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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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ザァ…

冷たい風が吹き、大きく海が波打つ。

「……お前はなんの為に、僕の傍にいるの」

下を向いて放った言葉に返事は来なかった。

空は曇り、昼だとは思えないほど薄暗い。

僕は唖然としながら海を、目の前の人物を見つめた。

「なんで」

なんで、そんな顔するんだよ。

「…っ」

視界が斜めに傾き、 並行感覚を失う。

全てがぼやけ、暗闇にゆっくりと溶けて消えていく。

「綾っ! ? 」



海を好きになったのは、正直何故か分からない。

最初は確かに、海のことはウザイやつくらいにしか思っておらずあの頃の僕からすればこんなに海の事を好きになるなんて思いもしなかっただろう。

それに、そもそも僕は同性愛者じゃない。否定的に思っていた訳では無かったが、そっちに興味はなかった。

都会にある少し広いあの家から出て、この町に引っ越してきて僕は恋をした。何人目か分からない彼女ができた。

それが穂波だ。なんというか、彼女には運命的な何かを感じた。出会ったその日から僕の心を掴んだ。

凄く可愛いかったとか、優しかったとかそんな理由じゃなくて、何故か会う前から僕は彼女を知っていて両思いになるのは必然だったとそう思えたのだ。

それなのに海を見た時は何も思わなかった。あの頃は本当に、なんだこいつ程度にしか思っていなかった。

でも、これだけは覚えている。海に出会って少しして僕が穂波と付き合っている事を打ち明けたとき、海は様子がおかしかった。曖昧な返事をして何処かに去ってしまった。

そして姿を見せなくなった。

毎日のように来ていた海が現れなくなって、正直結構心配した。1週間目、どうせ来るだろ。2週間目、あれもう2週間も経ったっけ。3週間目、あいつ大丈夫かな。4週間目、もう来ないのかな。1ヶ月目、何かあったんだろうか、と。

1ヶ月を過ぎた頃に突然、探さないと、という衝動に駆られた。僕自身の意思だったのかも分からない。

学校をサボって制服のまま町中を駆け回り、 街から少し離れた海岸で海を眺める姿を見つけた。

「何してんの」

僕は隣に座って、波のせせらぎに視線を移しながらそう聞く。

「…分からない」

じゃあ誰が分かるんだよ、とツッコミたくなるのを堪え小さくため息をついた。

「…意味わかんないな、なんで僕が」

放っておけないなんて思ってしまうのは。そう言葉がこぼれてしまう前に、唾を飲む。

風が吹いて、前髪が揺れて、深緑の瞳が僕を写していて。

「…っ」

「痛」

唇を重ねて、もっと深く交わる前に舌を噛まれて我に返る。

いや、何してんの。

訳が分からず頭を抱える。

口の中に血の味が広がった。

「……」

「…」

「………ごめん」

海の顔を見れず、下を向く。めちゃくちゃ気まずい。

僕ってもしかしてそっちもいけるのか?てかなんでよりにもよって海なんかに…

噛まれた舌がズキズキと痛み、冷静になった僕は両手で顔を覆って黙り込んだ。

波の音を聞きながら必死に心を落ち着かせていると、ポツポツと雨が降り出した。

「雨だ」

空を見上げると、いつの間にか分厚い雲が空を覆っていて辺りは昼だと思えないほど薄暗くなっていた。

「濡れる前に戻ろう」

海に手を差し伸べる。海は目線を水平線の方へ向けたまま呟いた。

「…どこに」

「そりゃ家だよ」

今にも大雨になりそうなのに、こっちを見ようとすらしない。

「…お前が来ないからばあちゃん寂しがってるし……いいから早く行くこう、濡れる」

これは事実だ。 僕はまだぐだぐだ何かを言おうとする海の腕を引っ張った。

少し走って気がつく。

これ、無理じゃかないか。

ここは地域の人だって滅多に来ないだろう奥の奥の方にある海岸で、人工物なんてある訳ないし町まで遠く、ダッシュで戻ったとしても100%間に合わない。

「こっち」

今度は海が僕の手を引く。海について行きながら、ふと思う。僕はなんでこの場所に海がいると思ったのだろうか。何故、見つけることができたのだろうか。

ここは町から離れているし、僕がここに来たのは初めてだ。

考えている間に、海岸沿いにある洞窟に到着した。天気のせいで真っ暗な洞窟は、暗闇に包まれていて深さが分からない。

とうとう雨は本降りになり雨音が響いていた。

「…うっ」

洞窟にはまだ入ったことがなかったため、好奇心がくすぐられたが感想が思い至る前に頭痛に見舞われた。

ズキズキと原因不明の頭痛に目眩を覚え、壁に手をかける。

湿った壁の岩に違和感を感じた。

目をやると壁中に絵のようなものが刻まれていた。

「なに、これ」

壁の岩を削って描かれているであろうそれは、なんというか不気味だった。

変な生き物がいっぱいあるし、少し親しみやすさすら感じる。

「これ、海がかいたの?」

「…馬鹿にしてるのか?こんな下手くそな絵、俺にはかけない」

「プ」

思わず吹き出す。壁の絵は本当に下手くそだがそんな反応をすると思わなかった。

海はまだ何か言いたげにしていたが、笑っていた。



若干湿った岩の上に座り、雨がやむのをまつ。

ここに来て1時間ほどが経過していた。

スマホで時間だけは確認できるものの、圏外と表示されていてほとんど使い物にならない。

会話も自然と途切れ、止みそうもない雨をぼーっと眺めていた。

ふと、 海に視線を向ける。海は壁の絵に触れていた。

「それって誰が描いたんだろ」

本当に下手くそだが、所々消えかかっていてだいぶ前に描かれたものだということは僕にでも分かった。

僕の声が聞こえなかったのだろうか。海は、絵に触れて微笑んでいた。

笑みを浮かべているというのに、どこか悲しそうで、寂しそうで。

ドクン、と心臓が跳ねる。

僕は、その背中を抱きしめていた。

「…」

「……」

何も話すことはなかった。



気がつけば雨は止んでいた。

さっきまでの事はあまり覚えていないが、まだ熱は残っていた。


ようやく、違和感の正体に気がついた。

まるで、僕が僕じゃないみたいだ。

僕の中に別の誰かがいて、海はずっとそれだけを見ているかのような。


記憶の泡が、浮かんでは消えていく。

僕はまた海の中にいて、ただ終わりのない底へと沈んでいく。


深く深く落ちて、動かない体は泡になり溶けていく。


上へと手を伸ばす。

手が透け、溶けて消える。


長い旅が、終わる。

彼は、僕が居なくてもちゃんと生きていけるだろうか。

最後に出会った彼が心残りだ。

この広い海で、何度も何度も運命というものに出会ってきた。

恋に落ちて、生涯を誓い、時が経ち、死が訪れ、僕だけが残る。

運命に抗った僕だけが、世の理を破っていた。

生きて、生きて、ここまで辿り着いた。

目を閉じ、自分自身に別れを告げる。過去に置いて行った仲間たちや大切な人たちにまた会えるだろうか。

1番恐れていた事が現実になり迫っているというのに、恐怖は感じなかった。

「……必ず、戻ってくる」

全て、忘れようとも。


そして何もかもが、泡となって消えてしまった。





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