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前回の続き
車が揺れるたび、
〇〇の頭が少しずつ傾いていく。
さっきまで喋ってたのに。
〇〇「……どうしよ……ほんと……」
小さく呟いたあと、
そのまま静かになる。
北斗「?」
見ると、
もう目閉じてる。
北斗「……早」
思わず笑う。
〇〇、
シートにもたれたまま完全に寝落ち。
酔いと疲れ、
一気に来たんだろう。
北斗、
少しだけ姿勢変えて、
〇〇の頭が揺れすぎないよう支える。
その瞬間、
ふわっとシャンプーの匂い。
北斗「……」
静かに息吐く。
今日一日、
ほんとぐちゃぐちゃだった。
王様ゲーム。
〇〇の鈍さ。
廉の告白。
耳元で何か言われて、
真っ赤になってた顔。
ベランダ。
“俺だけ見て”
多分、
廉はちゃんと伝えた。
そして〇〇も、
もう廉を意識してる。
車窓に映る自分見て、
北斗は小さく苦笑する。
北斗「……負け戦か」
ぽつり。
最初から分かってた気もする。
廉は強い。
まっすぐ言える。
ちゃんと掴みにいく。
北斗は結局、
隣で見てるだけだった。
でも。
寝てる〇〇見ると、
やっぱり好きだなって思う。
無防備な寝顔。
ちょっと口開いてるとこ。
安心しきってる感じ。
北斗「……ほんと勘弁して」
小さく笑う。
苦しいのに、
嫌いになれない。
むしろ今日、
もっと好きになった。
〇〇が誰かに恋して、
悩んで、
苦しくなってる姿見て。
支えたいって思った。
たとえ、
その相手が自分じゃなくても。
北斗、
そっと〇〇の前髪避ける。
起こさないように。
北斗「……幸せになれよ」
小さい声。
届かないくらい小さく。
その時、
車がマンションの地下へ入っていった。
車がゆっくり止まる。
地下駐車場。
静かなエンジン音だけ残る。
運転手「到着しました」
北斗「ありがとうございます」
小さく返して、
隣を見る。
〇〇、
完全に熟睡。
さっきより北斗側に寄ってきてる。
北斗「……おい」
小さく呼ぶ。
反応なし。
北斗「〇〇」
肩軽く揺らす。
〇〇「……ん……」
眉少し動く。
でもまだ起きない。
#timelesz
いちごみるく
15,086
#菊池風磨
いちごみるく
2,465
#紅一点
いちごみるく
1,365
1,910
北斗、
少し笑う。
北斗「起きろ、着いた」
〇〇「……やだ……」
即答。
北斗「ガキか」
〇〇、
目閉じたまま北斗の腕掴む。
〇〇「ねむい……」
完全に酔っ払い。
北斗、
一瞬固まる。
運転手、
気まずそうに前見てる。
北斗「……降りるぞ」
〇〇「……んー……」
全然起きない。
北斗、
ため息つきながら少し近づく。
北斗「〇〇」
低い声。
耳元近く。
〇〇、
やっと薄く目開ける。
〇〇「……北斗?」
北斗「そう」
〇〇「……帰ってきた?」
北斗「帰ってきた」
〇〇、
ぼーっと北斗見つめる。
寝起きで、
まだ頭回ってない顔。
その無防備さに、
北斗の心臓だけ無駄に跳ねる。
〇〇「……廉は?」
その一言。
北斗、
一瞬だけ表情止まる。
でもすぐ普通に戻す。
北斗「いねぇよ」
〇〇「……そっか」
少しだけ寂しそうに呟く。
北斗、
胸の奥きゅっとなる。
でも笑って。
北斗「ほら、立て」
〇〇「……むり」
北斗「できる」
〇〇「むり〜……」
北斗、
数秒黙ってから。
北斗「じゃあ抱えるぞ」
〇〇「……え」
そこでやっと少し目覚める。
〇〇「それはやだ」
北斗「じゃあ歩け」
〇〇「横暴……」
ぶつぶつ言いながら、
やっと起き上がる。
北斗、
その手を自然に支える。
〇〇、
眠そうなままその手掴む。
無意識。
北斗だけ、
静かに息詰まってた。
車を降りる。
地下駐車場、
夜中だから静か。
〇〇はまだ半分寝てるみたいに、
北斗の手掴んだまま歩いてる。
北斗「……足元見ろ」
〇〇「んー……」
全然見てない。
ふらっとよろける。
北斗「おっと」
腰支える。
〇〇、
そのまま北斗にもたれかかる。
〇〇「……ねむい」
北斗「知ってる」
エレベーターへ向かう間、
警備スタッフは少し距離取ってくれてる。
慣れてる空気。
エレベーター乗り込む。
ドア閉まる。
二人きり。
〇〇、
壁にもたれながら目擦る。
北斗、
その横顔ちらっと見る。
今日、
いっぱい感情揺れたはずなのに。
今の〇〇、
ほんとに眠そうで無防備。
〇〇「……北斗」
北斗「ん?」
〇〇「ありがとね」
小さい声。
北斗「何が」
〇〇「今日いっぱい……」
うまく言葉まとまってない。
〇〇「なんか……いてくれて」
ぽつり。
北斗、
少しだけ目細める。
北斗「……今さらだろ」
〇〇「うん……」
ふにゃっと笑う。
その顔、
昔から変わんない。
エレベーターの灯り、
静かに二人照らす。
〇〇、
急にまたぼそっと。
〇〇「……北斗の好きな人、幸せだね」
「…………」
北斗、
息止まる。
〇〇、
全然気づかないまま続ける。
〇〇「だって北斗めっちゃ優しいし……」
〇〇「絶対大事にするし……」
眠そうな声。
北斗、
笑うしかない。
北斗「酔ってんな」
〇〇「酔ってる〜」
素直。
そしてそのまま、
北斗の肩にこつんと頭乗せる。
無意識。
北斗、
完全に固まる。
〇〇「……安心する」
小さく呟く。
エレベーターの静けさの中、
その一言だけやたら響いた。
北斗、
数北斗「……それはずりぃよ」
小さく笑った声。
でも〇〇は、
もう半分夢の中。
北斗の肩に頭乗せたまま、
うとうとしてる。
エレベーターが止まる。
静かな音。
北斗「着いたぞ」
〇〇「……ん……」
動かない。
北斗、
苦笑いしながら肩軽く揺らす。
その時。
〇〇が、
ぽつりと何か呟く。
小さすぎて、
聞き取れない。
北斗「……は?」
〇〇「……れん……」
「…………」
北斗、
一瞬止まる。
〇〇、
目閉じたまま。
完全に寝ぼけてる。
北斗、
静かに視線落とす。
胸、
ちくっと痛む。
でもそのあと。
〇〇「……好きって……ずるい……」
ふにゃっとした声。
北斗、
数秒黙る。
その“好き”が、
誰に向いてるのか。
考えなくても分かる。
廉に言われたこと、
まだ頭いっぱいなんだろう。
北斗、
小さく息吐く。
北斗「……重症だな」
苦笑い。
でも不思議と、
前より苦しくなかった。
〇〇が誰かを好きになっていく顔、
ちゃんと見たから。
本気で揺れてるの、
分かったから。
北斗、
そっと〇〇の頭支える。
北斗「ほら、部屋戻るぞ」
〇〇「……んー……」
眠そうに、
また北斗の服掴む。
無意識に頼ってくるその感じに、
北斗はまた困ったみたいに笑った。
廊下。
夜中だから静か。
〇〇は北斗の服掴んだまま、
ふらふら歩いてる。
北斗「……ほら、鍵」
〇〇「……むり」
即答。
北斗「知ってた」
苦笑いしながら、
北斗が玄関開ける。
部屋入った瞬間、
〇〇がほっとした顔する。
〇〇「……帰ってきたぁ」
そのまま靴脱ごうとして、
バランス崩す。
北斗「危な」
また支える。
〇〇「今日いっぱい助けられてる……」
北斗「お前が危なっかしいからだろ」
〇〇「……えへへ」
酔っ払い特有のふにゃふにゃ笑顔。
北斗、
思わず笑ってしまう。
リビング入る。
いつもの空間。
なのに今日は、
やたら静かに感じる。
〇〇「……水飲む」
北斗「待ってろ」
キッチン向かう。
その背中見ながら、
〇〇ぼーっとソファ座る。
頭の中、
まだ廉。
『俺は〇〇のこと好き』
『俺だけ見て』
思い出して、
また胸ぎゅっとなる。
〇〇「……はぁ」
自分でも意味分かんない。
北斗が水持って戻ってくる。
北斗「飲め」
〇〇「ありがと……」
コップ受け取る。
でも飲みながら、
またぼーっとしてる。
北斗、
向かい座ってその顔見る。
北斗「……まだ考えてんの?」
〇〇「……ん」
素直。
北斗「廉?」
〇〇、
少しだけ止まってから。
小さく頷く。
北斗、
胸の奥また痛む。
でも。
〇〇がちゃんと恋してる顔してるから、
何も言えない。
〇〇「……なんかさ」
コップ握ったまま。
〇〇「廉に好きって言われた時」
〇〇「ほんとに心臓止まるかと思った」
北斗、
静かに聞いてる。
〇〇「しかも、ずっと頭から離れない……」
ぽつり。
〇〇「これってもう好きなのかな」
その質問。
北斗、
少しだけ笑う。
苦いけど、
優しい笑い。
北斗「……多分な」
〇〇、
静かに目伏せる。
その顔、
少し照れてて。
少し嬉しそうだった。
〇〇「……多分な」
北斗の言葉に、
〇〇は静かに目伏せる。
胸、
またぎゅっとする。
嬉しいのか、
怖いのか、
自分でも分からない。
〇〇「……やばい」
ソファに沈み込む。
北斗、
そんな〇〇見ながら立ち上がる。
洗面所の棚ごそごそ開けて、
何か持って戻ってくる。
北斗「はい」
〇〇「……?」
見ると、
メイク落としシート。
〇〇「……あ」
北斗「風呂無理だろ、お前」
〇〇「……無理かも」
即認める。
北斗「だろうな」
〇〇、
ちょっと笑う。
北斗、
テーブルにシート置きながら。
北斗「そのまま寝たら絶対明日荒れるぞ」
〇〇「うぅ……」
しぶしぶ一枚取る。
でも酔ってるから動き遅い。
北斗、
向かいで呆れた顔。
〇〇「……見ないで」
北斗「なんでだよ」
〇〇「メイク落としてる顔やだ」
北斗「今さらすぎるだろ」
普通に返す。
たしかに、
もう一緒住んでかなり経つ。
すっぴんも寝癖も、
お互い見慣れてる。
でも今日の〇〇、
なんか全部恥ずかしい。
〇〇、
雑にシートで顔拭く。
北斗「適当すぎ」
〇〇「むりぃ……」
北斗、
ため息つきながら横来る。
〇〇「……え」
北斗「貸せ」
〇〇の手からシート取る。
そして、
軽く顎持って。
北斗「目閉じろ」
〇〇「……」
素直に閉じる。
北斗、
慣れた手つきでメイク落としていく。
〇〇「……なんでそんな上手いの」
北斗「お前が酔うたびやってるから」
〇〇「……そんなやってた?」
北斗「覚えてねぇだけ」
〇〇、
少し笑う。
シートの冷たさ。
北斗の指先。
近い距離。
でも不思議と、
今はドキドキしない。
安心する。
廉とは違う感覚。
〇〇(……家って感じ)
ぼんやり思う。
北斗、
そんな〇〇見ながら。
胸の奥だけ、
静かに痛かった。
北斗side。
〇〇の前にしゃがみながら、
メイクシートでそっと頬を拭く。
〇〇はもう、
半分寝てる。
目閉じたまま、
おとなしい。
北斗「……ほんと手かかる」
小さく笑う。
でも手は優しい。
アイライン落として、
ラメ拭いて。
こんなこと、
もう何回目だろう。
ストーカーの件で一緒に住み始めてから。
最初はお互い気使ってたのに。
今じゃ、
〇〇は普通にソファで寝るし、
北斗の服借りるし、
冷蔵庫のプリン勝手に食べる。
完全に生活の中にいる。
北斗「……慣れるもんだな」
ぽつり。
〇〇「……んー?」
寝ぼけてる。
北斗「なんでもねぇよ」
前髪避ける。
その瞬間、
今日のこと全部思い出す。
廉の告白。
〇〇の顔。
“胸が苦しい”
って困ってた声。
北斗、
静かに息吐く。
分かってた。
〇〇が恋するなら、
多分廉みたいなやつだって。
ちゃんと引っ張ってくれて。
言葉にしてくれて。
優しくて、
でもズルい。
北斗は、
結局隣で支えることしかできない。
でも。
〇〇が安心した顔で、
自分に寄りかかってくるたび。
期待してしまう自分もいる。
北斗「……ダサ」
苦笑い。
〇〇「……ほくとぉ」
急に名前呼ばれて、
北斗止まる。
〇〇、
目閉じたまま。
完全に寝言。
北斗「……何」
〇〇「……ありがと」
小さい声。
胸、
また痛くなる。
北斗「……どういたしまして」
静かに返す。
〇〇はもう聞いてない。
安心したみたいに、
また眠り深くなる。
北斗、
そんな〇〇を少し見つめて。
そして小さく笑った。
北斗「……ほんと、敵わねぇな」
北斗は、
眠った〇〇の顔をぼんやり見つめる。
メイク落ちたあとでも、
いや、
落ちたあとの方が余計に思う。
北斗「……綺麗すぎだろ」
小さく漏れる。
整った顔。
長いまつ毛。
透明感ある肌。
酔って少し赤い頬ですら、
なんかずるい。
国民的女優。
国民的アイドル。
世界中にファンがいて、
海外行けば空港埋まるレベル。
映画もドラマも、
CMも雑誌も。
“姫野〇〇”って名前だけで、
期待される。
最初は正直、
北斗も不思議だった。
なんでここまで人気なんだろって。
でも近くにいると分かる。
ステージ立った瞬間、
空気変わる。
カメラ前入った瞬間、
全員引き込まれる。
努力してない顔して、
裏では誰より考えてる。
しんどくても、
絶対顔に出さない。
なのに。
家では、
ソファで変な寝方して。
夜中にアイス探して。
今日みたいに酔って、
「むりぃ……」とか言ってる。
ギャップがずるい。
北斗「……そりゃみんな好きになるわ」
廉の気持ちも、
痛いほど分かる。
好きにならない方が難しい。
しかも〇〇、
本人がその自覚ない。
“愛される側”なのに、
全然気づいてない。
北斗、
そっと〇〇の前髪触る。
起こさないように。
北斗「……ほんと無防備」
小さく笑う。
この顔を、
テレビじゃなく、
こんな近くで見れるのは自分だけ。
そう思った瞬間。
少しだけ、
独占欲みたいなものが胸に浮かぶ。
でもすぐ消す。
〇〇が見てるのは、
今、
廉だから。
北斗は静かに立ち上がる。
そしてブランケット持ってきて、
ブランケットをそっと掛けようとした瞬間。
〇〇「っ!?」
ガバッ。
急に勢いよく起き上がる。
北斗「うわっ」
避けきれない。
至近距離。
そのまま——
ちゅ。
「…………」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
唇が触れる。
事故。
完全に事故。
でも距離近すぎて、
感触だけやけに残る。
〇〇「…………え」
北斗「…………」
二人とも固まる。
ブランケット、
中途半端に〇〇の肩に引っかかったまま。
数秒。
世界止まる。
〇〇、
ぱちぱち瞬き。
そして。
〇〇「えぇぇぇぇぇ!?!?」
大絶叫。
北斗「お前声デカっ」
北斗も珍しく動揺してる。
耳、
真っ赤。
〇〇「ちが、え、今!?」
〇〇「え!?!?」
ソファの端まで逃げる。
北斗「いや事故!」
北斗「完全に事故だから!」
〇〇「わ、わかってるし!!」
分かってる。
分かってるけど。
心臓がうるさい。
しかも今日、
廉のことで頭いっぱいだったのに。
急にこんなの起きて、
脳が追いつかない。
北斗、
片手で顔覆う。
北斗「……最悪」
〇〇「なんで北斗が最悪なの!?」
北斗「こっちの台詞だろ」
二人とも顔真っ赤。
静かな部屋に、
お互いの荒い呼吸だけ響く。
〇〇、
唇押さえたまま固まる。
でも。
廉の時みたいな、
胸がぎゅうってなる感じとは違う。
ただただ、
びっくり。
完全にパニック。
〇〇「……びっくりした……」
北斗「……俺も」
北斗、
深いため息つく。
そして数秒後。
北斗「だから言っただろ」
北斗「急に起きんなって」
〇〇「言われてないし!!」
思わず言い返す。
そのやり取りが、
いつもの二人すぎて。
変な空気なのに、
少しだけ笑いそうになってしまった。
ーーーーーーーーー
北斗side。
〇〇「……びっくりした……」
北斗「……俺も」
そう返したものの。
正直、
びっくりなんてもんじゃなかった。
唇に残ってる感触。
近すぎた距離。
起き上がった瞬間の〇〇の顔。
全部、
無駄に鮮明。
北斗「……はぁ」
額押さえる。
心臓、
うるさい。
事故。
ただの事故。
分かってるのに、
全然平常心戻らない。
向かい見ると、
〇〇もまだ唇押さえたまま固まってる。
顔、
真っ赤。
北斗「……だから急に起きんなって」
とりあえず、
普通に戻そうとする。
〇〇「言われてないし!!」
即返ってくる。
その感じに、
少しだけ安心する。
いつもの〇〇だ。
でも。
〇〇は多分、
“事故”としてしか捉えてない。
さっきのキスで、
恋愛感情が動いたわけじゃない。
それくらい、
北斗にも分かる。
〇〇の頭の中にいるの、
今は廉だから。
そこ理解してるのに。
北斗の方だけ、
無駄に意識してしまってる。
北斗「……寝ぼけすぎだろ」
苦笑いして、
ブランケット〇〇に投げる。
〇〇「雑っ!」
北斗「自分で掛けろ」
〇〇「ひど〜……」
ぶつぶつ言いながら、
〇〇はブランケット抱き込む。
でもまだ、
ちょっとだけ北斗見れない顔してる。
北斗、
その反応見てまた困る。
可愛いとか思うな。
今それ思うの、
ほんと終わってる。
北斗「……もう寝ろ」
ソファから立ち上がる。
これ以上近くいると、
余計変になる。
〇〇「北斗は?」
北斗「俺シャワー浴びる」
〇〇「……そっか」
小さい返事。
北斗、
洗面所向かいながら、
小さく息吐く。
廉のこと応援したいとか、
幸せならそれでいいとか。
さっきまで思ってたのに。
事故とはいえ、
キスした瞬間。
全部ぐちゃぐちゃになりそうだった。
北斗「……ほんと最悪」
誰にも聞こえない声で呟いた。
ーーーーーーーーー
北斗side
シャワーの音だけが、
静かな部屋に響く。
北斗は熱めの湯を浴びながら、
さっきの事故を無理やり流そうとしてた。
でも。
思い出すたび、
無駄に鮮明。
北斗「……だめだ」
小さく呟く。
頭冷やしたいのに、
全然落ち着かない。
シャワーを止める。
時計見ると、
もう1:30過ぎ。
日付も完全に変わってる。
長い一日だった。
髪拭きながらリビング戻る。
部屋は暗め。
ソファの方見ると。
〇〇、
もう爆睡。
北斗「……はや」
思わず笑う。
さっきまであんな騒いでたのに。
ブランケットにくるまって、
完全に夢の中。
しかも。
事故キスの件、
多分もう半分忘れてる顔。
北斗「……お前ほんと強ぇな」
苦笑い。
〇〇、
口少し開いて寝てる。
スマホも途中で落ちたのか、
ソファ横に転がってる。
北斗、
静かに近づいて拾う。
その時。
〇〇「……れん……」
寝言。
北斗の動き、
ぴたりと止まる。
〇〇「……ずるい……」
ふにゃっとした声。
完全に夢の中。
北斗、
数秒黙る。
そして小さく笑った。
北斗「……はいはい」
痛くないわけじゃない。
普通に痛い。
でも。
〇〇が恋してる顔、
嫌いじゃない自分もいる。
北斗、
そっと〇〇のスマホ充電に繋ぐ。
ブランケット直して、
前髪避ける。
〇〇、
安心したみたいに少し擦り寄る。
無意識。
北斗「……勘弁して」
小さく笑う。
好きになればなるほど、
苦しい。
でも、
この時間を失う方が怖かった。
北斗は静かにソファ横座って、
少しだけ〇〇の寝顔眺めていた。
ソファで眠る〇〇を見ながら、
北斗は静かに息を吐く。
さっきの事故みたいなキス。
ほんの一瞬。
でも、
頭から離れない。
北斗「……やば」
小さく額押さえる。
好きなやつと同居。
冷静に考えたら、
意味わかんない状況だ。
最初はストーカー対策だった。
守るため。
安全のため。
それだけだったはずなのに。
気づけば、
「おかえり」が当たり前になって。
リビングに〇〇がいて。
コンビニ行く時も、
「なんか買う?」って聞くようになって。
北斗の生活の中に、
自然に〇〇がいる。
しかも本人、
無防備。
ソファで寝る。
寝ぼけて服掴む。
今日みたいに肩寄せてくる。
北斗がどれだけ我慢してるかなんて、
多分一ミリも分かってない。
北斗「……そりゃ風磨たちにも言われるわ」
苦笑い。
『お前すごいな』
『普通に無理だろ』
『欲とかねぇの?』
何回言われたか分かんない。
もちろん、
ある。
男だから。
好きな子がこんな近くにいて、
何も思わないわけない。
今日のキスだって。
事故なのに、
一瞬、
離れたくないって思った自分がいた。
でも。
北斗は静かに〇〇を見る。
安心しきった寝顔。
自分を信頼して、
隣で眠ってる顔。
北斗「……傷つけたくねぇんだよ」
ぽつり。
〇〇は、
北斗のことを安心できる場所だと思ってる。
家族みたいに。
隣にいて当たり前の存在みたいに。
その信頼を壊したくなかった。
だからずっと、
必死に我慢してきた。
近づきすぎないように。
触れすぎないように。
“好き”がバレすぎないように。
北斗「……なのに事故キスとか」
天井見上げて笑う。
ほんと最悪。
でも。
唇触れた瞬間、
嬉しかった自分もいた。
その事実が、
一番厄介だった。
北斗は静かに立ち上がる。
ソファで眠る〇〇。
ブランケットにくるまって、
完全に熟睡してる。
時計はもう深夜1:30過ぎ。
いつもなら。
二人で買ったクイーンベッドで、
〇〇は隣にいる。
最初は「広い方が安全だから」って理由だった。
ストーカー対策で、
何かあった時すぐ動けるように。
でも今じゃ、
それも当たり前になってた。
寝る前に〇〇がくだらない話して。
北斗が「うるせぇ」って返して。
気づいたら、
隣で寝息聞こえてる。
その日常が、
普通になりすぎてた。
北斗「……」
寝室のドア開ける。
広いベッド。
片側だけ、
綺麗に空いてる。
北斗、
少しだけ立ち止まる。
いつも隣にいる〇〇が、
今日はソファ。
たったそれだけなのに、
妙に静かだった。
北斗「……事故キスのせいか」
苦笑い。
いや、
多分違う。
今日は〇〇が、
廉を好きになっていく瞬間を見たから。
それがずっと胸に残ってる。
北斗、
ベッドに腰掛ける。
シーツにはまだ、
〇〇の柔らかい匂い残ってる。
それだけで、
また色々思い出してしまう。
エレベーターで肩預けられたこと。
「安心する」って言われたこと。
寝言で廉の名前呼んだこと。
全部ぐちゃぐちゃ。
北斗「……ほんと無理」
小さく笑う。
でも。
ソファで寝てる〇〇を、
無理やり起こしてまで隣に連れてく気にはなれなかった。
今日は、
〇〇もいっぱいいっぱいだったから。
北斗は天井見上げる。
広いベッドが、
今日はやけに広く感じた。
北斗はベッドに横になる。
部屋は暗い。
遠くでエアコンの音だけ聞こえる。
でも、
全然眠くならない。
いつもなら、
隣から〇〇の寝息聞こえるのに。
今日は静かすぎる。
北斗「……」
目閉じる。
でも浮かぶのは、
今日のことばっか。
廉の「好き」。
真っ赤になる〇〇。
ベランダ。
事故みたいなキス。
そして。
『……れん』
寝言。
北斗、
小さく笑う。
苦しいのに、
なんかもう笑うしかない。
北斗「……ちゃんと恋してんじゃん」
ぽつり。
〇〇が誰かを好きになる日、
いつか来るって分かってた。
アイドルで、
女優で、
世界中に愛されてるくせに。
本人だけ恋愛に鈍くて。
でも今、
やっと誰かをちゃんと意識し始めてる。
その相手が廉だった。
北斗、
寝返り打つ。
広いベッド。
空いた隣。
無意識に、
そっちへ手伸ばしかけて止まる。
北斗「……癖になってんの終わってる」
苦笑い。
隣に〇〇がいる生活。
もう、
当たり前になりすぎてた。
守りたい。
安心させたい。
傷つけたくない。
その気持ちは本物。
だから、
無理に奪いたくない。
でも。
男として、
普通にしんどい。
北斗「……はぁ」
深く息吐く。
眠れないまま、
ぼんやり天井を見る。
そして最後に、
小さく呟いた。
北斗「……廉、ちゃんと幸せにしろよ」
その声は、
静かな部屋に溶けていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
☀️朝。
静かな部屋に、
突然スマホの着信音が響く。
北斗「……っ」
眉寄せながら目開ける。
眠い。
昨日、
全然ちゃんと寝れてない。
枕元のスマホ掴む。
画面には。
『菊池風磨』
北斗「……嫌な予感しかしねぇ」
掠れた声で電話取る。
北斗「……もしもし」
風磨『おはよ〜』
無駄に元気。
北斗「朝からうるせぇ……」
風磨『樹から昨日の話聞いた』
北斗、
一瞬で察する。
北斗「……あいつほんと」
風磨『お前大丈夫?』
北斗「何が」
風磨『何がじゃねぇよ』
風磨『廉告ったんだろ?』
「…………」
北斗、
無意識に視線をリビングへ向ける。
ソファ。
〇〇、
ブランケットにくるまって爆睡中。
昨日のまま。
北斗、
起こさないよう声小さくする。
北斗「……まぁな」
風磨『しかも〇〇、廉意識し始めてんだろ?』
北斗「……まぁ」
風磨『しんど』
他人事みたいに言う。
北斗、
苦笑い。
風磨『てかお前さ』
風磨『好きな女と同居してる時点で意味分かんないからな?』
北斗「それは事情あるだろ」
風磨『いや分かるけど』
風磨『普通耐えられんって』
北斗、
黙る。
風磨たちにもよく言われる。
『お前すごいな』
『欲とかないの?』
もちろん、
ある。
男だから。
毎日好きなやつが隣で寝て、
無防備に笑って、
酔えば寄りかかってきて。
何も感じないわけない。
でも。
北斗「……傷つけたくねぇんだよ」
ぽつり。
風磨、
少し静かになる。
北斗「〇〇、俺のこと普通に信用してるし」
北斗「安心できる場所って思ってるから」
その信頼壊したくない。
だからずっと、
必死に我慢してる。
風磨『……重い男だなお前』
北斗「うるせぇ」
思わず笑う。
でも。
昨日の廉は違った。
ちゃんと伝えて、
ちゃんと掴みにいってた。
そこ、
北斗にはできない。
風磨『で、どうすんの?』
北斗「別に」
風磨『は?』
北斗、
ソファの〇〇見る。
寝顔、
安心しきってる。
北斗「……〇〇が幸せならそれでいい」
風磨『うわ出た』
北斗「なんだよ」
風磨『自己犠牲タイプ』
風磨『お前絶対損する』
北斗、
苦笑いする。
その時。
ソファの〇〇が、
もぞっと動いた。
ソファの〇〇が小さく動く。
でも北斗は気づかない。
まだベッドにもたれたまま、
小さい声で風磨と話してる。
風磨『まぁでも廉強いよな』
風磨『ちゃんと言えるのデカい』
北斗「……まぁな」
苦笑い。
昨日の光景、
頭から離れない。
廉に好きって言われて、
真っ赤になってた〇〇。
胸苦しいって困ってた顔。
全部、
ちゃんと恋してた。
風磨『お前昨日何してたの』
風磨『見守り?』
北斗「……ほぼ」
風磨『よく耐えたなほんと』
北斗、
少し黙る。
そして。
ぽつり。
北斗「……事故ったし」
風磨『は?』
北斗「あー……いや」
言った瞬間、
しまったって顔。
風磨『待って待って何!?』
風磨『事故った!?』
北斗「……別に」
風磨『いや絶対別にじゃないだろ!』
北斗、
額押さえる。
最悪。
風磨『何があった!?』
北斗「……キス」
「…………」
一瞬、
電話の向こう静かになる。
次の瞬間。
風磨『はぁぁぁ!?!?』
北斗「声デカい!」
慌てて声抑える。
リビングのソファ。
ブランケットの中で、
〇〇の肩ぴくっと動く。
でも北斗、
まだ気づかない。
風磨『お前何してんの!?』
風磨『昨日何があった!?』
北斗「事故だっつってんだろ!」
風磨『事故でキスするか普通!?』
北斗「したんだよ!!」
小声なのに必死。
風磨、
向こうで爆笑してる。
風磨『いや待って無理無理無理』
風磨『朝から情報量やばい』
北斗「だから言いたくなかったんだよ……」
髪ぐしゃぐしゃ掻く。
北斗「ブランケット掛けようとしたら急に起きて……」
風磨『少女漫画か?』
北斗「うるせぇ」
でも。
思い出した瞬間、
また心臓変になる。
一瞬だけ触れた唇。
真っ赤になって逃げた〇〇。
あれが事故だったとしても。
北斗には、
全然軽くなかった。
その時。
背後から。
〇〇「……北斗?」
「…………」
北斗、
ゆっくり振り向く。
ソファ。
ブランケットに包まったままの〇〇が、
完全に起きた顔でこっち見ていた。
〇〇「……北斗」
北斗、
ぴたりと固まる。
ソファで起き上がった〇〇。
寝起きで髪ぼさぼさ。
でも目だけ、
しっかり開いてる。
北斗「……起きてたのか」
〇〇「今起きた……」
掠れた声。
そして。
〇〇「……誰?」
きょとんと聞く。
電話の相手のこと。
北斗、
一瞬だけ固まったあと、
すぐ誤魔化すように視線逸らす。
北斗「……風磨」
〇〇「あぁ……」
納得した顔。
電話の向こう。
風磨『〇〇起きた!?』
北斗「お前黙れ」
〇〇、
ブランケット抱えたままベッドの方見る。
〇〇「おはよ……」
風磨『おはよ〜』
スピーカー越しに聞こえる声。
〇〇「朝から元気だね……」
風磨『北斗が暗いだけ』
北斗「誰のせいだよ」
風磨、
また笑う。
〇〇、
まだ眠そうに目擦りながら。
〇〇「……何話してたの?」
ブランケットにくるまりながら、
眠そうに聞く。
北斗、
一瞬だけ止まる。
風磨『昨日のホームパーティの件〜』
〇〇「……あー……」
そこまでは覚えてる。
紫耀の家。
みんなで飲んで。
王様ゲームして。
騒いで。
そこから先。
〇〇「……ん?」
眉寄る。
〇〇「私、途中から記憶ないかも」
北斗「は?」
風磨『え?』
〇〇、
本気で困った顔。
〇〇「え、待って」
〇〇「紫耀の家の最初しか覚えてない……」
北斗、
固まる。
風磨『うわ出た酔っ払い』
〇〇「え!?私なんかした!?」
焦る。
でも本当に覚えてない顔。
北斗、
数秒黙って。
そのあと、
思わず顔覆う。
北斗「……まじかよ」
〇〇「え、なに!?」
〇〇「怖いんだけど!!」
風磨『北斗なんかあった?』
北斗「……いや別に」
咄嗟に誤魔化す。
事故キス。
完全に、
北斗だけが覚えてることになった。
〇〇、
慌てて昨日を思い出そうとする。
〇〇「え、待って待って」
〇〇「私変なこと言ってない!?」
風磨『それは常に言ってる』
〇〇「風磨うるさい!」
北斗、
小さくため息。
〇〇、
本当に覚えてない。
廉の告白とか、
ベランダで話したこととか、
そこら辺はうっすら残ってるかもしれない。
でも最後の方、
完全に飛んでる。
つまり。
あのキスも。
北斗「……」
胸の奥、
少し複雑になる。
安心したような。
でも少しだけ、
寂しいような。
〇〇「北斗!」
〇〇「私ほんと何した!?」
北斗、
その顔見て。
数秒後、
小さく笑った。
北斗「……別に」
北斗「ただ酔っ払ってただけ」
〇〇「ほんと!?」
北斗「ほんと」
嘘。
でも、
今はそれでよかった。
〇〇「ほんと……?」
北斗「ほんと」
〇〇「よかったぁ……」
安心した顔。
そしてそのまま、
ブランケット引きずりながら立ち上がる。
北斗「おい、危ねぇ」
〇〇「お手洗い行くだけ〜……」
完全に寝起き。
ふらふらしながら洗面所へ向かう。
ドア閉まる音。
部屋、
また静かになる。
電話越し。
風磨『……お前優しいな』
北斗「別に」
ベッドにもたれながら、
北斗は小さく息吐く。
風磨『事故キス黙っとくんだ』
北斗「覚えてねぇなら意味ないだろ」
風磨『お前だけ覚えてんのしんど』
北斗「朝から刺してくんな」
苦笑い。
でも、
正直その通りだった。
北斗だけが覚えてる。
唇触れた感覚も。
真っ赤だった顔も。
全部。
風磨『……てかさ』
少しトーン変わる。
風磨『廉と〇〇、普通にありえそうだな』
「…………」
北斗、
静かに目伏せる。
風磨『あいつら一回付き合ってたわけじゃん』
北斗「……まぁ」
誰にも言ってないけど。
廉と〇〇は、
昔一度付き合ってる。
別れた理由も、
嫌いになったとかじゃない。
仕事。
お互い忙しすぎて、
すれ違って。
ちゃんと好きなまま、
終わった恋。
風磨『喧嘩別れじゃないの強いよな』
北斗「……」
風磨『しかも昨日の感じ聞いてたら』
風磨『〇〇、完全に廉意識してんじゃん』
北斗、
何も言えない。
だって昨日、
目の前で見た。
胸苦しいって困ってた顔。
廉見て赤くなる顔。
あれはもう、
始まってる。
風磨『復縁、普通にあるぞ』
ぽつり。
その言葉。
北斗の胸に、
静かに刺さる。
でも。
否定できなかった。
北斗「……だろうな」
小さい声。
風磨、
少し黙る。
風磨『お前それでいいの』
北斗、
洗面所の方見る。
向こうで〇〇が、
寝ぼけながら何か落とした音。
北斗、
思わず笑う。
北斗「……〇〇が笑ってるなら」
また同じ答え。
風磨『重っ』
北斗「うるせぇ」
風磨『お前さぁ』
電話越しに、
半分呆れた声。
風磨『自己犠牲癖ほんと治んねぇな』
北斗「別に犠牲とかじゃねぇよ」
風磨『いや犠牲だろ』
風磨『好きな女が元カレにまた惹かれてくの見て』
風磨『“幸せならいい”って何』
北斗、
苦笑いする。
でも。
否定もできない。
洗面所から、
ガタッてまた音。
そのあと。
〇〇「いたっ……」
小さい声。
北斗「……何してんだあいつ」
思わず笑う。
風磨『ほら』
風磨『そういう顔するじゃんお前』
北斗「は?」
風磨『〇〇のことになると甘いのよ』
北斗、
無言。
図星。
風磨『でもさ』
少し真面目な声になる。
風磨『廉と〇〇、たしかに相性いいと思う』
北斗「……」
風磨『一回別れてるけど』
風磨『嫌いで終わってないからな、あいつら』
北斗は静かに聞いてる。
昔の二人、
北斗も知ってる。
忙しくても、
合間見つけて電話して。
会える時はすごい嬉しそうで。
でも、
人気も仕事も大きくなりすぎて。
だんだん、
時間が合わなくなった。
好きなのに、
続けられなかった。
風磨『だから逆に』
風磨『今ならうまくいく可能性ある』
その言葉。
北斗は、
静かに天井を見る。
胸は痛い。
でも、
不思議と納得もしてしまう。
廉なら、
〇〇をちゃんと大事にする。
〇〇も、
多分また惹かれる。
昨日の顔見れば分かる。
北斗「……だろうな」
小さく呟く。
その時。
洗面所のドアが開く。
〇〇「北斗〜」
眠そうな声。
北斗、
反射でそっち見る。
〇〇、
まだぼさぼさの髪のまま。
〇〇「歯磨き粉ない〜」
北斗「あるわ」
〇〇「どこ〜……」
完全に寝ぼけてる。
風磨、
電話越しで笑ってる。
風磨『お前ら夫婦じゃん』
北斗「違ぇよ」
即答。
でも。
〇〇は何も気にせず、
当たり前みたいに北斗を頼ってくる。
その距離感が、
北斗にとっては一番苦しい。
〇〇「どこ〜……」
洗面所から、
完全に寝ぼけた声。
北斗「右の棚」
〇〇「……ない」
北斗「ある」
〇〇「……わかんない」
風磨、
電話越しで爆笑。
風磨『保護者じゃんもう』
北斗「うるせぇ」
ため息つきながら、
北斗はベッドから立ち上がる。
洗面所へ向かう。
〇〇は鏡の前で、
ぼーっと歯ブラシ持ってる。
髪ぼさぼさ。
目半分閉じてる。
北斗「……ほら」
棚から歯磨き粉取って渡す。
〇〇「あ、あった」
北斗「俺が取ったからな」
〇〇「細かい……」
ぼそっと言いながら、
歯磨き粉つける。
そのやり取り。
完全に日常。
風磨が電話越しで、
「やば」と笑ってるの聞こえる。
北斗「切るぞお前」
風磨『いや待って』
風磨『見せつけられてんのかと思った』
北斗「見せてねぇよ」
〇〇、
そこでやっと。
〇〇「風磨まだいたの?」
風磨『いたよ〜』
〇〇「おはよ……」
風磨『おはよ』
風磨『お前マジで昨日覚えてないの?』
〇〇「うん……」
歯磨きしながら頷く。
〇〇「紫耀ん家で飲んでたとこしか……」
風磨『やば』
北斗、
その横顔ちらっと見る。
ほんとに覚えてない。
事故キスのことも。
肩預けてきたことも。
「安心する」って言ったことも。
全部。
北斗だけの記憶。
風磨『まぁでも』
風磨『昨日の廉はガチだったぞ』
「…………」
〇〇の動き、
ぴたりと止まる。
北斗、
その反応見逃さない。
〇〇「……」
耳、
少し赤い。
風磨『あれはもう復縁狙ってるわ』
〇〇「っ、風磨うるさい!」
歯ブラシ持ったまま、
顔真っ赤。
風磨、
電話越しに笑ってる。
風磨『いや分かりやすすぎんだって』
〇〇「違うし!」
風磨『何が違うの』
〇〇「……知らない!」
北斗、
そのやり取り見ながら小さく笑う。
でも胸の奥は、
静かに痛い。
〇〇、
ほんとに分かりやすい。
廉の話になるだけで、
反応全部変わる。
風磨『でもさ〜』
風磨『一回ちゃんと話した方がよくね?』
〇〇「……何を」
風磨『廉と』
〇〇、
黙る。
鏡越しに、
少し困った顔。
昨日のこと、
断片的には覚えてるんだろう。
好きって言われたこと。
胸苦しくなったこと。
それだけで、
もう十分揺れてる。
北斗、
静かに視線落とす。
風磨『お前らさ』
風磨『終わり方が悪かったわけじゃないじゃん』
〇〇「……」
風磨『だから余計、再会したら戻る可能性あるんだよ』
その言葉。
洗面所、
少し静かになる。
〇〇、
何も言えない。
でも否定もしない。
北斗、
その空気見ながら苦笑い。
やっぱり、
風磨の言う通りなんだろう。
〇〇と廉。
タイミングさえ違えば、
終わってなかった恋。
そして今また、
再会してしまった。
風磨『北斗もそう思うだろ?』
急に振られる。
北斗「……は?」
風磨『お前昨日全部見てたんだから』
〇〇、
反射で北斗を見る。
北斗、
数秒黙る。
そのあと。
北斗「……まぁ」
小さい声。
〇〇、
少しだけ目開く。
北斗「廉は本気だろうし」
北斗「〇〇も……嫌じゃなさそうだし」
言いながら、
胸がじわっと苦しい。
でも、
嘘はつきたくなかった。
〇〇、
静かに目逸らす。
耳、
また赤い。
風磨『はい決まり〜』
〇〇「決まってない!!」
洗面所に響く声。
でも、
反論の勢い弱い。
風磨『はいはい』
完全に面白がってる。
〇〇「ほんとに違うから!」
風磨『じゃあ廉に告白されて何とも思わなかった?』
「…………」
〇〇、
止まる。
歯ブラシ持ったまま固まる。
北斗、
その横顔見てる。
答え、
もう顔に出てる。
〇〇「……それは」
小さい声。
〇〇「……びっくりはした」
風磨『だけ?』
〇〇「……」
黙る。
耳、
赤いまま。
風磨『はい好き〜』
〇〇「うるさいっ!!」
慌てて顔洗い始める。
北斗、
思わず笑ってしまう。
〇〇「北斗も笑わないで!」
北斗「いや無理」
〇〇「最悪……」
恥ずかしそうに顔覆う。
その姿、
昔から変わらない。
感情すぐ顔に出る。
隠せない。
だからこそ、
北斗には全部分かる。
廉を思い出してる顔。
困ってる顔。
でもどこか嬉しそうな顔。
風磨『でもまぁ』
風磨『廉の気持ち知った以上、前と同じではいられんよな』
〇〇、
静かになる。
北斗も何も言わない。
昨日まで、
“昔付き合ってた人”。
でも今は違う。
“自分をまだ好きだと言ってくれた人”。
その存在は、
簡単には消えない。
〇〇「……どうしよ」
ぽつり。
本音。
北斗、
その声に少しだけ目伏せる。
風磨『とりあえず会えば?』
〇〇「えぇ……」
風磨『逃げても無理だって』
風磨『どうせまた会うじゃん』
たしかに。
仕事も、
共通の友達も多い。
完全に避けるなんて無理。
〇〇、
洗面台にもたれながら小さくため息。
〇〇「……気まずい」
北斗、
そこでやっと口開く。
北斗「廉は気まずいとか思うタイプじゃねぇだろ」
〇〇「それはそう……」
想像できてしまう。
普通に笑って、
距離詰めてきそう。
そのたび、
また心臓うるさくなるんだろうなって。
〇〇、
顔覆ったまま。
〇〇「……恋愛ってこんなしんどかったっけ」
北斗、
少しだけ笑う。
北斗「今さら知ったのかよ」
その声、
優しかった。
〇〇は顔を洗い終わって、
タオルで適当に拭きながらリビングへ戻る。
北斗はまだ風磨と電話中。
風磨『で?今日どうすんの』
北斗「知らねぇよ」
〇〇「なにが?」
自然に会話入ってくる。
風磨『お、本人きた』
〇〇「だから何の話〜……」
まだ寝起き。
ソファにまた沈み込む。
北斗、
その姿見ながら小さく笑う。
風磨『廉から連絡きそうじゃね?』
その瞬間。
〇〇「っ」
分かりやすく止まる。
北斗、
視線だけ向ける。
〇〇、
何もないフリしてスマホ見る。
……通知なし。
でもその確認してる時点で、
もう意識してる。
風磨『ほら今スマホ見た』
〇〇「見てないし!」
北斗「見てた」
〇〇「北斗まで!?」
二人に言われて、
〇〇クッション抱える。
顔、
また赤い。
風磨『かわい〜』
〇〇「風磨うるさい!」
北斗、
笑いながらベッドから降りる。
キッチン向かって、
冷蔵庫開ける。
北斗「飯どうする」
〇〇「……まだむり」
完全に二日酔い。
風磨『あー昨日飲みすぎだな』
〇〇「絶対みんなのせい……」
北斗「半分はお前」
〇〇「えぇ……」
不服そう。
でもその空気、
なんだかんだいつも通りだった。
ただ一つ違うのは。
〇〇が、
何回も無意識にスマホ見てしまうこと。
そして北斗が、
そのたび気づいてしまうことだった。
キッチンで北斗が水を飲んでる間も、
〇〇はソファでスマホ眺めてる。
開いて。
閉じて。
また開いて。
北斗「……来ねぇな」
ぽつり。
〇〇「えっ」
即反応。
北斗、
冷蔵庫にもたれながら笑う。
北斗「分かりやすすぎ」
〇〇「別に待ってないし!」
風磨『いや待ってるだろ』
電話越しに即ツッコミ。
〇〇「待ってない〜!」
でも声、
ちょっと上ずってる。
北斗、
その感じ見ながら小さく笑う。
その時。
ぶるっ。
〇〇のスマホ震える。
「…………」
空気止まる。
〇〇、
固まる。
風磨『来た?』
〇〇「……し、知らない」
でももう顔に出てる。
北斗、
コップ置きながら見る。
〇〇、
恐る恐る画面確認。
そして。
耳まで真っ赤になる。
風磨『廉?』
〇〇「……」
無言。
完全に図星。
北斗、
胸の奥ちくっとする。
でも表情には出さない。
風磨『なんて?』
〇〇「……“昨日ちゃんと帰れた?”って……」
小さい声。
北斗、
苦笑い。
廉らしい。
重すぎず、
でもちゃんと気にかけてる。
〇〇、
スマホ見つめたまま固まってる。
風磨『返せ返せ〜』
〇〇「えぇ……どう返すの……」
北斗「普通でいいだろ」
〇〇「普通って何!?」
北斗「知らねぇよ」
〇〇「無責任!」
でも。
〇〇の顔、
昨日より少し柔らかい。
困ってるのに、
どこか嬉しそう。
北斗はそれを見て、
静かに視線逸らした。
〇〇「どう返せばいいの……」
スマホ持ったまま、
本気で悩んでる。
風磨『“帰れたよ”でいいじゃん』
〇〇「短すぎない?」
北斗「じゃあ長文送るのかよ」
〇〇「それも違う……」
ぐるぐるしてる。
北斗、
その様子見ながら冷蔵庫閉める。
完全に恋する人の反応。
本人だけまだ慣れてない。
風磨『かわいいなほんと』
〇〇「やめて!!」
顔真っ赤。
その時。
またスマホ震える。
〇〇「えっ」
慌てて見る。
廉から追加。
『二日酔い大丈夫?』
『〇〇途中からふにゃふにゃだったやん笑』
〇〇「〜〜〜っ」
クッションに顔埋める。
北斗、
思わず笑ってしまう。
風磨『終わりだ』
風磨『廉、完全に距離詰めにきてる』
〇〇「無理無理無理……」
スマホ抱えたまま暴れてる。
北斗「落ち着け」
〇〇「だってぇ……!」
昨日までなら、
こんなに意識してなかった。
でも今は違う。
“好き”って言われたあとだから。
一つ一つの言葉で、
心臓が反応してしまう。
風磨『で、返事は?』
〇〇「……」
また止まる。
北斗、
静かにその横顔見る。
〇〇、
ほんとに悩んでる。
でもその顔、
嫌そうじゃない。
むしろ。
大事にしたいみたいな顔。
北斗、
小さく息吐く。
北斗「……“大丈夫”って送っとけ」
〇〇「……それだけ?」
北斗「十分だろ」
〇〇、
少し迷って。
結局。
『大丈夫だよ〜』
『昨日ありがとう』
送信。
送った瞬間。
〇〇「……送っちゃった」
風磨『女子高生か』
北斗「今さら」
でも二人とも少し笑う。
その直後。
既読。
早い。
〇〇「はやっ」
そしてすぐ返信。
『よかった』
『今日休み?』
〇〇「…………」
また固まる。
風磨、
電話越しで爆笑。
北斗は静かに、
コップの水を飲み干した。
〇〇「……今日休み?だって……」
スマホ見つめたまま停止。
風磨『誘われるぞ〜』
〇〇「やだやだやだ無理!」
北斗「うるせぇ朝から」
でも、
〇〇の動揺すごすぎて少し笑う。
〇〇「どうしよう……」
風磨『会えば?』
〇〇「急すぎるって!」
風磨『昨日告白されてんだから今さらだろ』
〇〇「っ……!」
また赤くなる。
北斗、
その反応見ながら視線落とす。
廉の名前だけで、
こんな顔するようになったんだなって。
その時。
また通知。
『もし空いてたら昼飯でも行く?』
「…………」
風磨『来たーーー!』
〇〇「むりむりむり!!」
クッション抱えて転がる。
北斗「落ち着けって」
〇〇「だって昨日の今日だよ!?」
〇〇「絶対気まずいじゃん!」
風磨『廉は気まずいと思ってない』
〇〇「それが怖いの!」
北斗、
ちょっと笑う。
たしかに。
廉はこういう時、
真っ直ぐ来るタイプ。
逃げ道あんまくれない。
〇〇、
スマホ見ながら小さい声。
〇〇「……でも会いたくないわけじゃない」
「…………」
風磨『はい好き〜』
〇〇「うるさいっ!!」
北斗、
その言葉に少しだけ胸が重くなる。
でも同時に、
納得もしてしまう。
会いたいんだ。
もう。
〇〇自身、
ちゃんと。
北斗「……行けば」
ぽつり。
〇〇、
ゆっくり北斗見る。
北斗「悩んでる時点で答え出てるだろ」
優しい声。
〇〇、
少しだけ黙る。
そのあと。
スマホぎゅっと握って、
小さく息吐いた。
〇〇「……行こうかな」
風磨『うわ〜始まった』
北斗、
笑いながらも。
胸の奥だけ、
静かに苦しかった。
〇〇「……でも何着てけばいいの」
ソファで頭抱える。
風磨『そこ!?』
北斗「早ぇな悩みが」
〇〇「だって大事じゃん!」
さっきまで“無理!”って騒いでたのに。
もう会う前提になってる。
風磨、
電話越しで笑い止まらない。
風磨『完全にデートじゃん』
〇〇「デートじゃないし!」
北斗「昼飯だろ」
〇〇「そう!昼飯!」
でも耳赤い。
全然説得力ない。
北斗、
キッチンでコーヒー淹れながらその様子見てる。
なんかもう、
見てるだけで全部分かる。
〇〇、
本気で廉のこと気になり始めてる。
その時。
スマホまた震える。
〇〇「えっまた!?」
廉から。
『無理なら全然気にしないで』
『ただ顔見たかっただけ笑』
「…………」
〇〇、
完全停止。
風磨『うわ〜〜〜』
風磨『廉うま』
北斗、
静かに目伏せる。
“顔見たかった”。
そんなの、
好きな相手に言われたら無理だろ。
〇〇「……ずるい」
ぽつり。
昨日も言ってた。
廉はずるい。
真っ直ぐで、
優しくて、
ちゃんと欲しい言葉言ってくる。
〇〇、
スマホ抱えながら小さく笑う。
その顔、
昨日よりずっと柔らかい。
北斗、
コーヒー飲みながらその横顔見てる。
苦しい。
でも。
〇〇がこんな顔するなら、
廉でよかったとも思ってしまう。
風磨『で、返事は?』
〇〇「……行くって送る」
北斗、
小さく息吐く。
〇〇、
指止めながら何回も文章消して。
結局。
『じゃあ少しだけなら!』
送信。
数秒後。
既読。
『やった』
『迎え行く』
〇〇「迎え!?!?!?」
また叫ぶ。
風磨、
電話越しに爆笑。
北斗は静かに笑いながら、
少しだけ視線を逸らした。
〇〇「迎えってなに!?!?」
スマホ持ったまま大混乱。
風磨『廉ノリノリじゃん』
北斗「まぁあいつそういうとこある」
〇〇「えぇぇどうしよう……」
ソファでぐるぐる転がる。
完全にキャパオーバー。
でも。
顔は隠せないくらい赤い。
風磨『何時って聞けよ』
〇〇「待って心の準備が……」
北斗、
その様子見ながら苦笑い。
昨日まで、
廉のこと“昔付き合ってた人”だったのに。
今はもう、
一言で全部振り回されてる。
〇〇「北斗ぉ……」
急に助け求めるみたいに見る。
北斗「なんだよ」
〇〇「どうしたらいい」
北斗「知らねぇよ」
即答。
〇〇「冷たい!」
北斗「自分で決めろ」
〇〇「うぅ……」
風磨『北斗絶対面白がってるだろ』
北斗「まぁ少し」
〇〇「最悪……」
でも北斗、
ちゃんと分かってる。
〇〇が本気で悩んでること。
そして、
嬉しいのも。
その時。
また廉から通知。
『昼過ぎ迎え行くわ』
『〇〇ん家行けばいい?』
「…………」
〇〇「っ!!!」
固まる。
風磨『家来るってよ』
〇〇「無理無理無理!!」
北斗、
スマホ見ながら少し考える。
今ここ、
北斗と同居中の家。
廉も知ってるけど。
実際来るとなると、
また話変わる。
〇〇「どうしよう北斗ぉ……」
半泣き。
北斗、
少し笑って。
北斗「別に普通に来ればいいだろ」
〇〇「普通じゃないもん!」
風磨『たしかに元カレが今同居してる家来るの情報量やばい』
〇〇「そうなの!!」
北斗、
そこでやっと少し黙る。
……たしかに。
状況だけ聞くと、
かなり複雑だ。
でも廉は多分、
そこ気にしてない。
むしろ真正面から来る。
北斗「……まぁでも」
〇〇を見る。
北斗「廉なら逃げねぇだろ」
〇〇、
その言葉に少し静かになる。
廉はずっと、
そういう人だった。
〇〇「……どうしようほんとに」
スマホ抱えたまま、
ソファに沈み込む。
風磨『もう腹括れ』
〇〇「簡単に言わないで!」
北斗、
キッチンから戻ってきて、
〇〇の前に水置く。
北斗「とりあえず飲め」
〇〇「……ありがと」
素直に受け取る。
でも頭の中、
完全に廉でいっぱい。
迎え来る。
しかも家まで。
それだけで、
心臓ずっと落ち着かない。
風磨『何着るか決めた?』
〇〇「まだ……」
風磨『北斗選んでやれよ』
〇〇「え」
北斗「は?」
風磨『同居人だろ』
〇〇「なんでそうなるの!」
でも。
〇〇、
ちょっとだけ北斗見る。
〇〇「……変じゃないやつ選んで」
北斗、
数秒黙ってから笑う。
北斗「結局頼るんかい」
〇〇「だって分かんないもん……」
その感じ、
昔から変わらない。
大事な時ほど、
北斗に助け求めてくる。
風磨『北斗複雑すぎる立場だな』
北斗「今さらだろ」
苦笑い。
その時。
インターホンの画面に、
警備スタッフから通知入る。
北斗、確認して。
北斗「……荷物来た」
〇〇「荷物?」
北斗「昨日頼んでたやつだろ」
〇〇「あ」
思い出す。
二人で頼んだルームウェア。
完全に生活用品。
風磨『ほんと夫婦みたいだなお前ら』
〇〇「違うから!」
北斗、
静かに立ち上がる。
でも心のどこかで、
思ってしまう。
こんな生活、
ずっと続く気がしてた。
〇〇が隣にいて。
くだらないことで笑って。
たまに喧嘩して。
それが当たり前だと思ってた。
でも今。
その日常の中に、
廉が入ってきてる。
北斗が荷物受け取って戻ってくる。
大きめの段ボール。
〇〇「あ、それ!」
ソファから身乗り出す。
北斗「昨日のお前テンション高かったな」
〇〇「だってかわいかったもん」
風磨『何買ったの』
〇〇「ルームウェア!」
風磨『ほんと同棲カップルじゃん』
〇〇「違うってば!」
北斗、
段ボール開けながら苦笑い。
中には色違いのルームウェア。
〇〇が選んだやつ。
〇〇「北斗これ絶対似合う〜」
嬉しそうに取り出す。
その顔、
ほんと楽しそう。
北斗、
自然に笑ってしまう。
こういう時間、
好きだった。
何気ない朝。
一緒に生活してる感じ。
恋人じゃないのに、
恋人みたいな距離。
でも。
その時、
〇〇のスマホまた震える。
空気変わる。
〇〇「……っ」
反応、
早すぎる。
廉。
『何時くらいなら大丈夫?』
〇〇、
数秒スマホ見つめる。
その横顔、
少し緊張してる。
でも嬉しそう。
北斗、
その表情見て。
胸の奥、
静かに締め付けられる。
風磨『もう完全にデート前じゃん』
〇〇「うぅ……」
北斗、
段ボール閉じながらぽつり。
北斗「昼過ぎなら大丈夫じゃね」
〇〇、
ゆっくり北斗見る。
北斗「どうせお前準備時間かかるし」
〇〇「……たしかに」
風磨『北斗協力的すぎる』
北斗「うるせぇ」
笑いながら返す。
でも。
自分で言ってて、
少し苦しかった。
〇〇、
スマホに返信打ち始める。
『13時くらいなら!』
送信。
数秒後。
『了解』
『楽しみにしてる』
〇〇「……っ」
また真っ赤。
風磨『終わったな』
〇〇「終わってない!」
北斗、
そんな〇〇見ながら小さく笑う。
でもその笑顔、
少しだけ寂しかった。
〇〇「……とりあえず準備しよ」
スマホ持ったまま立ち上がる。
風磨『がんばれ〜』
〇〇「だからまだ頑張ってない!」
そのまま洗面所へ向かう。
少しして。
〇〇「……やっぱ無理〜」
洗面所から声。
北斗「何が」
〇〇「メイクしづらい!」
北斗、
思わず笑う。
元々ここ、
完全に北斗一人用の家。
男一人で住む前提。
だから洗面所もシンプルで、
ドレッサーなんか当然ない。
今はそこに、
〇〇の化粧品が大量に並んでる。
スキンケア。
ヘアアイロン。
リップ。
クレンジング。
気づけば、
北斗の家なのに、
〇〇の物が普通に馴染んでた。
北斗、洗面所覗く。
〇〇は前髪留めて、
狭い洗面台の鏡の前でしゃがみながらメイク道具広げてる。
〇〇「見てこれ」
〇〇「置く場所なさすぎ」
北斗「知らねぇよ」
〇〇「男の家って感じする……」
風磨、
電話越しで笑う。
風磨『実際男の家だろ』
〇〇「今は半分私のだから」
北斗「勝手に増やすな」
でも否定しきれない。
ソファには〇〇のブランケット。
浴室には〇〇用のシャンプー。
クローゼットにも服。
もう、
生活の中に自然にいる。
〇〇「ねぇアイライン曲がってない?」
北斗「分かるわけねぇだろ」
〇〇「適当!」
風磨『北斗メイク分からなそう』
北斗「分かんねぇよ」
〇〇、
鏡見ながら小さくため息。
〇〇「ちゃんとしたドレッサーほしい……」
北斗「買えば」
〇〇「置く場所ないじゃん」
北斗、
少し黙る。
確かに。
元々一人用の部屋。
二人暮らし想定してない。
でも。
その“二人”が、
いつの間にか当たり前になってた。
〇〇「コンタクト入れてくる〜」
そう言って、
洗面所の奥へ消える。
一瞬、
北斗と風磨だけになる。
風磨『……お前らほんと自然だな』
北斗「何が」
風磨『生活』
北斗、
ソファにもたれながら小さく息吐く。
風磨『もう〇〇完全に住んでるじゃん』
北斗「まぁ……ほぼな」
最初は一時的だった。
ストーカーが落ち着くまで。
警備体制整うまで。
そういう話だったのに。
気づけば、
何ヶ月も経ってる。
風磨『慣れんの怖くね?』
「…………」
北斗、
少し黙る。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
でも、
今さら離れて生活する方が想像できなかった。
北斗「……今さらだろ」
風磨『いや絶対キツいって』
風磨『この状態から廉と復縁したら』
その言葉。
北斗、
静かに目伏せる。
リビングに、
〇〇の私物たくさんある。
マグカップも。
ブランケットも。
ヘアゴムも。
全部、
当たり前になってた。
でももし、
廉とちゃんと付き合うことになったら。
いつか、
ここから出ていく。
その未来、
普通にありえる。
風磨『お前耐えられる?』
北斗「……知らねぇ」
小さい声。
正直、
考えたくなかった。
風磨『昨日さ』
風磨『廉、かなり本気だったぞ』
北斗「分かってる」
風磨『〇〇も満更じゃない』
北斗、
苦笑い。
それも分かってる。
今だって、
洗面所で多分、
何着ようとか悩んでる。
廉に会うために。
その事実だけで、
胸苦しい。
風磨『……告白しないの?』
突然。
北斗、
止まる。
洗面所から、
〇〇の「あ゛ー!」って声聞こえる。
多分コンタクト失敗した。
北斗、
思わず笑う。
そのあと。
北斗「……今の関係壊したくねぇよ」
ぽつり。
風磨、
少し黙る。
北斗「隣にいるのが普通になりすぎてる」
その言葉、
自分で言って少し苦しくなる。
好きって言って。
もし困らせたら。
もし離れられたら。
それが一番怖かった。
風磨『……でもさ』
電話越しの声、
少し真面目になる。
風磨『その“普通”っていつまで続くと思ってんの』
北斗「……」
風磨『〇〇、恋し始めてんじゃん』
言葉、
静かに刺さる。
北斗は何も言えない。
昨日から、
全部見てるから。
廉の一言で赤くなって。
通知来るだけでそわそわして。
会うって決めたあと、
あんな嬉しそうな顔してる。
もう、
始まってる。
風磨『お前が黙ってても』
風磨『状況は変わるぞ』
北斗、
ソファに深くもたれる。
その時。
洗面所から。
〇〇「北斗ー!」
北斗「んー?」
〇〇「コンタクトどっかいった!」
北斗「知らねぇよ」
〇〇「助けてぇ〜!」
風磨、
向こうで笑ってる。
風磨『ほんと夫婦』
北斗「違ぇって」
言いながらも、
北斗は立ち上がる。
洗面所覗くと。
〇〇、
片目だけコンタクト入って、
変な状態。
〇〇「見えない〜……」
北斗「何してんだよ」
洗面台の下覗く。
すぐ見つかる。
北斗「ほら」
〇〇「あった!」
嬉しそう。
その顔見て、
北斗また自然に笑ってしまう。
風磨『北斗』
電話越し。
風磨『お前もう手放せないじゃん』
「…………」
北斗、
一瞬止まる。
〇〇は気づかず、
鏡と格闘中。
でも。
風磨の言葉、
否定できなかった。
もうとっくに、
生活の一部だった。
〇〇がいること。
笑うこと。
隣にいること。
それがなくなる未来、
想像しただけで苦しい。
北斗「……うるせぇ」
小さく返す。
でも声、
少し掠れていた。
〇〇「入った!!」
やっとコンタクト成功。
鏡見ながら、
満足そうに笑う。
北斗「朝から騒がしい」
〇〇「北斗が冷たいから!」
風磨『北斗優しくしたれよ〜』
北斗「十分してる」
〇〇「してない!」
即反論。
でもそのやり取り、
もう完全にいつもの空気。
〇〇は何も気づいてない。
北斗がどれだけ、
この日常に依存してるか。
その時。
〇〇「ねぇ今日どの服がいいと思う?」
クローゼット開けながら聞いてくる。
北斗、
少し止まる。
……廉に会うための服。
頭では分かってる。
でも実際聞かれると、
地味にくる。
風磨『きたきた』
〇〇、
服を二つ持ってくる。
〇〇「こっちとこっちなら?」
北斗「……」
真剣に見てしまう自分が嫌になる。
〇〇は元が綺麗だから、
何着ても似合う。
でも。
廉が好きそうなのは、
多分こっち。
北斗「……右」
〇〇「ほんと?」
北斗「廉ああいうの好きそう」
言った瞬間。
自分で少し胸痛くなる。
〇〇、
一瞬だけ止まって。
そして。
〇〇「……そっか」
小さく笑う。
その顔、
少し照れてる。
風磨『北斗えぐ』
北斗「うるせぇ」
〇〇はそのまま服抱えて、
部屋へ戻っていく。
その背中見ながら。
風磨『お前さぁ』
風磨『自分で恋応援してどうすんの』
北斗、
ソファへ戻りながら苦笑い。
北斗「……別に応援してねぇよ」
風磨『してるようなもんだろ』
北斗「……」
否定、
できなかった。
でも。
〇〇が嬉しそうなら、
それでいいって思ってしまう。
それがもう、
北斗の中で癖みたいになってた。
部屋のドアが閉まる。
〇〇、
着替え始めたんだろう。
リビングには、
北斗と風磨だけ。
風磨『なぁ』
北斗「ん」
風磨『お前ほんとそれで後悔しない?』
静かな声。
北斗、
少し黙る。
風磨『好きなやつが他の男のために服選んで』
風磨『それお前が手伝ってんだぞ』
北斗「……分かってる」
苦笑い。
自分でも、
何してんだろって思う。
でも。
〇〇が困ってたら、
結局助けたくなる。
笑ってほしい。
安心してほしい。
その気持ちが先に来る。
風磨『優しすぎんのも罪だぞ』
北斗「お前朝から重いな」
風磨『お前が重いからだろ』
その時。
部屋のドア、
少し開く。
〇〇「……ねぇ」
北斗、
反射でそっち見る。
〇〇、
半分だけ顔出してる。
〇〇「この服変じゃない?」
北斗、
一瞬止まる。
選んだ服、
ちゃんと着てる。
ゆるめだけど大人っぽい。
〇〇の綺麗さ、
余計目立つ。
北斗「……別に」
〇〇「その“別に”信用ない」
風磨『かわいい?って聞いてんだよ』
北斗「お前黙れ」
〇〇、
少し不安そう。
北斗、
数秒見たあと。
北斗「……似合ってる」
〇〇「ほんと?」
北斗「うん」
〇〇、
ぱっと笑う。
その笑顔。
北斗、
一瞬だけ目逸らす。
やっぱり、
好きだなって思ってしまった。
風磨『はい北斗終了〜』
北斗「切るぞほんと」
風磨、
向こうで笑ってる。
でも次の瞬間。
インターホン鳴る。
「…………」
リビング、
一瞬静かになる。
〇〇「……え」
北斗、
時計見る。
まだ少し早い。
でも。
〇〇の顔、
一気に緊張していく。
廉だって、
すぐ分かった。
ピンポーンの音が止んで、
すぐにエレベーターの到着音がする。
廊下の気配が近づいてくる。
北斗がオートロックを解除したあとも、
〇〇はソファから立ち上がったまま固まっていた。
玄関のモニターには廉。
軽く手を振ってる。
〇〇「……来た」
小さく呟く。
北斗「下だな」
北斗が解除ボタンを押す。
ガチャ、とロックが外れる音。
風磨『お、始まるな〜』
電話越しの声に、北斗は即「うるせぇ」と返す。
でも目は玄関から離れない。
〇〇は一度ソファに座り直したあと、
またすぐ立ち上がる。
落ち着かないまま、
クローゼットの前に行って服を触る。
北斗「お前、どこ行くんだよ」
〇〇「……玄関」
北斗「靴くらい履け」
〇〇「うん」
返事だけはいい。
でも動きが全部ふわふわしてる。
北斗はその様子見ながら、
ため息混じりにキッチンへ寄る。
その間に。
カン、カン。
廊下に足音。
エレベーターが止まった音のあと、
真っすぐこっちへ来る気配。
そして。
インターホン。
北斗がドアを開ける。
廉「おはよ」
北斗「おう」
短いやり取り。
廉は一歩中を見て、
すぐ〇〇の方に視線を向ける。
その瞬間。
〇〇はまだ玄関の中で、
靴も履かずに立っている。
でも——
次の動きが早い。
〇〇「……あ、ごめん」
そう言うと、
サッと靴を持って玄関へ戻る。
履きながら、
ちらっと廉を見る。
目が合う。
廉「急がなくていいのに」
〇〇「いや、なんか……」
言いかけて止まる。
廉はそのまま、
靴を脱がずに玄関で立ってる。
入ってこない。
ただ、
ちゃんと待ってる。
〇〇が整うのを。
その距離感。
近いのに、
押し込んでこない。
〇〇は靴のかかとを直しながら、
少しだけ呼吸整える。
北斗はその横で、
何も言わずに見ている。
風磨『……これやばいな』
電話越しの声が消えた玄関に、
妙に響いた気がした。
北斗は小さく息を吐いて、
リビングへ戻る。
その背中の先で。
〇〇がやっと靴を履き終えて、
廉の方へ一歩近づいた。
〇〇「……お待たせ」
小さくそう言って、
ようやく廉の隣まで歩く。
廉「全然」
即答。
そのまま軽く視線を落として、
〇〇の靴を一瞬だけ見る。
ちゃんと履けてるのを確認してから、
ようやく少しだけ笑う。
廉「行こっか」
〇〇「うん……」
短い返事。
でも声はさっきより少し落ち着いてる。
北斗はリビングの入り口からその様子を見ている。
邪魔にならない位置。
でも目は外さない。
風磨『なぁこれさ』
電話越し、まだ切れてなかったらしい声が聞こえる。
北斗「……うるせぇ」
風磨『完全に“行ってきます”の空気じゃん』
北斗「黙れって」
でも否定できない。
玄関の二人は、
もう“並んでる”。
廉が先にドアに手をかける。
その前で少しだけ振り返る。
廉「じゃあ行ってくる」
北斗「おう」
〇〇は一瞬だけ迷ってから、
小さく会釈するみたいに頷く。
〇〇「……いってきます」
その言い方。
どこに向けたのか曖昧で、
でもちゃんとここを出ていく人の声だった。
北斗は一瞬だけ止まる。
廉は軽く笑って、
ドアを開ける。
外の光が入ってくる。
〇〇はその光に少し目を細めながら、
一歩踏み出す。
その直前。
ほんの一瞬だけ、
リビングの方を見た。
北斗と目が合う。
言葉はない。
でも、
その一瞬で十分だった。
北斗は小さく手を上げる。
〇〇は少しだけ笑って、
そのまま廉と一緒に外へ出ていく。
ドアが閉まる音。
カチャン。
静寂。
北斗はしばらく動かないまま、
その音だけを聞いていた。
風磨『……お前さ』
北斗「切るぞ」
風磨『いや切るなって今の——』
通話を切る。
静かになった部屋。
北斗はゆっくりリビングへ戻る。
さっきまで〇〇がいたソファ。
ブランケット。
コップ。
残った気配だけが、
やけにリアルだった。
北斗side。
ドアが閉まったあとの音が、
まだ耳の奥に残ってる。
カチャン。
それだけなのに、
やけに重い。
北斗はしばらく玄関に立ったまま動かなかった。
さっきまでそこにいたはずの〇〇の気配が、
もう少しずつ薄れていくのが分かる。
北斗「……行ったな」
誰に言うでもなく呟く。
リビングに戻る。
ソファには、
さっき〇〇が座ってた跡。
テーブルには水のコップ。
洗面所の方には、
化粧品がまだ広がってる。
全部そのままなのに、
“いない”だけで空気が違う。
北斗はキッチンに寄って、
コップを洗い流す。
水の音がやけに大きい。
風磨の言葉がふと浮かぶ。
『お前もう手放せないじゃん』
北斗「……うるせぇな」
小さく笑う。
でも否定はできない。
この数ヶ月で、
この家はもう“北斗の家”だけじゃなくなってた。
〇〇がいる前提で回ってた。
笑って。
騒いで。
寝て。
帰ってきて。
それが全部、
当たり前だった。
北斗はシンクに手をついたまま、
しばらく黙る。
頭の中に浮かぶのは、
さっきの玄関。
廉の隣に立った〇〇。
少し緊張して。
でもどこか嬉しそうで。
北斗「……あれでいいんだよな」
自分に言い聞かせるみたいに。
〇〇がちゃんと前に進めるなら。
廉の方を見て、
また笑えるなら。
それでいいはずだ。
そう思うのに。
胸の奥だけが、
ずっと静かにざわついている。
北斗は冷蔵庫を開ける。
中身を見て、
何も取らずに閉める。
やることは全部いつも通りなのに。
一つだけ足りない。
北斗「……静かすぎんだよ」
ぽつり。
返事はない。
ただ、
広い部屋の空気だけがそこにあった。
北斗は冷蔵庫の前でしばらく動かなかったあと、
ようやくコーヒーを淹れる。
お湯を注ぐ音だけが部屋に広がる。
静かすぎる。
いつもなら、
ここで〇〇が「それ私の?」とか言ってくる。
ソファから顔だけ出して。
適当にテレビつけて。
どうでもいいこと喋って。
その“雑音”があったはずなのに。
今はない。
北斗「……変だな」
マグを持ってリビングへ戻る。
ソファに座る。
テーブルにはまだ〇〇のコップ。
無意識にそれを見てしまう。
さっきまで普通にいたのに。
もういない。
風磨の声がまた頭に浮かぶ。
『手放せないじゃん』
北斗「……だからうるせぇって」
小さく笑う。
でもその笑いは長く続かない。
スマホが鳴る。
画面を見ると、
風磨からのメッセージ。
『ちゃんと見送った?』
北斗は一瞬見つめて、
既読だけつける。
返さない。
代わりにコーヒーを一口飲む。
苦い。
いつも通りの味なのに、
今日はやけに強い。
その時。
視線が自然と玄関に向く。
そこにはもう誰もいないのに、
まださっきの光景が残っている気がする。
〇〇が靴を履いて。
廉の隣に立って。
「いってきます」って言った声。
北斗「……いってきます、か」
小さく繰り返す。
それはこの家の言葉じゃない。
“帰ってくる前提”の言葉。
でも今は違う方向に向かっている。
北斗はコーヒーを置いて、
背もたれに沈み込む。
天井を見上げる。
何もない天井。
でも頭の中だけがうるさい。
あのままでよかったのか。
いや、
それしかなかったはずだ。
守るって決めた。
傷つけないって決めた。
だから今の形が一番正しい。
それなのに。
胸の奥だけが、
妙に静かじゃない。
北斗「……厄介だな」
ぽつり。
その言葉は誰にも届かないまま、
広い部屋に落ちていった。
北斗はコーヒーを一気に飲み干して、
マグを流しに置く。
静かすぎる部屋。
それに慣れないまま、
鍵を手に取る。
北斗「……仕事行くか」
誰に言うでもなく呟いて、
家を出る準備を始める。
鏡の前で軽く髪を整える。
そこに映るのはいつも通りの自分。
でも、
どこかだけが少しだけ違う。
さっきまでそこにいた“日常”が抜け落ちてる感じ。
エレベーターに乗る。
無機質な下降音。
オートロックを抜けた瞬間、
外の空気が入ってくる。
朝というにはもう遅い時間。
日差しは強いのに、
妙に冷たい。
北斗はサングラスをかけて車へ向かう。
移動中も、
特に何も考えてないようでいて。
頭の片隅はずっと同じ場所を回っていた。
〇〇の「いってきます」。
廉の横に立ってた姿。
仕事現場に着く。
スタッフの声。
「おはようございます」
「北斗くん、お願いします」
いつも通りの世界。
カメラ前に立てば、
何も変わらない顔を作れる。
笑って。
話して。
振る舞って。
プロとしての自分は、
ちゃんとそこにいる。
でも休憩に入った瞬間。
椅子に座ってスマホを見ても、
特に通知はない。
当然だ。
まだ数時間前に出ていったばかり。
それなのに。
北斗は画面を閉じる。
「……早いな」
ぽつり。
時間が進むのがやけに遅く感じる。
いつもなら、
昼にはもう〇〇が何かしら送ってくる。
「お腹すいた」とか。
「何してる?」とか。
どうでもいい連絡。
それが今日はない。
北斗は窓の外を見る。
撮影スタッフの声が遠くで響く。
頭では仕事に戻れる。
でも心のどこかだけが、
ずっと朝の玄関に残ったままだった。
ーーーーーーーーー
〇〇side。
マンションを出るとすぐ、
建物の前に黒い車が停まっている。
警備付きの送迎車。
見慣れてきたはずなのに、
まだ少しだけ身構える。
運転席の横にスタッフがいて、
軽く会釈する。
「お願いします」
〇〇「……お願いします」
小さく返して、後部座席へ。
ドアが閉まる音。
そのあとすぐ、
もう一人乗り込んでくる気配。
廉。
助手席ではなく、
同じ後部座席に座る。
一瞬だけ空気が変わる。
でも、前よりは静か。
廉「ここ乗るの久しぶりかも」
〇〇「そうだっけ」
廉「うん、昔はよくこうやって移動してたよな」
「…………」
その“昔”に、
少しだけ引っかかる。
でも〇〇はそれを飲み込む。
車はゆっくりと流れていく。
窓の外の景色が、さっきのマンションからどんどん遠ざかる。
廉「今日どこ行く?」
〇〇「え、どこでもいいよ」
廉「ほんま?ほな俺が決めるで」
関西弁。
その言い方が自然すぎて、昔のままみたいに聞こえる。
〇〇「……うん」
短く返す。
廉「昨日ちゃんと寝れた?」
〇〇「うん、まぁ……」
廉「そっか。二日酔いは?」
〇〇「大丈夫」
廉「よかったわ」
軽い笑い混じり。
優しいのに、押し付けがない距離。
普通なら安心するはずなのに。
〇〇の頭の中は少しだけ別のところに引っ張られていた。
北斗の家。
静かな朝。
ソファの跡。
洗面所の散らかったメイク道具。
あの空気。
〇〇(……なんでだろ)
廉の隣にいるのに、
ちゃんとここにいるのに。
少しだけ落ち着かない。
廉「なぁ」
〇〇「ん?」
廉「今日、何食べたい?」
〇〇「なんでもいいってば」
廉「ほんまそれ一番困るやつやねんけど」
少し笑う声。
関西弁のままの軽さ。
それが優しいのに、
少しだけ距離を近く感じさせる。
〇〇「じゃあ……任せる」
廉「任された」
即答。
そのまま少しだけ間。
廉はスマホを見ながら、
何か店を探している。
〇〇は窓の外を見る。
車は大通りへ入る。
日差しが強い。
でも胸の中は、少し曇っている。
廉の関西弁は変わらない。
優しいのも変わらない。
なのに。
さっき北斗の家で感じていた“いつもの空気”が、
なぜかまだ頭から離れなかった。
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みぅです🧸🤍 読んだ。 ずっと読んでた。 さっきまで北斗の方でキス、今度は〇〇が廉と会いに行く流れ…… 急に動き出した日常の“静けさ”が、北斗の表情以上に刺さる。 特に、玄関で「いってきます」って言った〇〇。 あの一言、北斗の家を“前提”にしてるからこそ、これから向かう先があるんだなって思った。 “帰る場所”が変わっていく怖さと優しさが同時にあって、胸が苦しくなった。 風磨の「もう手放せないじゃん」にも全部詰まってた。 リングにいちごみるくさん、この距離感、ほんとに繊細で…好きです。 続き、ゆっくり待ってます🌙