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好きすぎるんだが!! あなた神か!!!
なんんか色々内容おかしいです!
1「放課後とフェアリーテイル」
「なあ、りうら。フェアリーテイルって知ってるか?」
その日、初兎は屋上の手すりにもたれて、空を見上げていた。曇り空の隙間から射し込む夕陽が、彼の横顔を淡く照らしている。
「おとぎ話、だろ? なんでいきなり」
俺はそう答えながら、少し遅れて屋上に出た。ほとけもすぐ後ろにいたはずだ。
「いや、ふと思っただけや」
初兎は笑った。その声は、どこか遠くを見ているようだった。
「おとぎ話ってさ、だいたいハッピーエンドやん。でも現実は……そう簡単にはいかんやろ?」
「そうだね。でも、俺は信じてるよ。人の想いが強ければ、現実だって変えられるって」
ほとけが真面目な声で答えると、初兎はいつものように軽く笑った。
「ほとけ、ほんま名前に合ってんなあ。真面目すぎて、損してるんちゃう?」
「それ、褒めてる?」
「さあな。どっちやろな」
そんな会話が、何気ない日常だった。三人でつるむようになって半年。教室ではあまり目立たない俺たちが、屋上では思いきり笑って、たまに真剣なことも話す。そんな時間が、いつまでも続くと思っていた。
でも——
その”いつまでも”は、ある日突然、終わりを告げた。
翌週の月曜。初兎は、学校に来なかった。
「……え?」
最初は風邪でもひいたのかと思った。でも、次の日も、その次の日も来ない。
そして、水曜の放課後。
「りうら……」
ほとけが、俺の机にやってきて、静かに言った。
「初兎、転校するって。家庭の事情で、もう来ないんだって」
言葉が出なかった。
ただ、スマホに届いていた一通のLINEだけが、胸の奥に重く残っていた。
「しばらく連絡すんなや。ほなな」
短いその一文が、どれだけの想いを抱えていたのか。
そのときの俺には、まだわからなかった——。
「いなくなった日々」
初兎が転校して、春が終わった。
教室の中から、あいつの姿がすっかり消えて、それでも最初のうちはどこかで信じていた。すぐ帰ってくるんじゃないか、って。冗談みたいに、また屋上でいつもの顔して笑ってるんじゃないか、って。
でも——
「……やっぱ来ないか」
曇った空を見上げてつぶやくと、隣でほとけが静かにうなずいた。
「一ヶ月、だね。早いな」
「遅ぇよ……」
思わずこぼれた言葉に、自分でも驚いた。初兎のいない放課後が、こんなに静かで、つまらなくて、何より重たいなんて。
「ねえ、りうら」
「ん?」
「俺さ、初兎に言いたいこと、たくさんあったのに。……言えなかったなって」
ほとけの声は、静かな風に消えそうだった。
「ほんとはもっと、ちゃんと話したかった。あいつ、あんなふうに突然消えるなんて……ひどいよ」
「……ほんとにな」
俺も、同じだった。言いたいことは山ほどあった。けど、それを口にするタイミングは、いつだって「明日」があったから。
「今度言おう」
「またの機会にしよう」
そんなふうに、先延ばしにして——気がついたら、全部遅かった。
***
季節が流れて、秋が来た。
俺とほとけは、二人で過ごすことに慣れてきた。だけど、三人だった時間を思い出すたび、どこかに”欠け”があるようで、笑ってても、ふと沈黙が落ちる瞬間がある。
そんなある日の帰り道。
「ねえ、りうら。覚えてる? 初兎が屋上で言ってたこと」
「フェアリーテイル、か」
「うん。『現実はハッピーエンドばっかちゃう』って」
「……あいつらしいよな」
俺たちの話題に、いつも通り軽口を叩きながらも、誰より人の痛みを知っていたのは、たぶん初兎だった。そう思うと、あの最後の一文が、どれほど彼にとって重かったか……今なら、少しだけわかる気がした。
「でも、俺は信じたい」
ほとけが立ち止まり、前を見て、言った。
「たとえ現実が苦しくても……俺たちの物語は、まだ終わってないって」
「……信じてるさ。俺も」
もう会えなくても。
声が届かなくても。
この物語は、まだどこかで続いてる。そう信じて、今日も歩いていく。
「春風の再会」
三年生になって、あと一ヶ月で卒業——。
制服の袖が少しだけ短く感じるようになった頃。俺とほとけは、例年通り、卒業アルバムの寄せ書きページを見ながら屋上にいた。
「もうすぐ終わりだな」
「……うん」
ふたりとも、誰が言い出すでもなく自然に、あの頃のことを思い出していた。
「初兎も、卒業するのかな。どこかの学校で」
「たぶんな。あいつのことだから……めちゃくちゃやりながらも、ちゃんとやってんだろ」
「……会いたいな」
その言葉に、俺は何も返せなかった。うなずくことすら、どうしてかできなかった。
屋上の扉が、きぃ、と音を立てて開くまでは。
「……よう」
振り返った瞬間、俺は言葉を失った。
黒い制服。少しだけ伸びた髪。
けど、あの声。あの目。あの表情——
「……初兎……?」
ほとけの声が震えた。俺も立ち上がって、一歩踏み出す。
「久しぶりやな。……って、言うてもええか?」
そう言って、初兎は苦笑いした。けど、その笑みは間違いなく、俺たちの知ってる“あいつ”だった。
「なんで……今になって……」
「なんやろな。卒業式、近づいてきて……どうしても、会いたなったんや」
初兎は、懐かしい景色を眺めるように屋上を見回してから、ぽつりと続けた。
「転校してから、何回も連絡しよう思た。でもな、うち、あのとき逃げてもうたやろ。あのままじゃ、向き合えんかった」
「……逃げたって、お前……」
「うん。情けない話や」
初兎は、遠くの空を見ながら、ゆっくり言った。
「けどな、二人のこと、ずっと考えてた。あの時間が、うちにとってどれだけ大事やったか……離れて、初めてわかったんや」
風が吹いた。
春の匂いが、まだ冷たい空気の中に混じって、どこか懐かしかった。
「遅くなったけど……戻ってきたで。もう一回、ちゃんと……三人の物語の続き、始めたい思て」
俺とほとけは、視線を合わせた。
そして、何も言わずに——
俺たちは三人、肩を並べて空を見上げた。
あの日と同じように。
何も変わらず、ここからもう一度始めるように。
「ようこそ、帰ってきたな」
ほとけの声が震えたのは、春風のせいじゃない。
俺の目がにじんだのも、たぶん——それと同じ理由だった。
「もう一度、はじまりを」
再会した日の放課後、俺たちは自然と屋上に集まっていた。あの頃と同じ場所、同じ風。だけど、少しだけ変わった俺たちがいた。
「それで……どこ行ってたんだよ。急に転校して、音信不通で」
俺が口火を切ると、初兎は少し視線を落として、曇った空を見上げた。
「……おとんが倒れてな。店も畳むことになって、うちは母方の親戚んとこ引っ越すことになったんや」
ほとけが眉をひそめる。
「……それ、なんで言ってくれなかったの?」
「言うたら、別れがしんどくなるやろ。うちはずるいから、逃げることしか考えられへんかった。二人に会ったら、泣いてまう思て……」
言い訳なんてひとつも言わない初兎に、俺もほとけも、何も返せなかった。
「でも……」
初兎が続ける。
「それでも、ずっと後悔してた。逃げたまま終わったら、ほんまの意味で“おとぎ話”にもならへんって思って」
「フェアリーテイル……」
俺が呟くと、初兎はうなずいた。
「うちらが信じとった物語やろ? 辛くても、寂しくても、それでも信じて、前に進む話。……ほとけも、そない言うてたやん」
ほとけが目を見開く。
「……覚えてたの?」
「忘れるわけないやろ。せやから今、うちはここにおるんや」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
いなくなったことを責める言葉も、さみしかった想いも、今はすべて過去のことになる気がした。
ただ、今この瞬間、俺たちはまた三人でここにいる。
「……まだ間に合うよな」
俺が言うと、初兎は笑って言った。
「せや。おとぎ話やけど、うちの話はまだ途中や」
「結末は、これから俺たちで作っていけばいい」
ほとけがそっと続ける。
——風が吹く。
冷たさの中に、確かに春の匂いが混じっていた。
「じゃあさ。卒業式、三人で出よう」
俺の提案に、初兎はちょっと驚いた顔をして、それからゆっくりとうなずいた。
「……ああ。やっと、そう言ってもらえた気がするわ」
三人の笑い声が、屋上に響いた。
それは、あの頃と変わらない音だった。
「それはフェアリーテイル。」
卒業式の日。
校門の前には、スーツ姿の保護者たちと、花束を手にした卒業生たちの姿があった。冬の名残を残す風が吹くなか、日差しはどこか春の香りを含んでいて、思い出に浸るにはちょうどいい空気だった。
体育館での式は、あっという間だった。
答辞が終わり、拍手が鳴り響く中、俺はふと隣を見る。初兎は、少し窮屈そうに借りた制服の襟を直して、黙って式次第を見つめていた。
「……あんま、実感ないなあ」
小声でそう言った初兎に、ほとけが笑う。
「そりゃそうだよ。半分くらいしか通ってないじゃん、ここの学校」
「せやな。うち、在籍日数ギリギリやったし」
「でも、来たからには、卒業生だよ」
俺がそう言うと、初兎は目を細めた。
「……ありがとう。二人が誘ってくれへんかったら、こんな場に来る資格ないって、思ってた」
「お前に資格がなかったら、誰にもないよ。俺たち、待ってたんだから」
俺の言葉に、初兎は唇をぎゅっと噛み締めた。
そして、ぽつりと、言った。
「うち……ほんまはな、ずっと怖かってん」
「何が?」
「三人で過ごしたあの日が、うちの中でだけ特別で……二人の中では、もう終わってるんちゃうかって。うちのこと、もう忘れてるんちゃうかって、思ってたんや」
「そんなわけないだろ」
俺は、静かに、でもはっきり言った。
「むしろ、忘れられたのは俺たちのほうだったよ。お前が急にいなくなってさ。残された側がどれだけ……」
言いかけて、声が詰まる。思い出してはいけない感情が、胸の奥から湧き上がってくる。
すると、初兎が、すっと頭を下げた。
「ごめん……」
それは、あの日言えなかった「さよなら」の代わりに、ようやく口にできた謝罪だった。
ほとけが、やさしく続ける。
「でも、ちゃんと戻ってきてくれたから。それで、もう十分だよ。俺たちの物語は、まだ続いてるんだから」
初兎は、静かにうなずいた。
その表情は、あの屋上で初めて見せた真剣な横顔に、どこか似ていた。
***
式が終わり、卒業証書を手にした俺たちは、例によって屋上に向かっていた。
あの場所だけは、最後にもう一度訪れたかった。
「……まだ鍵、開いてるんやな」
「卒業生特権ってやつだな」
鉄の扉を押し開けると、懐かしい風景が目の前に広がった。三年間、変わらなかった校舎の屋上。風の通り道。金網の隙間から見える町の景色。
そして、そこに立つ三人の影。
「なんか……またここに戻ってこれるなんて思ってへんかったな」
初兎が、目を細める。
「うちら、ほんまいろんな話したよな」
「うん。笑ったり、バカなこと言い合ったり……」
「泣いたこともあった」
「俺たちの物語ってさ」
ほとけが、ぽつりと呟く。
「フェアリーテイルみたいだよね。悲しいことも、嬉しいことも、ちゃんと全部混ざってる」
「せやけど、まだ“終わり”にはならへん。これは、途中の章や」
「そうだな。だから……この先もさ、続けていこうぜ。俺たちの“おとぎ話”を」
俺が言うと、初兎とほとけが、同時に笑った。
風が、春のにおいを運んでくる。
空は青く澄んでいて、どこまでも遠かった。
「初兎。あのときお前、言ったよな」
「ん?」
「“現実はハッピーエンドばっかちゃう”って」
「……ああ。言うたな」
「でも、お前が戻ってきてくれた今なら……ハッピーエンド、信じられる気がするよ」
その言葉に、初兎は、涙をこらえながら笑った。
「せやな……うちも、そう思うわ」
三人の笑い声が、空に響く。
どこかで誰かがページをめくるように、新しい風が吹いた。
これは——
現実のなかで、信じ合って、また歩き出した俺たちの。
「それは、フェアリーテイル。」
——そんな物語だった。