「ストーカー被害を受けてるかもしれない」
「……え?」
「なにそれ…どういうことだよ」
思わず強くなった口調に明澄はびくりと肩を震わせ、俯いた。
「……ごめん」
俺は1度深呼吸をして、明澄を怖がらせないように冷静さを装る。
「なんで相談してくれなかったの?」
「言ったら…迷惑かけると思って」
あぁ、そうだ。
昔から明澄はそういう奴だった。
自分を犠牲にしてでも、人を優先させる…優しい奴だった。
『あの日』だって
「涼太~!」
「うわ、なんだよw明澄、『葉澄』
俺、明澄、明澄とそっくりな、双子の妹、葉澄……俺達、3人は昔からの幼なじみだった。
俺達が育ったのは山梨県の富士河口湖町という『カチカチ山』が舞台になった町だった。
その為か、俺達は小さい頃からよく『カチカチ山』の話を聞かされていた。
「むかしむかし、畑を荒らす悪いたぬきがいて……」
「母ちゃん、またその話ー?!」
「まぁ、まぁ、面白いしいいじゃん」
いつも俺を鎮めるのは明澄の仕事。
「もう俺、飽きたー」
いつもわがままなのは俺。
「あんたはすぐ嘘つきそうな顔してるからたくさんカチカチ山を読み聞かせないと」
「なんだよそれ!?」
「クスクスw」
いつもハキハキしてる明澄とは対照的で、内気な葉澄。
「おい、葉澄、笑うなよ!!」
俺達は家族ぐるみで仲がよく、こうやってよく遊んでいた。
そんな平穏な日々を過ごしていたある日のことだった。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「明日さ、天上山に3人で行こうよ」
葉澄から遊びに誘うのは初めてだった。
「天上山ってカチカチ山のとこ?」
「うん!」
天上山は子供だけで登ることは昔から危険だと親に止められていた。
「えー……」
外向的な明澄の方が勇ましいと思われがちだが、実は明澄の方が怖がりで、逆にいつも内気な葉澄は、怖いものなしだった。
「でも、怖いよ…」
「涼太もいるから大丈夫だよ。ね、涼太?」
「ま、まぁな」
「涼太も実は怖い?」
「そ、そんな訳ないだろ」
いつもなら反対する俺も葉澄に挑発されて思わずその提案にのってしまった。
「それじゃ、早く行こう!」
今思えば、あれが全ての事の発端だった。
その日、俺達は親に内緒で3人でカチカチ山のモデルとなった『天上山』という山を登った。
「さむ……」
その日は丁度、雪が降っていて山を登るだけでも体の小さい俺達は体力がどんどんなくなっていった。
「ねぇ、葉澄…やっぱり危ないよ、今からでも引き返そ?」
3人とも手は氷のように冷たく、足を動かすのだけでも精一杯だった。
「今更いやだよ 」
それでも、葉澄は帰らないの一点張りだった。
2時間ほど登ったところで休憩所が見えてきた。
俺達はひとまずそこで休むことにした。
「寒いね……」
「ね……」
「見ろよ、あそこに展望台がある!行ってみようよ!」
その時、俺は休憩所の近くの崖のすぐそこに展望台を見つけた。
「どこどこ?」
「あそこ!」
「あんなところ危ないよ」
「えー、お姉ちゃん怖がってるのー?」
「そりゃ、まぁ……」
「涼太くんも怖がってるの?」
「……別に違ぇし」
辺りは吹雪で真っ白で、あんな崖に近いところに行ったら危ないと幼い俺でも分かった。
それでも、格好つけたくて俺はその展望台までダッシュした。
「あ、涼太!」
だから「危ない」と思った時にはもう遅かった。
「……あ」
俺は崖から落ちた。
……はずだった。
けれど、俺は雪のおかげか、体をぶつけずに助かった。
「あっぶね…」
助かった。
そう思った矢先だった。
「お姉ちゃん!」
「え?」
そこには全身血塗れの明澄がいた。
明澄が俺を庇ってくれたと理解するまでずいぶん時間を要した。
「あ……あ」
俺はパニックと、軽く脳震盪を起こしたのかその場で気を失った。
目を覚ますと、俺は病室のベッドにいた。
「涼太、あんた……この馬鹿が!」
1番最初に目に入ってきたのは母さんの泣き疲れた顔だった。
「明……澄…は?」
かすれた声で俺が聞くと、母さんはまた泣き出してこう俺に告げた。
「意識不明の重体だって…打ちどころが悪くて、このまま植物状態になってもおかしくないって…」
「……え?」
信じたくなかった。
俺のせいで明澄がそんな目に遭ったなんて。
「うちの息子が、申し訳ございませんでした!!」
次の日、俺は母さんと父さんと明澄と葉澄の両親に謝りにいった。
けれど
「仕方ないよ…よくある事故ですよ」
「この子も涼太くんがきっと大事で庇ったんです、仕方ないですよ。」
俺は明澄の両親の優しさが信じられなかった。
だから逃げた。
この町から。
自分のしたことを信じたくなかった。
それから10年ほど経ち、社会人になった俺は明澄と再開した。
「葉澄……?」
「違うよ、涼太…明澄だよ」
「なんで……あの日、明澄は…」
「涼太……会いたかった。」
明澄はあの日と変わらない温かい体で俺を抱きしめた。
変わったのは、俺を庇った時にできた右足の大きな傷跡だけだった。
俺はだから、明澄と一緒にいると決めた。
俺が傷つけてしまった贖罪を果たさないといけないと思ったから、『明澄以外と一緒にいる未来が上手く想像できなかったから。』
「ストーカーって…」
「……うん、関係あるか分からないんだけどね」
俺は唾を飲む。
「葉澄が……いなくなったって」
あぁ、やっぱりか。
「明澄…」
俺は明澄を力一杯抱きしめる。
「…今度は俺が助けるから」
「……うん、ありがと」
この時、すでにもう事件は始まっていた。
コメント
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やばい続きが楽しみすぎる