さっさと歩み進んだイラ、『憤怒(ふんぬ)』の罪の後を付いて行ったコユキは、今、質素な座卓の前で、居心地悪そうに座っていた。
そりゃぁそうだろう、急に荒々しい喋り方を止めたイラが、今も小さなキッチン的なスペースでおっとっと、とか言いながらお茶を準備してくれているのだから……
思わずコユキは口にしてしまった。
「あ、あの、お構い、なく……」
「あー心配させちまったかぁ~、すまねぇな、中々に慣れないもんでなぁ~」
んな、事を照れ臭そうに、温和な表情、いや、本当に温和そうにしながら、コユキの前に湯呑みを置いて、照れ臭そうに笑う、『憤怒のイラ』であった。
随分穏やかになったじゃネェか?
そんな疑問は、私、観察者だけではなかったのであろう、その証拠にコユキが言ったのである。
「ええっと、お邪魔させて頂いてこんな事言うのもなんなんですけど…… 出来れば早めに通して頂きたいんですが……」
答えて、すっかりイメージを一新したイラが、
「ああ、そうか! アンタにしてはそりゃそうだよな? だけど、俺も自分の役目ってヤツをやり遂げなきゃなん無ぇーんだわ! 悪いーなぁ! ちっと付き合ってくれよ!」
「いえいえ、何でも無いですよぉ、ってかさっきまで怒ってる風味だったのに、今はちゃんとした社会人っぽいんですネェ? どして?」
コユキの当然と言えば当然の質問に『憤怒のイラ』は、照れ臭そうに言った。
「ん? んん、ま、まああれだ? キャラ付けって言うのかな? なぁ、分かんねぇかな? ねぇちゃん?」
そう言って、我等が聖女、コユキの瞳を、その茶褐色(ちゃかっしょく)の瞳でジィーっと見つめるイラの真摯(しんし)な視線。
止めれー! 惚れてまうやろがいっ! それがコユキの正直な気持ちであった。
あった、そう、そうであったが!
コユキはギリギリの状態で思い出したのである……
アタシは何故こんな所に?
…… はっ! リエ? リョウコ? 待っててよおぅ! っと。
正気を取り戻したコユキの行動は早かった、兵は俊足を尊(たっと)し、そんな感じであったのである。
「ま、まあ、キャラって勝手に押し付けられちゃうって言うか、そんな感じ? 私も、まあ…… 分かりますよぉ…… 何か聖女? とか言う女共が、無駄に太っていたいそうで、そのせいで勝手に、真実と全く違う、本当に違う、食いしん坊キャラとかを押し付けられちゃったんですよね…… アタシも……」
「そうか…… 今まで思いもしなかったが…… 聖女として、お前も苦しんでいた、そう、いう事なんだな?」
「うぃ、そうですね~! 分かります? 分かってくれるんだったら、チョー嬉しいんだけどね♪」
ふむ、コユキが大食いで苦しんでいた所など、終(つい)ぞお目に掛かった事が無いが?
二人は満足そうにお茶を啜り、まったりとしている。
暫く(しばらく)の時を置いて、コユキが不思議そうに質問した。
「それにしても、文化住宅って言ってたんで、てっきり和洋折衷の古い、あ、歴史あるお宅を想像していたんだけど、普通の家じゃない」
「? いや、ごくごく一般的な文化住宅だろう? 2Kに便所付き、風呂無しだぞ? 典型的だと思うぜ?」
「ええ? 典型的な文化住宅って…… ほら、洋間っていうの、洋風の応接間とかじゃあ無くて?」
「?」
「?」
ままならないものである……
もうお分かりだろうが念の為解説しておこう。
実の所、この二人は全く違う住居タイプの話をしていたのである。
『憤怒のイラ』が話しているのは、関西圏でいう所の『文化住宅』であり、一般的に木造モルタル造で二階建て以下の安価な賃貸住宅を指すものだ。
多くの場合、風呂が無い事が特徴、条件とされる。
対してコユキが言っている『文化住宅』は、大正時代後期に流行った建築様式、伝統的な和風家屋に、コユキが口にした様に、洋風の応接室や書斎、テラスなどを加えた、和洋折衷の建物を指すのである。
現在でも洋風の住宅を建てる際に、畳の部屋を作ったり、離れだけ和風にしたりする事は良くあるが、そういった建築物のハシリだと言えよう。
つまり、イラの方は『初○が住んでる赤い』ヤツで、コユキの方はト○ロの『サ○キ(五月)とメ○(五月)の家』だ。
小さく見えても案外広い、列島の長さが如実に現された事象であった。
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