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ミアは絶望した。急ぎ炭鉱跡へと戻ると、その出入口が大量の土砂に埋め尽くされてしまっていたのだ。
考えるよりも先に手が動いていた。必死にそれを掘り進めようとするも、焼け石に水。
そんなミアの首根っこを咥え、土砂の山から引き離したのはカガリ。
「カガリ？」
無駄だとでも言いたいのだろう。ミアだってわかっていた。道具もなく、その小さな体で全ての土砂を取り除くことなど不可能。
だが、それは違った。カガリは気付いていたのだ。炭鉱内にいる何者かの気配に。
そして、微かに響いた乾いた音が、ミアの耳にも届いた。
「お兄ちゃん！？」
「ミア！ そこにいるのか！？」
「――ッ！ お兄ちゃん！ いるよ！ 聞こえる！ ……よかった……」
土砂の隙間から僅かに漏れる九条の声。ミアは九条が無事であったことに安堵し、頬には一筋の涙が零れ落ちる。
「ミア！ 俺はここから出れそうにない。そんなことより逃げてくれ！ 盗賊達は村を襲うつもりだ！ ブルータスは盗賊の仲間だったんだ！」
「ブルータスさんが……。そんな……」
ミアの血の気が一気に引いた。ソフィアに盗賊のアジトを報告した時、隣にはブルータスがいたのだ。話を聞かれていたのである。
（大人しくブルータスさんの報告が終わるのを待っていれば……。私の所為だ……）
「ミア！ 俺は大丈夫だ！ 騒動が収まったら助けてくれればいい。ミアは今の話を皆に！ 襲撃前に逃げてくれ！ ミアだけが頼りなんだ！」
ミアはハッとした。今は自分に出来る事をやらなければと気を引き締めた。後悔をしても、何も始まらないのだ。
ミアはこの五年間、天使様の言葉だけを頼りに生きてきた。
孤児であった時から幾度となく挫けそうになりながらも、それが自分に与えられた試練なのだと必死に耐えてきたのだ。
そして今はそれを信じてよかったと、心からそう思っていた。
（今のこの幸せを無駄にしない為にも……。お兄ちゃんを失わない為にも！）
ミアは大きく深呼吸をして、気持ちを切り替える。
「私はどうすればいい？ お兄ちゃん」
「盗賊の規模は二十人前後、賞金首のボルグがいるはずだ！ 何かわからないがウルフ達を操る力を持っている！ ギルドの救援は多分間に合わない。何か裏で手を回しているみたいだ」
「わかった。ありがとう、お兄ちゃん。必ず助けるから待ってて！」
「カガリ！ そこにいるな！？ 身勝手な頼みで申し訳ないが、できればミアを守ってやってくれ」
「心得た、主様」
「行こう、カガリ！」
ミアは決意を新たにカガリに跨ると、村へと向けて走り出した。
とはいえ、ミアの疲労も相当なもの。それを表には出すまいとしているのも、カガリには伝わっていた。
カガリの毛を掴むミアの力は、限りなく弱い。故に出来るだけ揺らすまいと森の中を走るのをやめ、街道から村へと向かうルートを取った。
その途中、ブルータスと出会ってしまったのである。
「ブルータスさん……」
ブルータスが振り返ると、魔獣となったカガリとそれに跨るミアに目を見張る。
「うお、なんだこのデケェキツネ……と思ったらミアちゃんか……。脅かさないでくれよ」
「カガリ、降ろして」
ミアがカガリから降りると、ブルータスは笑顔を作り手を伸ばす。
「ミアちゃん。この辺は盗賊が出るって言ってたじゃないか。危ないから一緒に村へ帰ろう」
「ブルータスさん……。なんで盗賊なんかに……」
白々しく話しかけてくるブルータスに、ミアは恐怖を覚えると同時に落胆する。
「盗賊？ 俺が？ そんなわけないじゃないか。村の専属冒険者として仕事をしてるのを毎日見てるだろ？ 何を根拠に……」
会話をしながらも、少しずつ近づいてくるブルータス。
ミアはそれに合わせて距離を取ろうと試みるも、ブルータスの方が歩幅は大きい。
「お兄ちゃんが言ってた」
ブルータスはそんな馬鹿な、とでも言いたげな様子で肩を竦める。
「おいおい。確かにミアちゃんはアイツの担当だが、俺の方が村専属としては長いだろう？ なのにミアちゃんはアイツを信じるのかい？」
「……」
ミアの中ではどちらを信じるかなど、とうに決まっていた。
確かにブルータスは九条よりも先輩だが、それもたった数週間。愛想も悪いし仕事も遅く、評価は最低。
それを信じろとは、|烏滸《おこ》がましいにもほどがある。
「わかったよミアちゃん。じゃあその話は、支部長のソフィアさんに判断してもらおう」
「……わかっ――ッ！？」
ミアがそう返答した瞬間だった。ブルータスは一気に距離を詰め、背負っていた片手斧をミアめがけて振りかぶったのだ。
綺麗な弧を描いたその軌跡は、ミアの左腕を切り落とすのには必要十分な速度と威力を誇っていたが、それをただ見ているカガリではなかった。
踏み込んだ後ろ足は、街道の石畳に亀裂が入るほどの脚力。鋭い牙で斧を受け止め、それをブルータスからもぎ取ると、空中へと放り投げる。
気が付くとブルータスは地面に倒されていて、カガリの前足がその胸を押さえ込んでいたのだ。
一瞬の出来事だった。ミアはその勢いに圧倒され尻もちをつき、宙を舞った片手斧は地面にザクリと突き刺さる。
「クソ！ なんだこいつ！ なんで動ける！？ |獣使い《ビーストテイマー》は、命令なしじゃ従魔に言うことを聞かせられねえはずだろ！」
ひっくり返った亀のように、手足をばたばたとさせ藻掻くブルータス。魔獣の力に人間が敵うはずもない。
カガリはスキルに縛られた獣とは違うのだ。
ブルータスがいきなり距離を詰めてきたのには驚いたが、ミアは怒りと呆れからか、苦虫を噛み潰したような表情でブルータスを見下ろしていた。
「へへっ……そうだよ。俺は盗賊だ。明日の夜、村を襲撃する手筈だった。けど、今俺を見逃せば、襲撃をやめてやるよ。村にも今後一切顔を出さないと誓う。だからこいつをどうにかしてくれ」
「えっ……」
ミアはその言葉に心が揺らいだ。ブルータスの言う事が本当だとしたら、盗賊は逃げてしまうが村は助かる。そして九条も……。
その思考を遮ったのはカガリであった。カガリはミアの顔に、モフモフの尻尾を押し付けたのである。
「ふごっ……。ちょ……ちょっとカガリ……もごもご……」
ブルータスは嘘をついている。カガリにはそれがわかっていた。
相手の声色から、僅かな動揺さえも感じ取ることが出来る。獣だからこそ、人にはわからない微妙な感情の変化を正確に捉える能力に長けていた。
ブルータスの口からは、虚言という悪意をはっきりと認識できていたのだ。
「ヒッ……」
聞こえた悲鳴は一瞬。同時にゴリっという鈍い音が辺りに鳴り響いた。
なんの音なのかを確認しようにも、ミアの前にはカガリの尻尾。
「ぷはあ」
カガリが尻尾をミアから離すと、そこにいたはずのブルータスは消え、代わりに少量の血が地面を濡らしていた。
カガリの前足が紅く染まり、鋭爪から滴り落ちる。それを見て、ミアは何が起こったのかを理解した。
（迷うべきじゃなかった……。お兄ちゃんを信じると決めていたのに……）
ミアはブルータスの声に耳を傾けてしまった自分を恥じ、カガリの首筋を優しく撫でると、カガリもまたミアに頬を寄せた。
「ありがとうカガリ……。ごめんね……。後で足、洗ってあげるから……」
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