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【 第6話 】 秀哉 視点 .
「 認めてしまえば、もう戻れない 」
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朝 。
秀哉は珍しく目覚ましより先に目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光がやけに眩しい。
ぼんやり天井を見上げる。
何か夢を見ていた気がした。
でも思い出せない。
代わりに思い出すのは、昨日のことだった。
政裕の手。
肩に触れた温度。
近すぎた距離。
そして。
“ 理由があったから触れた ”
という事実。
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秀哉は顔を覆う。
「 ……最悪 」
小さく呟く。
全然最悪じゃない。
むしろ逆だ。
だから困る。
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現場に向かう車の中でも落ち着かなかった。
スマホを見る。
閉じる。
また見る。
意味はない。
政裕さんから連絡先を聞いているわけでもない。
それなのに見てしまう。
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スタジオに着く。
いつも通り。
本当にいつも通り。
なのに心臓だけがいつも通りじゃない。
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控室のドアを開ける。
そこに政裕さんがいた。
「 おはようございます 。」
先に言ったのは政裕さんの方だった。
秀哉は少しだけ驚く。
今までなら仕事の挨拶だけだった。
でも今日は違う。
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「 ……おはようございます 」
返事をする。
それだけなのに緊張する。
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メイクが始まる。
また 、
いつも通りの距離。
いつも通りの時間。
だけど。
お互いに知ってしまった。
“ 今まで通りじゃない ”ことを。
19
サラ
2,101
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政裕さんの指先が前髪を整える。
近い。
秀哉は鏡越しに政裕を見る。
その瞬間。
視線が合った。
ほんの一瞬。
すぐ逸れた。
でも。
どちらも気づいていた。
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逃げなかった。
今までなら逸らして終わりだった。
でも今日は違う。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
お互いに見てしまった。
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その日の撮影は長かった。
終わった頃には外は暗くなっていた。
スタッフたちが片付けを始める。
秀哉も荷物をまとめる。
帰ろうとした、その時。
「 秀哉さん ッ 」
呼ばれる。
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振り返る。
政裕さんだった。
少しだけ迷っている顔。
初めて見る顔だった。
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「 この前のこと 」
秀哉の心臓が跳ねる。
静かなスタジオ。
誰もいない。
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政裕は少しだけ目を伏せる。
それからゆっくり言った。
「 やっぱり ……なかったことには、できなかったです 」
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空気が止まる。
秀哉は何も言えない。
言葉が出てこない。
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それでも政裕さんは続ける。
「 戻そうとしたんです 」
「 仕事だからって 」
「 考えないようにもしました 」
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少しだけ笑う。
困ったような笑顔。
「 でも無理でした 」
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秀哉の呼吸が止まる。
それは告白じゃない。
好きとも言っていない。
でも。
今まで聞いたどんな言葉より近かった。
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政裕は最後に小さく言う。
「 だから、ちゃんと考えたいです 」
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その瞬間。
秀哉は初めて思う。
ああ。
もう …
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そして同時に気づく。
逃げられなくなったのは、
たぶん自分も同じだった 。
・
・
・
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政裕さんと別れたあと。
秀哉はしばらく駐車場から動けなかった。
夜風が少し冷たい。
なのに顔だけ熱い。
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「 だから、ちゃんと考えたいです 」
何度も思い出す。
政裕さんの声。
表情。
視線。
全部。
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車に乗り込む。
エンジンをかける。
でも発進できない。
ハンドルに額を預ける。
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「 ……ずるいだろ 」
誰もいない車内。
小さく漏れた声。
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だって。
あんな言い方。
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スマホを見る。
画面は真っ暗。
通知なんて来ていない。
それでも見てしまう。
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ふと笑う。
「 俺、重症じゃん…… 」
自分で言って、自分で黙る。
笑えない。
本当に。
笑えないくらい。
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家に帰っても同じだった。
シャワーを浴びても。
テレビをつけても。
ベッドに寝転んでも。
結局思い出す。
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最初に会った日のこと。
政裕さんのあの手。
あの日の言葉。
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思い返せば。
全部そこから始まっていた。
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“ 綺麗にしてもらった ”
のは顔だけじゃない。
きっと。
もっと前から。
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仕事しかなかった毎日。
ちゃんと食べることも忘れていた日々。
笑う余裕もなかった時間。
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政裕さんは。
何も言わずに。
少しずつそこに入り込んできた。
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秀哉は目を閉じる。
そして。
とうとう認めてしまう。
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静かな部屋。
誰も聞いていない。
なのに。
言葉にした瞬間。
胸が痛いくらい苦しくて。
少しだけ泣きたくなった。
もう、とっくに。
気づいてなかっただけで。
・
・
認めた瞬間。
全部の意味が変わる。
距離も。
視線も。
触れた理由も。
全部。
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そして一番怖いことにも気づく。
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もし。
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もし。
考えた結果。
仕事以上にはなれないと言われたら?
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その想像だけで息が詰まる。
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好きになるって。
こんなに怖かったんだ ッ … 、
・
・
・
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部屋は静かだった。
時計の針だけが進んでいる。
なのに秀哉の頭の中だけが止まらない。
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ベッドの上で寝返りを打つ。
もう何回目か分からない。
目を閉じても。
開いても。
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「 ……やばいな 」
小さく呟く。
誰に聞かせるわけでもない。
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今までだって忙しかった。
仕事で頭がいっぱいの日なんていくらでもあった。
でも。
こんなふうに誰か一人のことだけ考えて眠れなくなったことはない。
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スマホを手に取る。
時刻は午前一時を過ぎていた。
こんな時間まで起きているなんて珍しい。
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ふと。
政裕さんは今何をしているんだろうと思う。
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もう寝ているのか。
仕事の準備をしているのか。
それとも。
自分と同じように起きているのか。
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そこまで考えて。
秀哉は顔を覆った。
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「 だから重症なんだって…… 」
苦笑が漏れる。
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… 会いたい。
その言葉が頭をよぎる。
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会ってどうするんだ。
何を話すんだ。
そんなこと分からない。
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でも。
会いたい。
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好きだと認めてしまった瞬間から、
会いたい理由なんていくらでも増えてしまう。
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次の現場はいつだっただろう。
スケジュールを思い返す。
三日後。
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「 三日か…… 」
思わず声が出る。
長い。 驚くほど長い。
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たった三日。
今までなら気にもならなかった時間。
なのに今は。
その三日が途方もなく遠く感じる。
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秀哉は枕に顔を埋める。
もう本当にどうしようもない。
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怖い。
期待するのが怖い。
傷つくのも怖い。
・
・
・
でも。
それ以上に。
政裕さん自身が自分から逃げなかったことが嬉しかった。
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「 ちゃんと考えたいです 」
その言葉だけが何度も蘇る。
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好きだと言われたわけじゃない。
特別だと言われたわけでもない。
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それでも。
政裕は向き合おうとしてくれた。
その事実だけで、
胸の奥が少しだけ温かくなる。
・
・
・
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そして 、秀哉はゆっくり目を閉じた。
眠気はまだ来ない。
けれど。
さっきまでの苦しさとは少し違う。
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好きだ。
認めてしまった。
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それでも。
少しだけ。
本当に少しだけ。
未来を期待している自分がいた。
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そして秀哉は知らない。
同じ夜。
同じように眠れずにいる人がいることを。
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政裕もまた。
部屋の明かりを消せないまま、
秀哉のことを考えていたことを _ 。
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・
・
NEXT …
「 会わない時間の方が、長いはずなのに 」
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コメント
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ああ、もう……タイトル回収が胸に刺さりました。「認めてしまえば、もう戻れない」──秀哉くんが自分で口にした「好きなんだ」の一言で、それまでの距離も視線も全部意味が変わった瞬間の描写が本当に繊細で。特に「会いたい理由なんていくらでも増えてしまう」とか、恋の渦中にいる人の思考のループが生々しい……。そしてラストの、同じ夜に政裕さんも眠れていないという示唆が、続きへの期待を爆上げします。お互い逃げなかった、その選択が尊い。