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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
ホワイトデー
2月15日。結城に呼び止められて小さな箱を手渡された。1日遅れのバレンタインだと言っていた。14日は校内でのチョコの受け渡しは禁止されていたからと、わざわざ翌日用に準備してくれたらしい。以前、チョコレートは甘いからあまり好きじゃないと何気なく言ったのを覚えていたようで、箱の中身はビターチョコのマフィンケーキだった。言った本人も忘れているような話の内容を覚えていてくれたことを、俺は素直に嬉しいと感じた。
「狼谷。ちょっと相談があるんだけど」
3月。ホワイトデーまであと5日。竜一が小声で隼に話し掛ける。
「どうした?」
「ホワイトデーのお返しって、何が喜ばれるのかなって。おばあさんと結城さんからバレンタインにもらったから、お返ししなきゃと思っててさ」
「俺に聞いて的確な答えが返ってくると思ってんのか?」
「えっと…、うーん……。そうだよな」
竜一が困ったように笑う。
「狼谷も結城さんからもらったんだろ?兎田さんと狼谷には明日渡すんだって14日に言ってたから」
「あ?…ああ、もらった」
「もうお返し決めた?」
「いや、まだだ」
「それじゃ、一緒に選びに行かないか?」
「ああ、そうだな」
1人で迷い悩むより2人で買いに行ったほうが被らないしいいものが見つかるかもしれない。
隼は竜一と次の日曜日にホワイトデーのお返しの品を買いに行く約束をして、次の授業の準備に取り掛かった。
竜一との買い物の日。弟を連れてくると120%うろちょろされるし駄々を捏ねられるので今日は鷹は家でお留守番だ。案の定、自分も連れて行けとゴネて挙げ句の果てには噛みつかれ、頬にくっきりと歯形が残ってしまったが、まあいい。当然殴って置いてきた。
「狼谷、お待たせ」
「おう。虎太郎は留守番か?」
「うん。今日はちょっと我慢してもらった。ゆっくりお返し選びたいし。……って、その顔どうしたんだよ!?」
「連れてけっつって噛みつかれた。そのうち消えるだろ」
「そ、そっか…」
駄々を捏ねて噛みつくなんてことは虎太郎はしたことがないので、竜一は狼谷兄弟(特に弟)の有り余るエネルギーを想像してたじろぐ。
デパートのイベント特設会場に来た。バレンタインシーズンは赤やピンクの風船が飾られていたが、今は青、白、水色の風船が、それぞれの店舗のブースを彩っている。
「うわあ…、たくさんありすぎて迷っちゃうな」
「何が何だか分からなくなりそうだ」
品数の多さに思わず弱気になりそうだったが、気合を入れてお返しを選びに行く。
「そういえば、狼谷は結城さんから何もらったんだ?俺と虎太郎はクッキーだった。保育ルームのみんなにはココアプリン作ってくれてたけど。兎田さんはチョコタルトもらったって言ってた」
驚いた。それぞれに違うものを用意してくれていたなんて。
「…俺はマフィンだった」
「そうなんだ!みんなに違うの作ってたなんてすごいなあ。手間暇かけてくれた分、こっちも結城さんが喜んでくれるのを選びたいよな」
「そうだな 」
「狼谷先生は何かくれた?お返しもここで買うか?」
「ああ。市販の大袋菓子だった。質より量だと。だからババーには適当にスーパーとかにあるようなのでいい」
それよりも咲茉へのお返しを選ぶのに時間とエネルギーを注ぎたい。
「結城さん、何が好きなんだろう。食べ物の好みの話とか、あんまり聞いたことないなーって」
「確かに。……ああ、けど、抹茶が好き、みたいなことちらっと聞いたことあったな」
「いいこと聞いた!じゃあ、抹茶が使ってあるのにしようかな」
「いいと思う」
咲茉の好きなものが分かったので、竜一も少し選びやすくなった。
「理事長のばーさんには羊羹とかでいいじゃね?入れ歯でも食べやすいだろ」
「狼谷ひどい!おばあさんはまだ全部自分の歯だぞ!」
「そうか。わりい」
思わぬ隼の勘違いに笑ってしまう竜一。
2人でひと通り各店舗のブースを見て回ってから、一旦解散して気になったものをそれぞれ買いに行くことになった。
「……………」
無言で品物を手に取っては陳列された場所に戻す。母からは毎年大袋菓子だったので自分からのお返しもそうしていた。今までは周りの女子からバレンタインチョコをと持ってこられても、(チョコが)好きじゃないと言って受け取らなかった。でも今年は違う。義理チョコや友チョコかもしれないが、想いを寄せた相手が作ってくれたバレンタインデーのプレゼントを初めて受け取った。自分の為に手間暇かけて用意してくれたのだから、こちらも真剣に選びたい。
あれこれ迷って、隼はふと目に止まった商品を手に取り、レジへと向かった。
3月14日。ホワイトデー。女子は朝からそわそわしている。バレンタインデーはチョコのやり取りは禁止されていたが、こっそり渡している生徒がいるのも事実で。そんな彼女たちは今日、チョコを渡した相手からどんなお返しがあるか楽しみにしているようだった。
隼は先日買った咲茉へのお返しを、いつ彼女に会ってもいいようにポケットに忍ばせて登校した。
朝は鷹がどうしてもヒーローの服がいいと泣いて泣いて暴れて手がつけられなくなり、まだ洗濯した後乾いていないヒーローの服をドライヤーで乾かしてやっていたせいで、保育ルームに連れて行くのが登校時間ギリギリになってしまった。兎田曰く、竜一と咲茉は狼谷兄弟と入れ違いで教室に向かったらしい。
昼休み。日直の仕事があったので竜一には先に保育ルームに行ってもらった。提出物を職員室に届けてから、自分も保育ルームに向かう。
高等部の校舎を出て、保育ルームのある棟を進むにつれ、漂ってくる甘い匂いが次第に強くなっていく。
ガラガラ
『あっ、狼谷くん!』
隼の顔を見た咲茉がぱっと笑顔になった。どくん、と心臓が大きく跳ね上がる。
「狼谷、ちょうどいいところに来たな」
竜一も嬉しそうな様子だ。
『兎田さんがアップルパイを作ってきてくれてね。いま焼いてるとこなんだって。狼谷くんも一緒に食べよう!』
「あ、ああ…」
室内に入る。温かい。隼は竜一の隣に腰を下ろし、母が持たせた弁当と、購買で買ってきた総菜パンを広げる。子どもたちも早くアップルパイを食べたいので自分の弁当を急いで頬張っている。
「兎田お前アップルパイとか作んのか。どうした」
「エマちゃんからバレンタインにとびきり美味しいチョコタルトもらったからさ、ホワイトデーのお返しに作ってきたわけよ。でも優しいエマちゃんのことだからみんなで食べようとか言いそうだなーと思って、でっかいの作ってきたわけ」
「パイ生地が生の状態で持ってきて、4限目の授業があってる時間にオーブンに入れてくれたんだって」
『ありがとうございます。さっきオーブン覗いたけど、すっごく美味しそうでした!楽しみ〜!』
「竜ちゃんはエマちゃんにお返しあげたの?」
「あっ、はい。朝ごはん食べた後に渡しました」
「へーえ。何あげたの?」
『可愛いクッキー缶でした!色んな種類のクッキーがいっぱい詰められてて』
「そう。よかったねえ」
ピーッ、ピーッ
『あっ、焼けた!』
咲茉がパタパタと嬉しそうにキッチンのほうへ行く。
オーブンを開ける音と共に、アップルパイのいい香りが一層強く保育ルーム内に満ちていく。
『わあっ、いい匂い!』
子どもたちもキッチンと保育スペースを仕切るベビーゲートのところに集まってくる。
「はやくたべまちょ!」
「おれいちばんでっかいのくうじょ!」
「あっぷーぱいだ!」
「かじゅまもあっぷーぱいたべゆ…」
「う。こたも」
「あーぶ!」
「いやいや、美鳥はまだ食えねえから。赤ちゃん用麦茶飲んでな」
大はしゃぎな子どもたちとそれを宥める兎田の声を背に、咲茉はオーブンから取り出したアップルパイを切り分けるため、包丁を用意する。
「みんな、こっちおいで。待ってる間絵本読もう」
竜一が声を掛け、子どもたちはベビーゲートから離れて絵本のほうへ。
昼食を食べ終えた隼が子どもたちと入れ違いでキッチンに向かう。
「手伝う」
『狼谷くん。ありがとう』
「…?どうした?」
丸いアップルパイに縦に切り込みを入れたところで、咲茉が手を止めて難しい顔をしていたのだ。
『綺麗に10等分する自信がなくて…』
「普通に10等分すればよくね?」
『だって絶対、極端に大きいのと小さいのができちゃうもん』
スマホで丸いものの10等分の切り方とその画像まで検索しておいて、まだ自信がないらしい。眉をハの字に下げてこちらを見る咲茉に、ちょっと笑いそうになる隼。
「貸してみ」
『うん』
咲茉から包丁を受け取り、画像を確認してから迷いなくアップルパイを切り分ける。
『わあ、すごい!お手本みたいに綺麗!』
咲茉が目を輝かせる。
「…べつに。こんなの普通だろ。ほら、皿」
『私こういうの苦手で。ありがとう、狼谷くん!』
「ん」
笑顔で礼を言われ、心臓が大暴れしているのを悟られないように誤魔化す。
鼻歌なんて歌いながら、隼が切り分けたアップルパイをひと切れずつ紙皿に移す咲茉。
「……結城」
『なあに?』
「これ。今のうちに渡しとく」
『えっ』
隼がポケットから取り出した小さな箱を咲茉に手渡した。
「…ホワイトデーだろ、今日。2月にお前からもらったから、お返しだ」
『わあっ、ありがとう!何だろう。いま開けてもいい?』
「ああ」
フォークと、切り分けたアップルパイの乗った紙皿をお盆に乗せてから、隼にもらった箱を丁寧に開ける咲茉。
『わ…!可愛い!』
蓋を開けると、そこには星の形のガラス瓶が鎮座していた。そしてその中に、カラフルな金平糖がぎっしり。
「食べ終わったら何かの入れ物に使えるだろ」
『うん、そうする!狼谷くん、ありがとう』
「…おう」
頬を綺麗なピンク色に染めて笑う咲茉。本当に嬉しそうな笑顔に、隼もつられて微笑んだ。
「……めでたしめでたし。おしまい」
絵本の読み聞かせが終わったようだ。
「あっち持ってくか」
『うん!』
隼がお盆を抱えて、咲茉がベビーゲートを開け、保育スペースに戻る。
焼き立てのアップルパイをみんなで食べる。
『美味しい!』
「よかったよかった」
「うしゃいだにちては、じょうできでしゅね!」
「そりゃどーも」
みんな喜んでいる様子に、兎田も嬉しそうだ。
「ところで、なんでアップルパイなんですか?結城さんがアップルパイ好きとか?」
「いや、円周率とかけて」
「「『円周率??』」」
「ホワイトデーは、”3、1、4” っていう数字から“円周率の日”、“パイの日”ともいわれてるらしくてね。実際に海外でも3月14日にパイを贈る習慣があるんだとか。どう?面白いっしょ?」
兎田がにっ、と笑う。
「語呂合わせでダジャレかよ」
「でも、ユーモアありますよね!」
『全然知らなかったけど、美味しいのには変わりないですよ!』
アップルパイを口に運んで幸せそうな咲茉。周囲に花が飛んでいるのが見えた気がした。
つづく
コメント
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第11話、ほっこりしました!ホワイトデーのお返し選びに真剣になる竜一と隼、それぞれの選んだプレゼントもキャラに合ってて良かったです。特に隼が咲茉の「言った本人も忘れてるような話」を覚えてたエピソード、グッときましたね…。アップルパイの「円周率の日」ネタも面白かったです!みんなで食べる温かい空気が伝わってきました。次も楽しみにしてます!