赤くなっていく。
「……。」
太宰はゆっくり口元を押さえた。
(まずい。可愛い。想像以上に可愛い。抱きしめたい。いや抱きしめるだけで済むか?落ち着け僕。ここで暴走したらちょっとどころじゃ済まない。)
必死に理性を総動員する。
一方。
(……あ。)
中也も気付いた。
(今の俺。完全に女みてぇな反応だった……。)
「「…………。」」
沈黙。
なんとも言えない空気が流れる。
太宰はチラリと中也の体を見た。
(もちろん、男だろうが女だろうがどっちにしろ中也だから愛おしいのは変わらないんだけど…)
確かに、随分と女性らしい姿をしているように感じる。
男の時から背が小さかったが、女になり、さらに小さくなった体は抱きしめたくなるし、その、大きめな胸は揉みたい衝動に駆られる。長い睫毛は永遠と見つめていたいし、その何も塗っていないはずの桜桃色の唇は、何度だってキスしたくなる。
「…ほんっと中也ってば可愛すぎる…。」
「はっ、はぁ⁈」
(ほら、また可愛い)
一挙手一投足が全て愛らしい。
フワッ
「ふぇっ?」
中也の体が浮いた。いや…
「中也ってば、めっちゃ軽くない?ちゃんと食べてる?」
太宰が中也を姫抱きしているのだ。
「さっ、お風呂行こうか。」
「は⁈⁈…おま、俺がさっき言ったこと忘れたのかよ‼︎」
真っ赤な顔で足をジタバタさせるもの、抱き上げられている今、太宰には殆どダメージがない。
「むしろ、全て一言一句覚えているさ。」
「じゃっ、なっ、なんで…」
「可愛いからだよ。」
……
「は?」
キョトンとした顔をしてみせる中也。
(あ゛ーーーー可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い………ぶち犯そうかな)
笑顔どころかむしろ、無表情になる太宰。頭が可愛いで占められているのだ。頭がショートしているのだろう。
「おい、離せ、離せってば、おい‼︎」
「離してあげるよ、ちゃんと脱衣所でね。」
「まさか本気で一緒に入る気じゃないよな…?答えろよ、答えろ太宰‼︎」
「狗に拒否権はない…分かってるよね?」
ニヤリと笑う太宰に、中也はゾワッと、寒気がした。
「おい、だ…」
「さぁレッツラゴー!!」
中也が言い終わる前に無理やり被せ、風呂場へ向かう。
「太宰ィィィ!!!!」
その声だけがこの場に残された。
ーーーーー
「姐さんの莫迦ーーーーー!!!」
遡ること510前…
…
「本当は拭きあいっこしたかったんだけど、ちょっと先に出ないといけないから僕は先に出るね?」
「そーかよ、早く行け。」
「やっぱいぎだくないー!」
「手前が言い出したんだろうが!」
膝に乗せていた中也をおろし、湯船から上がる太宰。
「ちゃんとすぐに上がってきてよね、飼い主のために。」
そう言ってつむじにキスをした。
「誰が飼い主だバーカ。」
憎まれ口は叩くものの、その声は優しい。
そうして太宰は名残惜しそうにしながらも浴室から出て行った。
「……ったく。」
浴室に静寂が戻る。
中也は湯船にもう一度肩まで浸かり、小さく息を吐いた。
「……危なかった。」
露天風呂でしていたことを思い返し、耳がじわりと熱くなる。
きっと、見えないだけで首の裏には無数の花弁が咲いているのだろう…
(よくあいつはあんなことを恥ずかしげもなくやるな…)
ぶくぶく。
恥ずかしさを誤魔化すように湯の中へ沈む。
「……よし。」
数十秒後。
勢いよく立ち上がった。
「考えるのやめだ!」
頭をぶんぶん振り、水気を払う。
「さっさと着替えて飯食って寝る!それで終わりだ!」
そう言い聞かせながら脱衣所へ戻る。
用意されていたタオルで髪を拭き、洗面台の前で軽く整える。
そして。
椅子の上に丁寧に畳まれたパジャマへ手を伸ばした。
「さて、と……。」
持ち上げる。
「…………。」
固まった。
「………………。」
数秒。
完全停止。
目の前にあるのは――
ふわふわの淡いクリーム色。
裾には何段ものフリル。
胸元には大きなレース。
袖口にも小さなリボン。
しかも胸元には可愛らしい白いうさぎの刺繍。
「…………。」
「………………。」
「…………は?」
現実逃避するようにタグを見る。
サイズ…女性用。間違いない。
「……。」
裏返す。もう一度表を見る。
「……。」
「…………。」
「いやいやいやいや。」
首を横に振る。
「違ぇ。これはきっと……。」
周囲を見渡す。
「エリス嬢のだ。」
うん。そうに違いない。
「俺のは別に……。」
ガサゴソ…棚を開ける。
ない。
引き出し。
ない。
籠。
ない。
ベッドの上。
ない。
「…………。」
もう一度、手元を見る。
ふわっふわのお姫様パジャマ。
「…………。」
震える手でタグをもう一度確認する。
そこには実に達筆な文字で、
『中也へ』
…
「姐さんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
屋敷中に響きそうな絶叫だった。
「絶対姐さんだろこれぇぇぇ!!」
頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
「なんでだよ!!俺、もう十五だぞ!?子供じゃねぇんだぞ!?」
パジャマを持ち上げる。
ひらひら。
「なんだこのリボン!!」
ひらひら。
「なんだこのレース!!」
ふわふわ。
「なんだこのうさぎ!!」
可愛い。
「………………いや、うさぎは可愛いな。」
一瞬だけ素に戻る。
「じゃなくて!!」
ぶんぶん首を振る。
(絶対これ姐さんが選んだだろ……。そしておそらく鏡花とお揃い。)
脳裏に浮かぶ、優しく笑う紅葉。
『中也は今や可愛い娘じゃ。可愛い格好をして何が悪いのかえ?』
「悪いとかじゃねぇんだよ!!」
誰もいない脱衣所へ全力でツッコむ。
(こんなん太宰に見られたら……。)
想像した。
『中也……。』
『な、なんだよ。』
『可愛い。世界一可愛い。写真撮っていい?一生保存する。待ち受けにする。毎晩眺めながら寝る。結婚しよう。子供は三人――』
「するかボケェェェェ!!!!」
頭を抱えて床を転げ回る。
「無理無理無理無理!!」
「絶対見せねぇ!!」
「なんとかならねぇのかこれ!!」
必死に辺りを探す。
Tシャツでも、ジャージでも、浴衣でも何でもいい。そう、なんでもいいから他に着るもの…
「……ない。」
絶望した。
「完全に逃げ道塞がれてるじゃねぇか……。」
ぷるぷる震えながらパジャマを見つめる。
「……。」
「…………。」
「着ねぇと風邪ひくしなぁ……。」
観念したように肩を落とした。
「……姐さんの莫迦ーーーーー!!!」
脱衣所に、中也の悲痛な叫びが虚しく響き渡った。
ーーーーー
そろり、そろり……
左右を見回しながら、廊下を忍び足で進む。
(あいつに見つかったら面倒だ。絶対バレねぇようにしねぇと……)
薄桃色の裾を両手で摘み上げながら、できるだけ音を立てないよう歩く。
ふわり。
歩くたびに何層にも重なったフリルが揺れる。
(歩きにくっ……!!)
しかも袖も長い。
リボンも多い。
うさぎまで胸元でぷらぷら揺れている。
(なんで寝るだけの服にこんな装飾が必要なんだよ……!)
本人は心底不満そうだが、その姿はどう見ても絵本から飛び出してきたお姫様だった。
もちろん本人だけが気付いていない。
(あと少し……。)
部屋まではあと十歩。
あと十歩で逃げ切れる…そう思った、その時。
「ーー中也。」
ビクッ…中也の肩が跳ねた。
恐る恐る後ろを振り向く。
そこには、
髪を軽く乾かしたばかりらしい太宰が、廊下の壁にもたれながら立っていた。
(う゛わ゛ーーーーーーーーーーーー!!!!)
ぞわりと全身に鳥肌が立ち、その場で発狂したい気持ちを抑えた。
「いや、あのこれはだな、その、姐さんが勝手に…」
「あのね、そんなことわかりきってんの。」
ハァーー…と重いため息をつく太宰。
客観的に見れば、太宰がこの姿の中也をみて呆れているかのようにも見えるだろう。しかし、前世、長年の付き合いである中也からしてみれば、太宰の考えることなど赤子の手を捻るよりも容易に分かってしまうのだ。
(これは……絶対襲われるやつだ!!!)
急いで自室に戻らなければ犯される‼︎という生存本能が働いた。
踵を返し、数歩前にある自室のドアノブに手をかけようとする…が、
「僕がその格好の中也を逃すわけない…よね?」
ドアに向かって壁ドンし、中也の逃げ場は無くなった。
(誰だよ引き戸に設計したやつ〜!!!)
もちろんそれは中也にとって誰よりも敬愛すべき森であるが、そんなこと考える余裕は中也にはなかった。
「流石紅葉の姐さん…上品さと可愛さのバランスが素晴らしい。大方,鏡花ちゃんとのお揃いってところかな?中也はこういうの自分からは着ないから、きっと脱衣所で葛藤しながらも着たんだね。」
中也は顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。
「……うるせぇ。」
「でも。」
太宰は一歩近付く。
「その……。」
口を開く。
「すごく、似合っ――」
そこで止まった。
「「……。」」
沈黙。
太宰が口を閉じる。
(あれ。)
自分でも驚くほど、続きが出てこない。
(なんでだ。)
頭の中には言葉が溢れている。
可愛い・世界一可愛い・似合ってる・天使・お姫様・抱き締めたい…全部、本当だ。
なのに、
(……言えない。)
胸の奥がむず痒い。耳まで熱くなる。
(何やってるんだ、僕。)
中也を失ってから、百年生きて、人前で「愛してる」だって言えるようになった。「好き」だって何度でも口にできる。
中也を失ってから決めたのだ。
“もう、本心を隠すのはやめよう。”
生きているうちに伝えなければ意味がない。
だから今世では、思ったことは素直に言う。
そう決めた。
……決めた、はずだった。
なのに。
「可愛い。」
そのたった一言だけが、喉で引っ掛かった。
前の自分なら。
(”中也かっっっっわよ!!”)
そう心の中では叫びながら、
口から出るのは、
『馬鹿みたい。』
『似合ってないね。』
『変な格好。』
そんな天邪鬼な言葉ばかりだった。
本当は誰より好きだったのに。
本当は誰より綺麗だと思っていたのに。
一度だって、真正面から褒められなかった。
そしたら、そのまま中也は死んだ。
(……もう、後悔したくない。)
だから今世は違う。違うはずなのに。
「「…………。」」
沈黙が走る中、先にフッと息を吐いたのは中也だった。
そして、中也は太宰の襟を掴んだかと思えば自分の顔の前に引き、額にキスをした。
「#&&_&#/#&@ac&/d&?!?!?!」
状況を整理できない太宰の口から謎の呪文のような声が聞こえる。
「何年手前の相棒をしてきたと思ってる?太宰の考えることなんざ手に取るようにわかるわ!」
そう言って太宰の前髪を耳にかける。そしてこれで男前になったな…と呟くのだ。
「あの天邪鬼がここまで治ってることに驚きだよ。まぁ、素直にもっと言えたら、明日は頬にしてやってもいいぜ?おやすみのキス」
「ちゅ、中也…こんなこといつ覚えたんだい?」
「さあ?可愛いプリンセスからのお告げだな。」
(エリス嬢か…)
確かに帰る前に中也に耳打ちしていた…と記憶を辿る。
(中也が自分からこういうスキンシップをするなんて、前世なら考えられなかったな)
ここで唇にキスしなかったのは、流石にまだ恥ずかしさがあるからというのも、太宰には分かった。
太宰は困ったように笑って呟いた。
「困ったな…。そんな顔でそんなこと言われたら、惚れ直してしまうじゃないか…」
「当たり前だろ?」
そう言って微笑む中也の顔が、何故だかにくたらしく感じる。
(中也のくせに、中也のくせに…)
僕にだって人を素直に褒めるくらいできるし…と頭の中で付け足す。
「何笑ってるのさ。」
「わりぃ、なんか可愛くってよ…」
「むぅ、可愛いのは、中也でしょ?」
「?」
(ほら、いつも君はそうだ。無防備で可愛いことの自覚がない)
「いいよ、僕だって成長したからね。素直に褒めることぐらい朝飯前だよ。」
「ほう?じゃあやってみろよ、やれるもんなら。」
挑発するように腕を組む中也。そのくせ、耳だけは少し赤い。
(……絶対照れてる。)
太宰は心の中で苦笑した。
「いいよ。」
一歩。また一歩…ゆっくり距離を詰める。
中也は逃げない。
逃げる必要がないと思っているのだろう。
「なんだよ。」
「動かないで。」
「は?」
そっと、太宰の手が中也の頬へ伸びる。
ふわり、と濡れた髪を耳へ掛けた。
「…………。」
中也は一瞬だけ肩を震わせる。
「ちゃんと見せて。」
「……。」
少しだけ視線を逸らそうとした中也の顎へ指を添え、ゆっくりこちらへ向ける。
青い瞳が真っ直ぐぶつかった。
(綺麗だ。)
その一言だけが頭いっぱいに広がる。
前世から何度も見てきた瞳。
けれど今は、長い睫毛も、少し赤くなった頬も、濡れた髪も…
全部が、どうしようもなく愛しかった。
「…………。」
中也は不思議そうに首を傾げる。
「……おい太宰?」
また止まっている。
「おーい。」
ひらひらと目の前で手を振る中也。
「また処理落ちしてんのか?」
「違う。」
ぽつり。
「言葉を選んでる。」
「?」
太宰は小さく笑った。
「前の僕ならね。”似合わない”って言ってた。”変な格好”って。”笑える”って…でも、全部、全部が嘘だった。」
静かな声だった。中也も笑わない。ただ黙って聞いている。
「本当は、世界で一番可愛いって思ってた。」
「…………。」
「本当は、誰にも見せたくないくらい綺麗だった。」
「…………。」
「本当は、見るたび胸が苦しくなるくらい愛してた。でも一回も言えなかった。」
廊下が静まり返る。
太宰は小さく息を吐いた。
「だから今言う。」
その声は震えていた。
照れでも、冗談でもない。
百年分の後悔が滲んでいた。
「中也。」
名前を呼ぶ。
「その服、本当に似合ってる。可愛い。綺麗。上品で……世界で一番。君以上に似合う人間なんてこの世にいないだろうねだから。」
少しだけ困ったように笑う。
「だから、誰にも見せたくない。僕だけが見ていたい。……そのくらい可愛い。」
「…………。」
沈黙。
「…………。」
中也は瞬きすら忘れていた。
耳が、首が、頬が、一気に真っ赤になる。
「「…………。」」
十数秒ほど、完全に停止していた。
「……中也?」
返事がない。
「え。」
恐る恐る顔を覗き込む。
「……。」
プシュウウウ……
そんな音が聞こえてきそうなくらい湯気を出しながら固まっている。
そして。
「ばっ……」
中也は両手で顔を覆い、
「…ば,ばーか」
弱々しい声が響く。
(コレはいける…‼︎)
サラッ…と中也の髪を一房手に取る。それに反応したのか,中也の肩がビクリと跳ね上がる。
「このリボンも、自分で結んだんだね。後で脱がすのが楽しみだ。」
「はっ⁈手前‼︎なっ、何言いやがる‼︎」
(涙目で訴えられても逆効果なんだよね)
「んー?それぐらい分かるでしょ?じゃ、私の部屋行こうか。」
「や、やめようぜ?明日はほら、学校だし…」
(コイツ本気だ…ヤベェ、これはヤベェ…)
目がまさに獣である。
「お風呂の続き、しよ?」
「……っ‼︎」
頬を撫でる手は随分といやらしい。
中也の表情からは、だんだんと余裕も消えていき、ついに…
「その、俺、は、初めてだから、優しくしなかったら殺すからな…。」
そう言って太宰の胸にコツンと額をぶつける。
「仰せのままに、僕の中也。」
耳元でこっそりと囁いた。
#片想い
あるも
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ムム☆
2,791
#キャラ崩壊、口調迷子注意
コメント
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うわあ、このエピソード、めちゃくちゃ胸熱でした…!双黒塔でついに二人暮らしが始まるって、もうそれだけで感慨深いのに、エリスちゃんの耳打ちとか紅葉姐さんのパジャマ攻撃とか、細かい仕掛けが全部効いてて最高でした。特に太宰が中也を褒めようとして言葉に詰まるシーン、前世の後悔がちゃんと今に生きてるんだなって感じられて、じんときました。中也の「初めてだから優しくしなかったら♡♡♡」も、照れ隠しなんだろうなって思うとニヤニヤが止まらない…!続きがすごく気になります!