テラーノベル
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俺は家に帰ってすぐに台本を開いた。
『一緒に主演は難しいかもね』
その言葉が頭の中に何度も蘇ってくる。せっかく掴んだチャンスなのに、俺の演技力不足で棒に振りたくない。
自分の前に鏡を置いて、ひたすら台本の台詞を繰り返した。
「愛してる」
「俺のものになって」
「あなたを手に入れたい」
そんな甘い言葉をいくら口にしても、湧き上がってくる感覚が俺にはわからなかった。
(全然だめだ…)
お風呂でリラックスした状態で言ってみたり、寝る前のいい雰囲気で言ってみたりした。それでも俺の台詞には感情が乗ることはなかった。
「そっか…!」
何度か繰り返すうちに気付いた。
俺は今まで自分に向けて言っていたんだ。ちゃんと相手に伝わらないと意味がないんだ。鏡の自分に向かって発する言葉じゃ、本当に愛してる感情は伝わらない。
―レトルトさん本人に伝えなきゃ。
その日から俺はレトルトさんを観察していた。もちろん役作りのためだ。どんな動き、仕草、癖なのか見て、俳優としてのレトルトさんに愛を囁かなきゃいけないんだ。
何度か見ているうちにわかったことがたくさんある。
スタッフとの打ち合わせはあまりせず、俺に接するときみたいに必要最低限の会話しかしない。それが彼のオフモードだった。
しかし、撮影が始まると彼はいったん目を閉じる。数秒したあと、雰囲気がガラッと変わって演じる役の顔をする。
…それはまるで“憑依”だ。
共演者A
「あいつのこと、気になってるんじゃねーの?」
レトルト
「仕事の後輩だから世話を焼いてるだけさ、別に気になってるわけじゃないよ」
共演者A
「そんなこと言って…俺知ってるんだぜ?
お前があいつを目で追ってること」
レトルト
「は…?」
レトルトさん演じる会社の上司があからさまに戸惑うシーン。その一瞬の無表情と顔のこわばりをスムーズに演じてみせた。俺との撮影シーンは、まだ俺の演技力不足ということで後回しにされてしまい、代わりにレトルトさんがメインのシーンを先に撮ることになった。シーンの順番も時間設定 もバラバラなのに、この人は本当にすごい。どのシーンでも感情移入をし、それに合わせた役の顔になっていく。
これがプロなんだと思い知らされた。
To Be Continued…
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