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白の図書館
丘の上に、誰も足を運ばなくなった古い図書館がある。
昼でも薄暗く、夜には白く浮かび上がるその建物は、街の人々から「白の図書館」と呼ばれていた。
扉を開けるのは、ただひとりの管理人――朔夜。
彼は毎朝、鍵を差し込み、静かに軋む扉を押し開ける。
外の世界から切り離されたその空間には、無数の本が眠っていた。
「今日も……無事だな」
小さく呟き、本棚をなぞるように歩く。彼の仕事は本を守ること。ただそれだけだった。
けれど、この場所は決して朔夜ひとりだけの静寂ではなかった。
一章 日常の灯
「朔夜、もうお茶にしようよ!」
背後から飛びついてきたのは、幼い姿をした精霊だった。
小さな足で床を跳ね、彼の袖をぐいぐい引っ張る。
「まだ片づけが……」
「だめ。倒れちゃうよ」
その声に、朔夜は肩をすくめて微笑む。
「わかった、少しだけな」
精霊の名はつむぎ。
彼女――いや、彼は、形を自在に変えられる不思議な存在だった。
幼子のように無邪気に笑うかと思えば、時には年上のように穏やかに寄り添い、友達のように横に座ることもある。
ただし、その秘密を知るのは朔夜だけだった。
他の精霊たちは気づいていない。つむぎが「最初に生まれた精霊」であり、姿を変えて朔夜の孤独に寄り添っていることを。
二章 秘められた孤独
ふとしたとき、朔夜の目は遠くを見つめていた。
「この仕事は……誰にも知られない」
その呟きは深く沈んでいた。
精霊たちは不安そうに見上げるが、次の言葉はなかった。
彼は笑顔を作り、作業に戻る。
つむぎだけは知っていた。
いや――朔夜自身も、心の奥で理解していた。
つむぎはただの精霊ではない。最初に生まれた光であり、己の孤独そのものを映した存在だと。
だが、それを口にすることはなかった。
他の精霊には告げず、二人だけの秘密として守り続けた。
三章 ひそやかな支え
夜更けにうたた寝した朔夜の肩に毛布をかけるのは、いつもつむぎだった。
昼に彼が頭を抱えると、幼い姿で笑いかけ、重苦しさを解いた。
「大丈夫。ここには僕がいる」
その言葉の真意を、朔夜は誰よりも理解していた。
――つむぎは孤独を癒すために生まれた精霊なのだ。
四章 崩れる時
冬の夜、雪の匂いを孕んだ風が窓を叩く。
朔夜は机に向かい、黙々と本の修復を続けていた。
「もう休んで!」
「……俺は管理人だ。本を守るのが役目だ」
精霊たちは必死に呼びかけたが、彼は首を振るばかり。
次の瞬間、彼の体は音もなく床へ崩れ落ちた。
「朔夜!」
精霊たちは一斉に叫んだ。だがその声は届かない。
五章 白い光
沈黙の中で、図書館の棚から光が溢れ出した。
それは冬の月光のように冷たく澄み、しかし力強い輝きを放っていた。
光の中心に立っていたのは――つむぎ。
その姿はこれまでの幼い姿でも、友の姿でもなく、幻想的な大人の影を思わせた。
精霊たちは息を呑んだ。
「つむぎ……?」
だが朔夜だけは、目を細めて微笑んだ。
「やっと……本当の姿を見せてくれたな」
彼は最初から知っていたのだ。
つむぎが最初の精霊であり、孤独を受け止めるために姿を変えてきた存在であることを。
六章 抱擁
「俺は……ずっと一人だと思っていた」
涙を落とす朔夜に、つむぎは光で包み込む。
「違う。あなたは一人じゃない。私がいる。ずっと」
その言葉は冬の夜をやわらかく照らす月明かりのように広がり、図書館を満たした。
精霊たちは初めて、自分たちの存在の意味を悟る。
孤独の欠片から生まれた彼らは、決して無価値ではなかった。
「僕たちも……一人じゃなかったんだ」
月光の下、朔夜は静かに眠りに落ちた。
つむぎの腕に抱かれながら――。
終章 あとがきのように
それからの日々、図書館は変わらず静かだった。
けれど、その空気には新たな温もりが満ちていた。
精霊たちは笑い合い、朔夜を助けた。
そして彼自身も、孤独を隠さずに語るようになった。
「俺は本を守る。でも、お前たちと過ごす時間も守りたい」
その言葉に、つむぎは微笑んだ。
幼い姿で、友の姿で、幻想のような大人の姿で。
これからはその正体を知るのは、朔夜だけではない 。
しかしつむぎの正体知っても変わることのない日常は続く。
冬の月が窓から差し込み、白い図書館を照らす。
その光の中で、物語は今も静かに紡がれている。