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パンを食べ終えたあと。
ふと、思いついたように口を開く。
「……なぁ」
「なんだ」
「材料あれば、作れる」
ノスフェラトゥの動きが、わずかに止まる。
「……何を」
「ピザ」
短く答える。
「さっき言ったやつ」
沈黙。
数秒。
「……可能なのか」
「まぁな」
肩をすくめる。
「ちゃんとした環境じゃなくても、なんとかなる」
完全じゃなくてもいい。
それでも、“あの味”には近づける。
「……」
ノスフェラトゥは、じっとこちらを見る。
値踏みするように。
「……面白い」
ぽつりと呟く。
「用意しよう」
「は?」
予想外に早い返答。
「材料だ」
そのまま、扉へ向かう。
「試してみろ」
「……マジかよ」
思わず笑う。
「ほんと、変なやつだな」
ノスフェラトゥは何も言わず、部屋を出ていった。
しばらくして。
別の部屋に案内される。
石造りの広い空間。
簡易的だが、火を使える設備。
そして――
「……揃ってんじゃねぇか」
小麦粉。肉。缶詰に、チーズらしきもの。
完全じゃないが、十分だ。
「……」
一瞬、手が止まる。
こんな状況で。
こんな場所で。
料理をすることになるとは。
「……」
深く息を吐く。
「……やるか」
袖をまくる。
粉を触る。
水を加える。
こねる。
その瞬間――
「……っ」
手が、勝手に動く。
迷いがない。
体が覚えている。
力加減。タイミング。温度。
「……あぁ」
小さく、息が漏れる。
「これだ」
確信。
忘れていなかった。
伸ばす。
具を乗せる。
焼く。
じゅう、と音がする。
匂いが立つ。
チーズが溶ける。
肉が焼ける。
「……」
その匂いに。
胸の奥が、強く締め付けられる。
――思い出しかける。
誰かが笑っている。
「いい匂い」って言ってる。
名前を――
「……っ」
頭を押さえる。
だが、止まらない。
焼き上がる。
「……できた」
ぽつりと呟く。
見た目は完璧じゃない。
だが――
確かに、“それ”だった。
「……」
後ろに気配。
振り返ると、ノスフェラトゥが立っている。
いつから見ていたのか。
「……それが」
「ピザだ」
皿に乗せる。
少し、手が震える。
「食うか?」
軽く言う。
「毒はねぇぞ」
ノスフェラトゥは、しばらくそれを見つめる。
そして。
一切れを取る。
ゆっくりと、口に運ぶ。
「……」
咀嚼。
飲み込む。
沈黙。
「……どうだよ」
少しだけ、緊張する。
その感覚に、自分で驚く。
数秒。
そして。
「……奇妙だな」
ノスフェラトゥが言う。
「だが」
ほんのわずかに。
「悪くない」
「……だろ?」
思わず笑う。
自然に。
「これが“人間の食い物”だ」
ノスフェラトゥは、もう一口食べる。
そして。
「……お前は」
ぽつりと。
「ただの餌ではないな」
その言葉は、静かだった。
だが。
確実に――変わっていた。
「……最初から言ってんだろ」
肩をすくめる。
「俺は俺だよ」
名前はなくても。
それだけは、はっきりしていた。
湯気の立つピザの前で。
ふたりは、しばらく無言だった。
だがその沈黙は――
もう、最初の頃とは違っていた。