シェルドハーフェン西部に位置する大規模な野営地。そこには『血塗られた戦旗』のほぼ全戦力と新たに募集した人員が次々と集結して賑やかさを増していた。
既に外部勢力まで合わせると八百名を越えており、シェルドハーフェンでもこれほどの戦力を集められる勢力は多くはない。だが、その膨大な戦力を保有しながらも『血塗られた戦旗』は方針について意見が割れていた。
「これだけあれば充分だろう!?」
「いや、まだまだ!千を越えるまで集めたい。分かるか?確実に勝たなきゃいけないんだ!この際金に糸目は付けんよ!」
『血塗られた戦旗』財務担当のガイアが確実な勝利を得るために更なる人員の増加を提言。
資金面の管理を彼に任せている以上、リューガもその意思を無視するわけにはいかなかった。
また昨日のうちに放っていた五組の斥候が纏めて消息を絶ち、『黄昏』についての情報が一切手に入らなくなったことも彼の腰を重くしていた。
「斥候を追加で放ちたいが、何で誰も従わねぇんだ?」
「妙な噂が流れてるよ。斥候に選ばれた連中はリューガの手引きで始末されたってね」
カサンドラの言葉にリューガは耳を疑った。この状況下で味方を粛清するような真似をする筈がないと、少し考えれば分かることに惑わされている人間の多いことに困惑すら覚えた。
「馬鹿な!?俺がそんな真似をするかよ!」
「パーカーの奴も目障りだから始末されたって噂まで流れてるね。部外者はもちろん、うちの連中にもアンタを疑う奴が出てるよ」
「なんだと!?誰がそんな出鱈目を吹き込みやがった!?ぶっ殺してやる!」
「出所は分からないよ。けど、タイミングが良すぎるね。こりゃあ、『暁』の奴等が何かしてると見た方が良さそうだよ」
「出鱈目な嘘をばら蒔いてるだけじゃねぇか」
「だが、アンタがパーカーの馬鹿を鬱陶しく思ってたのは皆知ってる。で、パーカーは死んだ。団員も全員纏めてね。中にはアンタが手を回して魔物のエサにしたなんて話もある」
リューガは苦々しく話を聞く。確かにパーカーは目障りな存在だったが、ここに来て死なせた事実が足を引っ張っていた。
元よりパーカーとリューガの不仲は有名であり、パーカー傭兵団が全滅した段階でリューガによる陰謀だと言う不信感はあった。そこに『暁』の工作員達が火をつけたようなものである。
また、外部から雇ったフリーの傭兵やゴロツキ達は報酬が目当てであり積極的に前に出ようとは思わない。
反対に『エルダス・ファミリー』や『三者連合』の残党達は『暁』に復讐する好機であると判断しつつ、その強さをよく知っているため戦力が集まるのを待つべきと主張。
これらの内情と噂によりリューガは身動きが取れなくなっていた。
「ふざけた話だ。そんな与太話を鵜呑みにしてる奴等が居るのか」
「けど、悪い話じゃない。待てば待つだけ戦力は集まるじゃないか」
「そうなんだがな、何だか嫌な予感がする。今すぐ攻め込むのが正解なのか待つのが良いのか、分からなくなる」
リューガの予感は的中した。さらに追加で四組の傭兵達を何とか見繕って斥候に出したが。
「次の獲物を見付けたわ!信号を!数が多いから応援を呼んで!」
「すぐに来てくれるって!確実に仕留めるわよ!」
三人一組で行動する『猟兵』の監視網に引っ掛かり、直ぐ様迎撃を受けた。
彼女達は相手の数が多い場合は鳥笛を用いたモールス信号や信号弾を活用して仲間を集め、確実に圧倒する体制を整えてから攻撃を開始する。
『ラドン平原』を縦横無尽に駆け回る彼女達は数と地形を最大限に利用したゲリラ戦を展開。
「ぐばっ!?」
「野郎!何処だ!?出て来やがれ!がぁあっ!?」
背の高い草木に身を潜めて奇襲を仕掛けたり、騎乗したまま素早く攻撃を仕掛けて『血塗られた戦旗』が新たに派遣した三組の傭兵達を瞬く間に殲滅して見せた。
だが、四組目はそう上手くいかなかった。
「あのエルフの女を殺れ!あいつらが最近暴れてる奴等だ!」
「いつまでも好き勝手出来ると思うなよ!撃てーっ!」
その傭兵集団は十名であり、四組十二名のエルフ達が襲撃した。
しかし彼らは慎重で備品から持ち出した銃で迫ってくるエルフに対して銃撃を加えた。
もちろん『猟兵』側も銃を警戒して散開していたが。
「あぐっ!?」
「リタ!?」
「下げて!早く!」
「よくもリタを!」
一人が被弾して落馬。直ぐ様同じく組の二人が回収して後送。仲間を撃たれて激昂したエルフ達は、普段行使を控えている魔法まで使用して傭兵達を容赦なく殲滅した。
負傷したエルフ、リタは直ぐ様黄昏病院へと担ぎ込まれた。
「すぐに処置するぞ!弾丸が残ったままだからな!」
「オペの用意だ!麻酔を急げ!」
胸部に被弾していることもあり、ロメオ達による緊急手術が行われた。
それと同時に報告がシャーリィへもたらされた。
「被弾、ですか」
「はっ、現在病院で医療班が緊急手術を開始しております。余談を許さぬ状況との事」
執務室でセレスティンから報告を受けたシャーリィは、無表情を僅かに歪ませる。
四年前に比べて銃の普及が進み、それに合わせて少しずつ増えてきた損害に頭を悩ませていたが、遂に『猟兵』にまで被害が出てしまったためである。
「エルフの皆さんの様子は?」
「複数の組が帰還して、更に待機していた者達も病院へ詰め掛けております。皆表情も険しく、些か不穏な気配を感じます」
財務の定期報告のため執務室を訪れていたマーサが、険しい表情を浮かべながら口を開いた。
「シャーリィ、エルフはね……貴女達人間が思ってるよりも遥かに同族意識が強いのよ。仲間が殺られたら一族総出で復讐を果たすくらいにね」
「素敵な関係ですね。となれば、暴走する可能性が?」
「ええ、私だって頭に来てるわ。私にとってリナ達は妹みたいなものよ。でも、怒りに我を失うような真似はさせないから安心しなさい」
「お気持ちは理解します。マーサさん達が同族意識を持つように、皆さんは私の大切なものなんですから」
「あら、貴女も怒ってくれるの?エルフのために?」
何処か試すような視線を向けるマーサに、シャーリィは満面の笑みを浮かべて答えた。
「大切なものに貴賤なんてありませんよ?まして、私は差別主義者でもありませんし、皆さんの事が大好きなので」
シャーリィの言葉に目を見開いたマーサは、自分の選択が誤りでなかったことを改めて実感した。
帝国では他種族に対する差別意識が強く、まして目麗しいエルフなど性奴隷として見なされることも多い。
「シャーリィの下に付いた私達は幸せ者ね」
優しげな表情を浮かべるマーサ。九年前に出会った少女は、今も変わらず自分達を大事にしてくれている。
「後悔させないように頑張りますよ。報告は後回しで構いませんから、マーサさんも病院へ。ロメオくんに回復薬を惜しまず使うように伝えてください」
「ありがとう。皆を連れていくわ。ユグルドが代わりに来るように手配しておくわね」
立ち上がったマーサはシャーリィに一礼して足早に部屋を後にする。
「お嬢様」
「セレスティン、やられました。だから、仕返しをしますよ」
満面の笑みを浮かべるシャーリィに、セレスティンも深々と頭を下げる。
この事件は『暁』による熾烈な反撃を促す結果となり、益々リューガを追い詰めることとなる。
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