テラーノベル
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月の光が静かな寝室に降り注ぐ。今夜は満月で、月はてっぺんを目指してゆっくりと上に上がっていた。
「ゼイン」
「どうした、ペチカ」
「一番に誕生日を祝いたくて来ちゃいました……ああ、えっと、その。はしたないですかね、そういうことだって思われますかね。夜に、婚約者の部屋に来るって」
「いや、うれしい。別に、そういう意味だけじゃないだろうし、ペチカの心遣いに俺は世界一幸せ者だと思える」
窓辺に腰かけ月を見ていた殿下はこちらを向き、いっそうその黄金の髪を輝かせて私に微笑みかけた。ただその動作一つにも心臓がドクンと脈打って恥ずかしくなる。こんなにも好きなんだと全身で殿下を求めている体が恥ずかしくて、隠せなくて、それが伝わっていたらどうしようという気になる。
殿下はゆっくりと立ち上がって私のほうに歩み寄れば、すっと私の髪をすくい上げてそこにキスを落とす。
「今日も、ペチカはきれいだな」
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしげもなくいう殿下に私は振り回されている気分になる。
ついこの間までは、ヘタレ童貞で、焦って感情のまま押し倒して差別発言をしてしまうほどの男だったのに、どうしてこんなに色気をまとってしまったのだろうか。私を抱いたから……女を知ったから? それって逆じゃないかとか、いろいろ考えたけれど、ただ言えるのは、私が彼を好きだと自覚してからいっそ彼が輝いて見えるということ。
恋は盲目。
これじゃあ、コルリス嬢と一緒じゃないかと思うけれど、でも私は殿下の顔だけじゃなくて中身も好きなのだ。ほんとつい最近までは、ただの暴君だったんだけど。昔の彼に戻ってきた気がしてそれが何よりもうれしかった。
「明日ですよね。ゼインの誕生日」
「ああ……ディレンジの消息はつかめないままこの日を迎えてしまったが、それでも貴様に祝われるのなら、その日は何事もなく済めばいいと思っている」
「でも、第二皇子殿下の誕生日でも……」
そう言いかけて私は口を閉じる。殿下にとって一番考えたくもない最悪のことだろうから。
母親の命日で、大嫌いな腹違いの弟の誕生日……これ以上最悪な日はないんじゃないだろうか。けれど、そんな最悪の日を少しでも良かったと思ってもらえるように私は頑張りたい。そのために、殿下と並んでも見劣りしない飛び切りのかわいいドレスを仕立ててもらったんだから。
「フッ、顔が緩んでいるな。何を考えていたんだ?」
「ふふ、ゼインと並ぶためにかわいいドレスを仕立ててもらって……あ! 今の、今のきかなかったことにしてください!」
慌てて口をふさいだが、全部聞かれてしまっていたようだ。殿下のルビーの瞳が丸くなったかと思えば、もうそれはうれしそうにぷっと噴き出して笑うから、恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。
どうも、殿下を前にすると緩んでしまう。最近それが多くて、騎士としての厳格な自分はどこに行ったんだと自分で自分を叩きたくなる。
(気が緩みすぎよ。しっかりして、ペチカ・アジェリット!)
「もうゼインいつまで笑っているんですか!?」
「ああ、かわいくてな。ますます、ペチカがかわいくなっている。俺のせいか?」
「ええ、もう全部ゼインの責任にするので、責任取ってください!」
「一生とる。言われなくても、離す気もないし、貴様の責任は俺がすべて背負う」
「うぅ……そこまで言ってないんですよ、もう。加減というものを……」
殿下も殿下でバカになっている。
ちょっと前までは、パーソナルスペースが広くて近寄りがたかったのに。どうしてこんなにも、許して私殿下の中に入れてくれるのだろうか。殿下は私の肩を引き寄せて、スンと私の髪の匂いを嗅ぐ。くすぐったいからやめてほしいと抗議の声を上げる暇もなく、前髪の上から額にキスを落とされ、声にならない悲鳴を小さく上げる。
「あと、まだまだかわいくないですから。かわいいは禁句です」
「そうか? 十分かわいいが。だが、もっと俺のためにかわいくなってくれるというのであれば大歓迎だが。それに……」
と、殿下は私の手を取ってその甲にもキスを落とす。すっと瞳を向けられればまた脈が速くなっていく。ドキドキしっぱなしだから、この気持ちを殿下にも味わってほしいくらいだった。私みたいで恥ずかしいから。
けれど、その真剣な表情に私は文句を言うことも、否定することもできなかった。
「貴様はもう頑張ったのだから、好きなように生きればいい。かわいくなりたいと思うのなら、そうすればいいし、誰もそれを止めない。ペチカはかわいい女の子だからな」
「ゼイン……」
ずっと前からそう言ってほしかった。
かわいい女の子になりたかった自分を肯定してくれた彼に、私はなんて言葉を返したらいいかわからないほど感動で胸がいっぱいなる。
もういい、とそういってくれるのであれば肩の荷が下りて……でも――
「ゼイン。それはとてもうれしいのですが、まだ一つだけやり残したことがあるのです」
「……今日明日くらい少しは気を抜いても」
「べテルの頭蓋骨が盗まれたらしいのです。私の大切な弟の一部が。お母様と、第二皇子殿下がつながっている話は殿下の耳にも入っていると思いますが」
「ああ、入っている。捜索しているが足取りも……」
すでに他界している弟のことを思うのは変だろうか。もう頑張って眠りについた弟を掘り起こしたお母様も、それを利用しようとしているディレンジ殿下も許せない。弟が安らかに眠れるようになった時が、私のべテルとしての、騎士としての終わりだとも思っている。だからこの問題は絶対に解決しなければならないのだ。
殿下は暗い表情になり、今は考えないでほしいと口にしたが「わかった、そうだな」と納得してくれたように首を縦に振る。殿下の誕生日前日にこんな話をするつもりはなかったのだが、それでも、私がペチカとしての人生を歩んでいくためには、私の手でべテルを眠らせなければならない。それが、お兄様の手によってでも、殿下の手によってでもなく、私自身が……
秒針が、十一時を刻む。殿下の誕生日まで一時間を切ったところで、私たちはソファに座ってその時を待とうかと移動する。暗がりでよく見えないが、月明かりが私たちの足元を照らしてくれる。
「気をつけろよ、何もないとは思うが躓くことも」
「大丈夫です。ゼイン、こう見えて暗闇には目が慣れているので!」
「そうか――っ!」
「ゼイン……!?」
彼の目がぎろりと動き、次の瞬間には危ないと私をかばうように殿下が私を押し倒す。頭を片手で抑えてくれたおかげで、背中に痛みが少し走った程度で済んだが、私たちがその場に伏せたと同時に月明かりが差し込んでいた窓が粉々に砕かれ、床に何本かのナイフが刺さっているのが見えた。それらすべてに毒々しい紫色の液体が塗ってあり、また少しの魔力を感じた。
殿下の部屋は一層頑丈な結界魔法で守られているのに、それをいとも簡単に破壊するなんて……
「ペチカ、けがはないか!」
「大丈夫です。ゼインが守ってくれたので……」
「そうか、それならよかった……チッ」
部屋も囲まれている気配がした。ざっと八人くらい……だが、外にはもっと多くの刺客がいるだろう。それも、ディレンジ殿下の。
(最悪な夜ね……)
誕生日前夜になんて物騒なんだろうかと私は思いつつも、扉が破られるのは時間の問題だと、武器を探す。ちょうどベッドサイドに二本殿下が普段愛用しているものと、予備の剣があり、私はそれをさっと回収し殿下に渡す。
「貴様は、本当に機転が利くな」
「緊急事態に備えて日々鍛錬を積んでいますので」
「こんなところで役に立つとは思わなかっただろう。まして、俺の婚約者としているときに」
「自分の身も、殿下の身も守れる最高の婚約者って言ってください」
ああ、と殿下は言って床に突き刺さったナイフを引き抜くとそれを窓の外へと投げた。ぐっ、うがっ、とうめき声をあげながら外の木の上から刺客たちが落ちていく音が聞こえた。さすがは殿下、百発百中ね、と思いながら、私も靴をしっかりと履きなおす。ひらひらとした睡眠用のドレスは少し邪魔に感じたが、動けないほどでもない。
私は準備ができました、と殿下に言うと殿下は目配せし、私を抱きかかえると、窓に足をかけ、月明かりに照らされた顔をこちらに向けた。瞬間、ドンッと部屋がけ破られ刺客たちが入ってくる。
「ペチカ、今夜は眠れそうにないな」
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