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俺が捕らえられて、どれほどの時間が過ぎただろうか。腹の減り具合からして、少なくとも数時間は経っているはずだ。
その間に何度かウルフを説得しようとしたが、結果はすべて徒労に終わった。
ただ、一つだけ収穫があった。会話の中で、ウルフたちがキツネを襲う理由を知ることができたのだ。
どうやら「炭鉱に近づく者はすべて排除せよ」という命令に従っているだけらしい。つまり、この辺りをうろつかない限り、彼らから襲いかかってくることはない。
キツネたちを目の敵にしているわけではなかったのだ。
しばらくすると、こちらに近づいて来る複数の足音。牢の前へと現れたのは、盗賊のボスであるボルグと、もう一人の見知った男。
「こいつなんだが……。どうだ?」
「ああ。コイツで間違いない」
聞いたことのある声。薄暗い牢の中、目を凝らしてその男の顔を覗き見ると、俺は目を疑った。
村の冒険者であるブルータスが、そこに立っていたのだ。
「ブルータス! 助けに来てくれたのか!?」
「はあ? そんな訳ないだろ。ここは俺の住処だぞ?」
理解が追い付かず、一瞬の間が空く。
村の冒険者の代表として交渉にきてくれたのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。
突きつけられた現実は残酷だった。彼の立ち位置は冒険者ではなく、盗賊の一味だったのだ。
思わず握った拳が震えた。冒険者の仮面の下に潜んでいた裏切りの顔――その冷笑が、何よりも鮮烈に焼きついた。
「……盗賊の……仲間……なのか?」
「そうだよ。残念だったな」
「じゃあ、なんで冒険者なんて……」
「これから襲撃する村の調査に決まってんだろ? 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすってな。ちいせえ村だが油断はしねえ。それが長く盗賊をやるコツだぜ? ギャハハハ……」
状況を理解し、血の気が引く。確認できただけでも二十人。そんな盗賊たちにウルフまでも加われば、村のギルドでどうにか出来るレベルではない。
しかし、ミアとカガリがギルドに報告に行っているはず。明日まで待てば、街のギルドから応援が来る……。
「お頭。こいつの仲間が村のギルドに報告に来た。ベルモントのギルドには偽の依頼を出してるからすぐに討伐隊は来ねえと思うが、このアジトは捨てた方がいい」
「チッ、クソが! ここは中々居心地が良かったんだが……。まあしょうがねえ。ギルドからの襲撃はどれくらいだ?」
「そうだな……。依頼は空振り。帰還してから準備しても、まあ三日はかかるだろう。その間にアジトを移して村を襲撃すりゃ、ギリギリいけんじゃねーか?」
「三日だと!?」
あまりの衝撃に声が出る。
「なんだ? 意外か? お前がそれを知ったところでどうしようもねえだろ。ここから一生出れねえんだからな」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるブルータス。
このままでは村が盗賊の手に落ちてしまうのも時間の問題。どうにかしたい気持ちはあるものの、出来ることと言えば指をくわえて見ていることくらいだ。
「待ってくれ、なぜ村を襲うんだ!」
ボルグはその言葉に驚きを隠せないといった表情を浮かべていた。そして俺を鼻で笑ったのだ。
「盗賊が村を襲うのに理由がいるのか? まあ、強いて言うならカネと女だろ? なあブルータス?」
「ああ。ギルドのソフィアはいい女だ。ド田舎ギルドにゃもったいねえ。子供も奴隷商に売ればいい金になる」
ゲヒャゲヒャと下品に笑うブルータスとボルグを見て、何も出来ない自分が歯がゆかった。
俺にはそれを睨みつけることしか出来ないのかと、無力感に打ちひしがれる。
「じゃあな、新人。恨むなら冒険者になった自分を恨むんだな……」
ボルグがウルフに声を掛けると、二人は元来た道へと戻って行く。
机の上で寝ていたウルフは少し間を置き立ち上がると、それに追従するかのように歩き出す。
そして俺の前を通り過ぎる瞬間、何かを目の前に吐き出した。それは牢の鍵の束。鈍い金属音が僅かに響き、ウルフはそのまま去って行った。
それから三十分ほど経っただろうか……。遠くから微かに聞こえていた盗賊達の声は聞こえなくなり、辺りは耳鳴りがするほどの無音の空間。
「そろそろか……」
ウルフが置いていってくれた鍵を後ろ手に握り、鉄格子に背中を押しつけながら錠前を探る。
カチリと音を立てて外れた瞬間、錆びついた金属が擦れるような「ギィィィ」という軋みが、静まり返ったダンジョンに響き渡るも、人の気配はない。
盗賊たちが屯していたホールも、篝火の炎だけが揺れているばかりでもぬけの殻。
その炎で手を縛る縄を焼き切ろうかと考えたが、背丈が高すぎて後ろ手では届かない。倒してしまえばと思案するも、大きな音が出てしまうことを懸念し諦める。
他に手立てはないかと周囲を物色していると、篝火の光に照らされて何かがそれを反射していた。
そこに落ちていたのは、冒険者プレート。一部が鋭く欠けているのは、担当職員がミアであることの証。
俺はそれを手に取ると、プレートの欠けている部分を、試しにロープへと擦りつけた。
――いけそうだ……。
そう確信すると、プレートを何度も往復させ、ロープの繊維を一本ずつ切っていく。
気の遠くなる作業ではあるが、繊維の切れる音が次第に勢いを増すと、最後はブチブチと大きな音を立て、ついには両手が解放された。
手首に残るロープの跡が変色していて痛々しいが、流血までには至っていない。
ヒリヒリとした痛みを擦って誤魔化し、俺はそのまま地上を目指して歩き出す。
ダンジョンを抜け、炭鉱跡地に出たところで、不意に花火のような爆発音が響き、足元がかすかに揺れ動く。
胸騒ぎに急かされ、出口へと走る。だが目にしたのは外の光ではなく、大量の土砂と、視界を奪うほどの濃い土煙だった。
「そんな……」
隠蔽か、もしくは時間稼ぎか。大声で助けを呼べばとも考えたが、恐らくは無駄。
ミアがギルドに報告しているということは、村人はここに盗賊の一団がいると知っているはず。
わざわざ危険を冒してまで近寄る人はいないだろう。
「あれ? もしかして結構ヤバい?」
自分の置かれた状況を理解し、不安が募る。とはいえ、ただ待っていても事態は好転しない。
ここが炭鉱であったのなら、どこかにスコップやツルハシがあるかもしれない。
――そして炭鉱を彷徨うこと数時間。
残念ながら役に立ちそうなものは何もなく、あったのは何かの骨と無数の石ころだけだった。
僅かな希望も打ち砕かれ、膝から崩れ落ちる。どうにもならない焦燥感と諦めから来る脱力感。
ミアに教えて貰ったスキルを思い出し、落ちていた骨片を出口に溜まっていた土砂に投げつけるも、カーンという甲高い音が響いただけで、それは何事もなかったかのように地面へと転がった。
「……ちゃん……? お兄ちゃん……」
その時だ。微かにミアの声が聞こえた。
ついに幻聴まで聞こえてくるようになったのかと苦笑いを浮かべたのも束の間、それは先程よりもハッキリと聞こえたのだ。
「お兄ちゃん! そこにいるの!? お兄ちゃん!」
ハッとして顔を上げた。そして、腹の底から声を出し叫んだ。
「ミア! 俺だ! ここにいるぞッ」