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「確かに、書類はいただきました」
目を反らしている幹雄に容赦なくしわがれた声が降って来る。
「もうこれで、松本美晴さんとは赤の他人です。彼女への攻撃や詮索はおやめくださいね。でないと、あなたの秘密を――」
「ああわかってます! わかってますから! 金輪際美晴と関わりは持ちませんから。もうお帰り下さい」
ぞくぞくとするような耳障りの悪い占い師の言葉を遮り、幹雄は彼女たちを追い返した。門を閉めてそそくさと中に入っていく彼の姿を、怪しげな二人はずっと見守っていた。
やがて松本家の門から離れ、巻き髪の女性が言った。「AI音声(美晴さん)の電話、完全にあなたからの電話って信じていたわね」
今回、幹雄が受けた電話は運営事務所から別の者が美晴になりすましたものだ。AIで音声を変え、美晴からの電話だと信じ込ませた。
「そのようですね」占い師が頷いた。
それを見て、巻髪の女性は満足そうに目を細めた。いつもの赤いルージュではなく、ダークベージュの口元が動く。「さあ、アジトへ帰りましょう」
「はい、亜澄さん」
(ありがとう、幹雄さん。あなたが書いた離婚届、確かに受け取ったわ!)
特殊メイクを施し、変声機を仕込んだマスクの下で美晴が笑った。
美晴のリベンジプランのひとつである『記入済の離婚届を手に入れるミッション』はこれにて成功を収めた。
一方、部屋に戻った幹雄は、クソっ、とソファーの椅子を蹴飛ばした。
なぜ脅されるような形で、飼い犬と離婚をしなければならないんだ――負けを認めたようで腹立たしかった。しかし、裁判を起こされて秘密を暴露されるよりはましだろう。
(美晴のヤツ、いったいどこで僕の秘密を握ったんだ…?)
考えてもわからなかった。
(流産の件だというなら、僕は悪くないぞ。あんな程度でダメになるんだから、美晴の身体に不具合があったんだ!!)
うー、と唸り、唇を噛んだ。勝手に美晴と離婚することになり、早急にことを運び過ぎたか、と懸念もされるが自分の決断は最善だったと思われる。
(それにしてもあのババア、ぜんぜん帰ってこないし)
和子が出て行ってから、2時間ほど経つが一向に帰ってくる気配がない。
相談役にもならない役立たず、という認識ができただけだった。
プルルルル プルルルル
美晴と電話した時に腹が立ち、ソファー付近に投げつけたまま放置された幹雄のスマートフォンが鳴った。
見ると画面に『泉先生』と出ている。彼は父の時から付き合いがあり、顔の広い議員の男――泉兼房(いずみかねふさ)だ。彼の事務所の会計を一手に松本会計事務所が引き受けており、互いに便宜を図り合う仲だった。現在父から引継ぎ、兼房の事務所の会計は幹雄が担当していることになっている。しかし幹雄はそれを部下に押し付け、自らはノータッチだ。