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私は彼に見えるように本を開く。
一ページ目は、『西暦五百八十九年 カルシェナール宝石店強盗事件』と記されていた。
今が西暦六百四十三年なので、五十四年前のことだ。
カルシェナールと言ったら、今も絶大な人気を誇っている宝石店。
私はふと、記録者のところに目をやる。
そこには、『セシル・サビベント』という名前があった。
私は目を見開く。
この人は……。
「どうした?」
彼が口を開いた。
「いえ、記録者が……」
「記録者?」
彼も記録者の方を見る。
「セシル・サビベント?この人がどうかしたのか?」
セシル・サビベント――彼は、五、六十年前からエクストレトルの宰相として父の補佐をしていた。
もうすぐ米寿であるが、現在もバリバリ働き、陰ながら王国を支えてくれている。
私が幼い頃は遊び相手もしてくれていた。
私はパラパラとページを繰っていき、目を通す。
……やはり、最近あった事件まで全て彼が記録していた。
と言うことは。
私は彼の方に向き直り、口を開く。
「アレクシス様、セシルのことは覚えていらっしゃいますか?」
幼い頃、私がアストレイド帝国に行くとき、彼もついてきていた。
言葉を交わしたことはなくても、顔を合わせたことくらいはあったはずである。
「……もしかして、あの宰相の人のことか?」
私は頷いた。
「最後まで目を通したところ、セシルが全て記録してくれているので、彼に聞いたら何かわかるかもしれません」
彼は目を開く。かと思うと真剣な顔をして頷いた。
私も頷き、事件簿を閉じた。
コンコン、と私は彼の執務室の扉をノックする。
中からどうぞ、と言う声が聞こえ、私は扉を開いた。
「セシル、ごめんなさい。少しいいかしら」
「姫様」
彼は不思議そうに目を見開き、なにやら書いている手を止まらせている。
と、彼は執務机の椅子から立ち上がり、私に歩み寄った。
すると、セシルが彼に気づいたように少し目を見張る。
彼は会釈した。
「おや、これはこれはアストレイドの皇太子殿下。久方ぶりでございます。ご立派になられましたな」
セシルはほんわかとした仏のような笑みを浮かべる。
「……礼を言う」
彼は顔を反らした。
「さて、ここで立ち話もなんですし、まずは中にお入りください」
セシルは扉をもっと開かせる。
私たちは促されるまま、中に入っていった。