エレノアだよ。シャーリィちゃんから妹のレイミちゃんを助けるように言われてレーテルに来たんだけど、特にやることもなく仕事は終わっちまった。
バラバラの花を探すように言われて、その真意を聞いた時は顔がひきつったよ。
いや、酒に毒を仕込んで纏めて毒殺するなんてえげつない事考えるなぁって思ってさ。見た目は随分と違うけど、姉妹なんだなぁって染々と思ったもんさ。
で、奴等が居る砦を取り囲んでたんだけど、合図が出たからね。手下達を引き連れて正面から乗り込んでみたんだが。
「何ともまあ……」
「分かるぜ、船長。奴等に同情しちまうな」
広間はまさに地獄だったよ。皆血を吐いて倒れてやがる。何人か死に切れなくて苦しんでる奴も居るが、運が悪かったと諦めなとしか言えないよ。そんな地獄のど真ん中でレイミちゃんは刀だっけか?変わった剣の刃に着いた血を、死体の服で拭ってた。
「御苦労様でした、エレノアさん。事は終わりました。例の物は用意してくれましたか?」
「ああ、ちゃんと持ってきてるよ」
石油で満たされたドラム缶を一本持ってきた。まあ、後始末をするためさ。
「彼らは宴会の最中に不注意で火事を起こし、不幸にも全員焼死してしまった」
レイミちゃんが確認するように呟いた。ああ、カバーストーリーってやつかい。
「早速始めな!」
「へいっ!」
手下達が石油を満遍なく撒き始めた。まだ死に切れてない奴も居るけど、止めを刺してやるほど優しくはないんでね。
「それで、内通者は?金は渡せたかい?」
見当たらないから、もう逃がしたのかねぇ。
「そこに居ますよ」
何でもないようにレイミちゃんが指差した先には……あー、なるほど。始末したと。
「一応、理由を聞いて良いかい?」
味方の内通者を始末するのは、あんまり誉められた行為じゃない。裏切っても始末されると知られたら、誰も話に乗らなくなる。
「彼もミルタン元子爵と好き勝手にやっていた人物です。何より、生き証人は必要ありませんから」
「外道だから始末したって事かい」
「契約の内ですからね。エレノアさんの懸念は良く分かりますが、お姉さまの方針です」
つまり、意見するだけ無駄って事か。まあ、シャーリィちゃんの事だ。考えがあるんだろう。
それに、裏切り者の扱いってのは難しいからねぇ。
「船長ぉ!撒き終わりましたぜぇ!」
「此方も終わりだぁ!」
「よぉし!野郎共!トンズラするよ!」
「へーいっ!」
よしよし、さっさと……ん。
「ごほっ!助け……!」
「おやおや、まだ生きてるのが居たのかい?」
死にかけの元貴族様が私の足を掴んできた。往生際が悪い奴だねぇ。
「レイミちゃん、どうする?」
「エレノアさんが汚れてしまうじゃない」
ん、レイミちゃんが持ってるのは……松明か。私は手を振り払って離れた。もちろんこの貴族様にも石油をぶっかけてるんだが。
「エレノアさん、帰りは迅速に。ガズウット男爵を連れ帰るのをお姉さまが待っています」
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!!!!!!!!!!!
」
あらまあ、笑顔のまま松明を貴族様に落としたよ。当然奴は燃え上がるし、周りに引火して火が広がる。草木が張り付いてるからね、派手に燃えるだろうさ。
「エレノアさん、準備は?」
「済ませてあるよ。さっ、行こうか」
私達は燃え上がる砦を出た。レイミちゃんが買った荷馬車にガズウット男爵を放り込んで、後は馬で一気にその場を離れる。
「急げ急げ!遅れた奴は置いていくからね!」
「「「へいっ!!!」」」
さぁて、此処からはスピードが大事だ。さっさと帰らないと面倒なことに成るからね。
レイミ達が乗る荷馬車を中心に海賊衆は馬を駆り、夜のレンゲン公爵領を駆け抜けていた。幸い領内は街道が整備されており、荒れ地を走るよりも素早く移動できた。
彼らは休むこと無く夜道を駆け抜け、数時間後には帝国西部最大の港町ハイネスブルクへと辿り着く。日中は人々で賑わうハイネスブルクも、深夜となっては衛兵以外に人は居らず静粛に包まれていた。
無事にハイネスブルクへ辿り着いたレイミ達は、そのままメインストリートを爆走。一気に港湾区画へと走り抜けた。
「急げ急げ!待っては聞かさないよ!走るんだよ!」
波止場で馬を乗り捨てた彼らは隠していた数隻のボートに分譲して沖を目指す。沖合いにはアークロイヤル号が煙突から煙を吐き出しながら待っていた。
「エレノアさん、日の出までに間に合いますか?」
「ギリギリって所だね」
「もう少し良い荷馬車を買うべきでしたね。思ったよりも遅かった」
オールを漕いでアークロイヤル号に辿り着いた時、夜空はうっすらと明るみを帯びていた。
「リンデマン!」
船に乗り込んだエレノアは、腹心のリンデマンに声をかける。
「遅かったな、船長。準備は出来ている。いつでもいけるぞ?」
「それなら今すぐに出港だ!此処を離れるよ!」
「錨揚げろぉ!野郎共!出港だーっ!」
「「「おうっ!!!」」」
帆が張られ、蒸気機関を全開に回してアークロイヤル号は夜明け前のハイネスブルクを慌ただしく出港した。それを目撃したのは一部の衛兵のみであった。
「船長ぉ!コイツはどうします?」
縛られたガズウット男爵は甲板に転がされていた。
「船倉にでもぶちこんでおきな!」
「エレノアさん、見張りを付けてください。自害などされては困りますから」
「そんな玉には見えないけどねぇ……分かったよ、見張りをつけな!そいつはシャーリィちゃんの獲物だから、丁重にね」
「へいっ!」
ガズウット男爵はまるで荷物のようにそのまま船倉へ運び込まれた。
彼らを見送ったレイミは甲板から海を眺め、側にはエレノアが控えた。
「無事に済んで良かった。エレノアさん達の協力に感謝します」
「構いやしないよ。まあ、毒を使うなんて考えはビックリしたけどね」
「毒殺程度で構いません。戦って華々しい最後、そんなもの彼らには勿体無いので」
アークロイヤル号は全速力で明るくなり始めた海を突き進み、穏やかな潮風が二人の髪を揺らす。
「違いない。今後はハイネスブルクにも立ち寄らないといけないか。忙しくなるよ」
「その当たりはご安心を、エレノアさん達には引き続き帝都とアルカディア航路のみをお任せするつもりです」
「『マルテラ商会』との取引はどうするんだい?陸路かい?」
「それもありますが、その為に新造船の所有権をお渡ししたんですよ」
「……自分達の船を使わせるのかい」
「ついでに石炭は私達が安価で提供します。短期間で船の代金を回収できるでしょうね」
『暁』は『マルテラ商会』にアークロイヤル級二番艦を譲渡したが、その整備や補給は『暁』が行うこととなっている。
蒸気船は最新型故に維持費も高く、船の代金の回収は比較的早期に果たされる見込みである。
「……それ、彼方さんは?」
「契約書には明記されていますよ?衝撃を受けていたみたいで、隅々まで目を通していないかもしれませんが」
しれっと答えるレイミをみて、エレノアは苦笑いを浮かべる。
「うちに損は無しか。タダで貰ったつもりが、維持費やら何やらでうちから買ったみたいなもんか……ははっ、『マルテラ商会』の会長さんが卒倒してる様が目に浮かぶよ」
この姉妹を敵に回してはいけない。改めて心に刻み付けるエレノアであった。
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