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ちろりーぬ
164
なーさん。です
200
人間だもの
この日、化学の授業のレポートを書く為、昼休みの保育ルームには行かず、竜一と隼は教室でクラスメートたちと昼食を摂っていた。
「なあなあ鹿島。結城さんとの生活はどうよ?」
嘘川たちが興味津々でたずねてくる。
「どうって…。普通に楽しいけど?」
「家で何してるんだ?」
「みんなでごはん食べて、俺と結城さんが毎日交代で洗い物して、それぞれお風呂入って各自就寝…、みたいな」
「いちゃいちゃラブラブどきどき♡みたいなことないのか?」
「なっ、ないよ!」
顔を赤くして否定する竜一。
「なーんだ。意外と家で一緒にいないんだな。飯の時間くらいか?」
期待していたような話が出てこないので、聞いていたクラスメートはがっかりした様子だ。仮にもしそんな展開になったとしても、わざわざ暴露して恥をかく必要もないのだけれど。
「そうだな。ごはんの時くらい。…あ、課題はよく一緒にやってる」
「お互いの部屋で?」
「いや、ダイニングで。あと、日曜日は時々一緒に料理してる。結城さんひとり暮らしの経験もあって手際がいいんだ」
「ほのぼのかよ!」
「鹿島。ひとり暮らしの経験のある女がみんながみんな料理上手とは限らねえぞ。俺の姉ちゃんなんか毎日出前がコンビニがスーパーの惣菜っつってた」
「そ、そうなんだ……」
聞いてもいない人んちの姉の料理事情を聞かされて、竜一が苦笑いする。
「でも、いいよなあ、一緒に課題とか」
「そもそもあんな美少女と同じ家って…、まずそこから羨ましいわ」
うんうん、と話に加わっていた他のクラスメートも頷く。
「あんな可愛い子と一緒に暮らしてて、鹿島は何ともねえの?」
「恋愛的な意味で好きになったりとか。異性として意識したりしないのか?」
「うーん。確かに結城さんは可愛いと思うし、優しいしすごくいい子だけど、べつにドキドキしたりとかはないかなあ。結城さんももう、虎太郎やおばあさんや犀川さんと同じ、大事な家族って感じ」
「ふーん。そんなもんなのかねえ」
「…………」
口を挟むことこそしなかったものの、他のクラスメートと竜一の会話をその場で一緒に聞いていた隼は、実は少し気になっていた竜一の咲茉への見方を知ることができて内心ほっとしていた。ただ、竜一も初恋はまだだと言っていたので、そのうち咲茉に対して“家族”としてではない感情が彼の中に芽生えたってそれは不思議なことではない。
「ところでさ、ずっと思ってたけど、結城さんって何か弱点とかあんのかな?」
「え、弱点?」
「苦手なこととか」
「苦手……。あ、そういえばダンスは苦手って言ってた。バレンタインコンサートで踊るの憂鬱そうだった」
「ダンスが苦手って……。あんな可愛くはじめてのチュウ踊ってたのにか」
意外だ…、と目を丸くするクラスメートたち。
「ちょうど引っ越しとコンサートの練習期間が重なってて。家でも結構夜遅くまで練習してたらしいよ」
「努力家なんだなあ。狼谷は何か知らねえ?結城さんの苦手なこと」
急に話を振られて、隼は食べていたインスタントのラーメンを啜った勢いでそのまま丸呑みしてしまった。
「げほっ……。お前ら人の苦手なこととか放っとけよ…。そんな気になるんだったら本人に直接聞きゃいいだろが」
「えー、だって恥ずかしいじゃんか」
「可愛すぎて直視できないもんっ」
「もんっ、じゃねえよ気色悪い」
それだけ言うと、隼はまたラーメンを啜り始めた。
「…でも、なんで急に結城さんの弱点とか苦手なこと聞いてきたんだ?」
竜一が問う。それには隼も同じ意見だ。
「いやー、あんな天使みたいに可愛い子だって人間なんだから、弱点の1つや2つや3つあるんだろうとは思うけどさ。可愛い上に優しいしフルートも打楽器もピアノもできて、おまけに歌も上手くてってなると、ほんとにいいところしかないのかなって思っちゃって」
そう言われてみると確かに、咲茉と出会ってもうすぐ1年。彼女が何かに失敗したとか上手くいかなかったとか、周りの反感を買うようなことをしたとか、そんな話を聞いたことがない。
「…だけど、やっぱり結城さんも人間だし、表に出さないようにしてるだけで何かしらあるかもしれないよな」
「まあ、そうだな」
竜一たちの話を聞きながら、そういえば咲茉は丸いものを綺麗に均等に切り分けるのが苦手だと話していたことを思い出した隼だった。
夜中、喉が渇いて目が覚めた竜一。弟を起こさないようそっとベッドを抜け出し、部屋を出てキッチンに向かう。水を飲んで喉が潤ったので自室に戻ろうと廊下を歩いていると……。
ドサッ
「!?」
何かが倒れるような、崩れ落ちるような音が聞こえてきた。音の発生源は咲茉の部屋だ。
バンッ!
「結城さん!」
ノックも忘れて咲茉の部屋に入る。
「……!!」
そこにはベッドの脇に倒れた咲茉の姿。一瞬で竜一の顔から血の気が引く。
「結城さん!結城さん!どうしたの!?」
肩を軽く叩くと、咲茉の身体がぴくりと動いた。
『…んん〜〜……』
眠そうな声を出してむくりと起き上がる。
『あれ?かしまくん…?』
半分寝ぼけたような表情で不思議そうに竜一を見る咲茉。
「ベッドの横に倒れてたんだよ。大丈夫?どこか痛いところはない?」
『…あー……。へいき…』
「よかった……」
ほっとしたと同時に視界がぼやける。堪える間もなく涙が頬を流れていく。
『鹿島くん!?』
今までの眠そうな表情から一変、咲茉が驚いたように目を見開いた。
「…ご、ごめ……。倒れてる結城さん見て、急な病気か何かと思って怖くて……。何もなくてよかった…」
『びっくりさせちゃってごめんね。大丈夫だよ。ただベッドから落っこちただけ。いつものことなの』
サイドテーブルに置いてあったティッシュを数枚取り、竜一の濡れた頬を拭いてやる咲茉。
「ありがとう……。でも“いつものこと”って?」
竜一がたずねると、咲茉が恥ずかしそうに俯く。
『…私、すんごく寝相が悪いの』
「え!?」
思い掛けない言葉に今度は竜一が驚いて目を見開く。
『小さい頃から寝相が悪くて。よくベッドから落っこちちゃうんだ。施設にいた時は二段ベッドで柵があるから平気だったんだけど、柵がないと転げ落ちちゃうの』
「そうだったんだ…」
『落ちても痛くないように、マットも敷いてるから大丈夫だよ』
「あ、ほんとだ」
言われてから気付いた。咲茉が倒れていた場所にはもちもちした手触りの小さめのマットが敷かれていたことに。
「布団にはしないの?」
『あのね、お布団だとどこまでも転がってっちゃうの』
「どこまでも…」
『うん』
「………」
『………』
2人の間に少しの沈黙が流れた。
「…ふふっ……」
竜一が笑い出す。
『ねえ、今想像したでしょ』
「ごめん、つい…」
やめてよー、と咲茉も笑う。
「…でも、安心した。結城さんも人間なんだなって」
『どういうこと?』
「今日、クラスの友達に結城さんの弱点とか苦手なことってあるのかって聞かれてさ。そういえばよく知らないなと思って。結城さん、可愛くて優しくて楽器も歌も料理も上手で。ひょっとすると実は天使だったりするのかなって、正直俺もちょっと思ってたんだ」
『天使だなんて……』
可笑しそうに笑う咲茉。
『苦手なこととか弱点とか、私にだっていっぱいあるよ。人間だもの。理数系の教科は苦手。技術の授業も体育も。寝相も悪いし、朝なかなか起きられないし』
これ見て、と咲茉がスマホの画面を見せてくる。そこには起床時間の1時間前から5分刻みで設定されたアラームたち。
「これ全部鳴るの?」
『うん。自分を信用できないからね』
「そっか」
アラームが鳴っても“あと5分…”を繰り返す咲茉を想像して、竜一はまた笑ってしまう。
完璧じゃなかった。咲茉だってごく普通の女の子だったのだ。今まで自分が知らなかっただけで。
「…なんか、俺、結城さんのこと今までよりもっと好きになったよ」
『ありがと。私も鹿島くんのこと好きだよ』
にっこり笑う咲茉。竜一の胸がふわっと温かくなる。
「結城さんのこと、もっと知りたいな」
『私も鹿島くんのこともっと知りたい。またゆっくりお話しようね』
「うん。…じゃあ、おやすみ」
『おやすみ。びっくりさせちゃってごめんね。心配して来てくれてありがとう』
咲茉がベッドに入ってちゃんと布団を被るのを見届けてから、竜一は自分の部屋へと戻っていった。
つづく
コメント
1件
よかった…。倒れた咲茉さんを見た竜一くんの「怖くて」というひと言に、彼の真っ直ぐな優しさがぎゅっと詰まってるなって思いました。完璧なようでいて寝相が悪いとか、アラームを何個もかけちゃうとか、「人間だもの」って笑う咲茉さんの素の部分が見えたのも素敵でした。ますます好きになったって言う竜一くんの気持ち、すごくわかります🌷