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「休憩いれるよー!」
監督の声が現場に響く。
何シーンか撮ったあとにスタッフから飲み物を渡された。なんてことない、ただのペットボトルのお茶。
レトルトさんにも同じものが渡されていた。よほど疲れていたのか、演技が終わってすぐにキャップを開けて喉を鳴らしながら飲んでいた。
それはそうだ。あれだけの演技力、並大抵の集中力では出せないだろう。
ふう、と一息ついて空を仰いでいた。そんな姿も画になるなぁと横顔を眺める。
レトルトさんが立ち上がって移動しようとした、その時だった。
「危ない!!!」
俺は今にも倒れそうになっている目の前の俳優の腕をガシッと掴んで引っ張った。
細身ながらも少しついた筋肉が強ばる感覚と同時にふわっと柑橘系の香りがした。この人の香水だろうか。
「びっくりした…」
カメラのコードに引っ掛かって体勢が崩れたところを俺の目は見逃さなかった。引っ張ったときによろけて、俺はレトルトさんを抱えるようにして後ろに倒れこんだ。
腕の中のレトルトさんはすごく驚いて体を起こしながら俺の顔を見る。 その顔は先ほどまで演じていた俳優レトルトの顔ではなく、普通の、人間としてのレトルトの顔だった。
(うわ…綺麗な顔…)
「ありがと… 」
バツの悪そうな表情で感謝の言葉を絞り出すレトルトさんの顔に見入っていた俺は、監督の心配する声が遥か遠くに聞こえていた。
「ちょっとちょっと!
2人とも大丈夫!?」
俺は駆け寄ってきた監督に困ったように笑いかけ、
「俺は大丈夫ですよ、頑丈なんで」
そう言った。
「レトルトさんも、平気だった?
怪我はない?」
レトルトさんはハッと我に返ったように立ち上がり、服に付いた埃をパンパンと払い落とす。
「ちょっと打ったけど…大丈夫ですよ」
俺から体を背け、手首のあたりをさすっていた。
「でもいまのシーンちょっと攻めっぽくないですか?」
そう言うと、監督は嬉しそうに俺の前に手を差し出す。
「そうね、 その感覚を忘れないで。
あなたは今、レトルトさんの恋人なの 」
「もちろんです。
俺が守らないとですよね!」
俺の腕をぐいっと引っ張って立たせる。満足げなその表情を曇らせたくなくて、俺は一層演技に力を入れようと奮起していた。
そんな俺を視界の端に捕えたレトルトさんは、未だに痛む手首を気にしながら少し遠くの方へ行ってしまった。
…俺はそれが気がかりだった。
To Be Continued…