汽笛が鳴り、汽車がゆっくりと動き出す。 冬と春が混在したようなニンルシーラの景色が流れていく様を、リリアンナはどこか寂しい思いで眺めた。
列車が進むにつれて雪を頂いた山々が遠ざかっていき、代わり番に芽吹いたばかりの草原の緑が広がっていく。
やがて午後の陽が傾きはじめたころ、旅の退屈を紛らわすように、リリアンナが口を開いた。
「ねえ、ナディ、荷物の中にトランプがあったわよね?」
「はい、お嬢様が退屈しのぎにとおっしゃられたのでそこに」
ナディエルがリリアンナの革鞄の外側にある小さなポケットを指差す。
リリアンナがお目当ての品を鞄から取り出しながら
「ね、ナディ、ランディたちを呼んでくるからみんなでカードをしましょう?」
そう誘いかけたら、ナディエルが困ったように瞳を泳がせた。
「あ、あの……私は……」
恐れ多くも城主さまと遊ぶだなんて、ナディエルには出来そうにない。
「ナディ?」
「私はちょっとクラリーチェ先生をお誘いしてビュッフェ車両にお茶を飲みに行こうと思うのですが、よろしいですか?」
ナディエルの問いかけに、リリアンナが「お茶?」とつぶやく。
「あ。なんでしたらお嬢様も一緒に」
ナディエルとしては領主さまと膝を突き合わせるのが不安で思いついただけのこと。
もしもリリアンナが一緒にと言ってくれたなら女性陣三人でティータイムの方が余程気が楽だと思ってしまった。
だが――。
「わ、私はやっぱりランディたちとカードゲームをすることにする。ナディ、クラリーチェ先生によろしく伝えてもらえる?」
「もちろんでございます」
「お茶のあと、もし時間があったら先生も一緒にゲームどうですか? って私が言ってたって付け加えてもらえると嬉しい」
「……え? あ、はい。かしこまりました」
ナディエルは(お嬢様は一体どのくらいの時間ゲームをなさるおつもりかしら?)と不安を覚えつつ、客室を出た。
リリアンナもそんなナディエルと一緒に立ち上がると、
「じゃあね。ナディ。行ってらっしゃい」
ナディエルが隣の車両へ向けて歩いていくのを見送ってから、ランディリックの個室のドアをノックした。
そうして扉が開くなり
「ランディ。……私の部屋で一緒にカードゲームをしない?」
小首を傾げて問いかける。
そんなリリアンナを見下ろして、ランディリックが申し訳なさそうな顔をした。
「手持ち無沙汰なの?」
「ええ、夕飯の時間までまだ時間があるみたいだから……暇つぶしにどうかなぁって。こんなこともあろうかと私、カードを持ってきているの」
言いながらランディリックの身体越しに彼の個室を見遣れば、どうやら彼は仕事中だったらしい。書類の山が小さな机の上に所狭しと置かれていた。
「あの……もしかしてお仕事中?」
「ああ……」
ランディリックは忙しい身の上だ。今回は王都へ出向くのに付き添ってもらっているけれど、そのせいで仕事に皺寄せがいって、無理させてしまっているのかも知れない。
そう思い至ったリリアンナは、「あの……お仕事中ならいいの。――セレン様を誘ってみるわ」と声を落とした。ナディエルもいない今、本当なら三人以上で集まれた方が出来るゲームの幅も広がって嬉しかったのだが、ワガママばかり言っていられない。
「そういえばナディエルは?」
いつもリリアンナの傍へ影のように付き従っている侍女の姿がないことに疑問を抱いたらしいランディリックに、リリアンナは肩をすくめてみせる。
「ナディは……クラリーチェ先生を誘ってビュッフェ車に。だから今、私ひとりなの」
そう答えた途端、ランディリックが眉根を寄せたのが分かった。というより、先程セレンの名を出しからこっち、ランディリックの声音が少し低くなった気さえしてしまう。
(きっと気のせいよね?)
「ならリリーもビュッフェに行けばいいんじゃないかな?」
ランディリックの言葉に、リリアンナは曖昧に微笑んだ。
(私、ティータイムに参加しても、味が分からないの……)
そう告白してしまえば済むことなのに、何年も誰にも打ち明けずひた隠しにしてきた秘密は、そうそう吐露できるものではない。
「お腹……空いてないから」
いま間食をすれば、夕飯が食べられなくなると言外に含めて薄く笑ってみせたら、ランディリックがグッと拳を握ったのが分かった。
「ランディ?」
その様にリリアンナがどうしたのかしら? と思ったと同時、
「ちょうど少し休憩したいと思っていたところだ。僕もリリーと一緒にカードゲームをしようかな」
まるでたった今、気が変わったのだとでも言いたげな調子でランディリックが言い放った。
「いいの?」
「いいも何も……僕の意思だよ?」
そう言い切るランディリックとともに、リリアンナは自分の部屋とは一番離れた先にあるセレンの客室を訪った。
コメント
1件
更新待ってました! ランディ、リリーがセレンと2人きりは嫌だもんねー(笑)