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【 第5話 】
「 考えるほど、誤魔化せなくなる 」
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あのあと、現場の空気は変わらなかった。
変わっていないように見えるだけで、
正確には “ 変えないようにしている ” だけだった。
秀哉も政裕も、仕事は普通にこなしている。
ただ、それだけだった。
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次の撮影は、屋外ロケだった。
自然光の中でのCM撮影。
距離が近いカットが多い。
スタッフの説明を聞きながら、秀哉は少しだけ嫌な予感がしていた。
今日、長くなるかもしれない …
理由は分からないのに、そう思った。
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現場に着くと、政裕はもうそこにいた。
いつも通りの準備。
いつも通りの距離。
でも秀哉には、それが少しだけ違って見えた。
“ 普通を続けるのに慣れていない人 ” みたいだった。
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メイクが始まる。
「 …お願いします 。」
その一言で、また距離ができる。
政裕の手は正確だった。
でも今日は、ほんの少しだけ慎重だった。
触れる回数が減っているわけじゃない。
ただ、 “ 意識している時間 ” が増えている。
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秀哉は気づいてしまう。
あの日から、この人ずっと考えてるって …
言葉にしなかったことを。
言葉にされてしまったことを。
その両方を。
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撮影が始まる。
外の光は強い。
影も濃い。
その中で自分1人が並ぶ。
カメラの前では、いつも通りの表情を作る。
でも距離だけが、少しずつ変わっていく。
近い。
でも “ 自然な距離 ” じゃない。
意識された距離。
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カットの合間。
スタッフが動き回る中、ほんの一瞬だけ二人が残る。
誰も見ていない時間。
政裕が小さく口を開く。
「 ……昨日の話 」
秀哉は一瞬だけ止まる。
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「 忘れろって言ったら、どうしますか 」
政裕の声は低かった。
仕事の声じゃない。
でも、感情の声でもない。
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秀哉はすぐに答えられなかった。
忘れろって言うの、ずるい 、
そう思った。
でも、それを言葉にする前に、別の言葉が出る。
「 無理です 」
短くて、はっきりしていた。
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政裕の目が一瞬だけ揺れる。
でも、それだけだった。
すぐにいつもの表情に戻る。
戻そうとしているのが分かる。
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「 ……そうですか 」
それだけ。
終わらせる言葉。
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撮影が再開される。
でもそのあと、少しだけ違った。
政裕の距離が、ほんの少し近い。
気のせいかもしれない。
でも秀哉には分かる。
“ 無意識に近づいてしまったあとに戻しきれていない距離 ” 。
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それが一番危ない。
正しい距離よりも、
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撮影終了後。
夕方の光の中で、スタッフが片付けを始める。
二人は少しだけ離れた場所に立っていた。
でも、その “ 少しだけ ” がもう意味を持ってしまっている。
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政裕は一度だけ秀哉を見る。
何かを言おうとして、やめる。
そのまま視線を外す。
でも今度は、逃げている感じじゃなかった。
選んでいる感じだった。
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秀哉は気づく。
この人、まだ答え出してない …
でももう一つ分かる。
でも、考えることからは逃げてないはず 、
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ドアが閉まる。
夕方の音が戻る。
でも二人の中だけ、まだ少しだけ時間がずれていた。
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その日は、撮影が終わるのが遅かった。
スタジオの外はもう夜に近い色をしていた。
昼間の熱が少しだけ残っていて、空気は重い。
いつも通りの一日。
いつも通りのはずの終わり。
それなのに、秀哉は帰り支度をしながら、ずっと落ち着かなかった。
今日、何かある気がする 、 …
理由は分からない。
でも、あの日からずっと “ 何かが起きる前の感じ ” だけが残っている。
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控室の前。
人の気配が少しずつ消えていく。
スタッフの声も遠のいていく。
残っているのは、もうほとんど二人だけだった。
秀哉がドアに手をかけた、そのとき。
「 ……秀哉 」
呼ばれた。
後ろから。
政裕の声だった。
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振り返ると、そこに政裕が立っていた。
いつもと同じ顔。
いつもと同じ距離。
でも今日は違う。
その“同じ”が、少しだけ遅れている。
秀哉はすぐに返事ができなかった。
「……はい」
ようやく、それだけ。
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少しの沈黙。
政裕は視線を一度だけ落とす。
それから、静かに言った。
「この前の話なんですけど」
秀哉の呼吸が一瞬だけ止まる。
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“ この前 ” 。
それだけで分かってしまう。
事故のことでも、本音のことでもなくて。
全部だ。
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政裕は続ける。
「 忘れろって言ったのは、違いました 」
その一言で、空気が少し変わる。
秀哉は目を離せなかった。
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政裕の声は、いつもより少しだけ低い。
「 忘れられないの、分かってるのに 」
そこで一度止まる。
ほんの少しだけ迷うように …
「 ……戻そうとしてました 」
その言葉は、静かだった。
でも重かった。
自分に向けているみたいだった。
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秀哉はすぐに返せなかった。
何を返せばいいのか分からない。
政裕は続ける。
「 でも、戻せないです 」
その瞬間、初めて視線が合った。
逃げていない目だった。
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「 戻そうとすると、余計に分かるんですよ 」
政裕の声が少しだけ揺れる。
「 戻 したいんじゃなくて 」
一度だけ息を吸う。
「 ……消したいわけでもなくて 」
そこで止まる。
言葉が途切れる。
その沈黙が、今までで一番長かった。
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秀哉はやっと口を開く。
「 じゃあ……何ですか 」
その声は少しだけかすれていた。
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政裕はすぐには答えない。
一歩だけ、近づく。
ほんの少し。
でも、その一歩が今までと違った。
“ 距離を詰めた ” というより、
“ 逃げるのをやめた ” 一歩だった。
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「 ……分からないです 」
政裕はそう言った。
でも、そのあとすぐに続ける。
「 でも、分からないままにしたくないです 」
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秀哉は息を飲む。
その言葉は、踏み込みだった。
初めて政裕の方から出た
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沈黙。
近い。
でも、まだ触れない距離。
それが一番危ない距離だった。
政裕は最後に、静かに言う。
「 秀哉さんが言ったこと、ちゃんと残ってます 」
それだけ。
それ以上は言わない。
でも、それで十分だった。
この人、初めて逃げてない …
でも同時に思う。
だから一番危ない ッ …
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控室の空気は戻らないまま。
二人の間だけ、少し違う温度が残っていた。
・
・
・
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また違う日
その日は、朝から天気が悪かった。
空は重くて、光が安定しない。
外ロケの予定は急遽 、室内に変更された。
スタジオはいつもより少しだけ慌ただしい。
秀哉はその中で、淡々と準備をしていた。
でも、どこか落ち着かない。
今日は、何も起きなきゃいいな ッ …
そんな予感だけが、妙に残っていた。
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控室に入ると、政裕はもうそこにいた。
いつも通りの距離。
いつも通りの姿勢。
でも昨日までと違うのは、
“ 避けていない ” ということだった。
目が、逃げない。
それだけで空気が変わる。
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「 お願いします 」
その一言から始まる。
政裕の手は、いつも通り正確だった。
でも今日は少しだけ違う。
近い。
必要な距離より、ほんの少しだけ近い。
秀哉はすぐに気づいてしまう。
……近いよ 、
でも、それを言葉にできない。
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メイクが進む中で、外の雨が強くなる。
突然、スタジオの照明が一瞬だけ揺れた。
「 ……あ、停電注意かも 」
誰かの声。
その直後だった。
ぱっと、ライトが一部落ちる。
薄暗くなるスタジオ …… 。
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「 秀哉さん、動かないでください 」
政裕の声が少しだけ強くなる。
次の瞬間、手が伸びる。
反射だった。
支えるための動き。
でもタイミングが悪かった。
秀哉がバランスを崩した瞬間と、重なった。
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そのまま、また距離が一気にゼロになる。
今度は事故じゃない。
でも完全に “ 意図 ” でもない。
ただ、支えるための距離。
そしてまた 、政裕の腕が、秀哉の肩を支えていた。
近い。 近すぎる。
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一瞬、動けなかったのは秀哉の方だった。
政裕の手の温度が、はっきりしている。
離れなきゃいけないのに、離れる理由がない。
これ、事故じゃない 、
でも恋でもない …
その間の場所にいる。
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政裕はすぐに離さない。
支えている理由があるから。
でもその数秒が、異常に長い。
「 ……大丈夫ですか 」
声は仕事の声。
でも、目が違った。
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秀哉はやっと小さく頷く。
「 ……はい 」
でも動けない。
動いたら、この距離が終わるから。
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そのとき、スタッフが駆け寄ってくる。
「 すみません!今電源復旧します! 」
その声で、現実に戻る。
政裕の手がゆっくり離れる。
距離が戻る。
たった数十センチ。
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でも、今のは消せない。
事故でもない。
意図でもない。
“ 必要だった距離 ” 。
それが一番やっかいだった。
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撮影は再開される。
何事もなかったように。
でも秀哉はずっと気づいている。
さっき、離れなかったのは自分もだ …
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休憩中。
政裕はいつも通り片付けをしている。
でも一度だけ、手が止まる。
そのあと、何もなかったように続ける。
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秀哉は思う。
理由ができちゃった ッ
触れていい理由。
離れなかった理由。
“ 事故じゃない接触 ” の理由。
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でも同時に気づく。
理由ができた時点で、もう戻れない
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ドアの外は普通の世界なのに、
二人の間だけまだ少しだけ温度が残っていた 。
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・
・
NEXT …
「 認めてしまえば、もう戻れない 」
コメント
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うわあ、第5話もすごかったです…「戻そうとしてました」って政裕さんが自分の気持ちに正直になった瞬間、すごく胸にきた。秀哉くんの「無理です」っていう返しも、あの場面でしか出せない言葉だった。停電のときの接触も、“必要だった距離”って表現がめちゃくちゃ刺さる…。もう戻れないって分かってるのに、まだ答えが出せないもどかしさが切ない。次話のタイトルも気になる…!🩵