「一度だけ君とキスしたことがある」
「そうだ。しかもそれは夏梅にとってファーストキスのはずだ。それなのに、今まで一度も夏梅がそのことに触れてきたことはない。まるでなかったことにされているみたいに。ボクのことが好きだと言ったくせに、ボクにキスされたのが嫌だったのか?」
「あのときのことを映山紅さんは寝ぼけてて覚えてないのかと思ってた。覚えてるということは寝ぼけた振りをしていたの?」
「そうだ。どうしても夏梅にキスしたかった。でも普通にキスする勇気がなかったから、寝ぼけた振りしてキスしたんだ。夏梅にボクの勇気をなかったことにされて悲しかった。言い訳があるなら聞いてやろう」
「言いたくないな。あまり思い出したくない出来事だったから」
「ボクにキスされたことが思い出したくないほど嫌なことだったのか!」
彼女が大声を上げ、今にも飛びかかってきそうな様子になった。泣かれるのも嫌だけど、スイッチが入って夏祭り会場を大混乱に陥れるのだけは避けなければならない。
「寝ぼけた振りをしてただけなら覚えてるよね。今のは? って僕が聞いたら君はなんて答えた?」
「ごめんなさいのキス、と答えたはずだ」
「そのあとは?」
「そのあと?」
彼女があっと小さく叫んだから、それも覚えていたのだろう。
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