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その日は、
朝から空が落ち着かなかった。
晴れているのに、
雲が多くて、
明るいのか暗いのか、
はっきりしない。
まどかは、
いつもより少し早く目が覚めた。
朝食の味が、
よく分からなかった。
パンをかじっても、
噛んでいる感覚だけが残る。
母も、
さやも、
いつも通り話している。
だから、
何も言わなかった。
今日は、
「その日」だと分かっていても。
学校から帰ると、
郵便受けに、
一通の封筒があった。
白くて、
厚くて、
見覚えがありすぎる。
鈴蘭学院
文字を見た瞬間、
心臓が、
一度だけ強く鳴った。
家に入っても、
すぐには開けられなかった。
制服のまま、
自分の部屋へ。
鞄を下ろして、
椅子に座る。
封筒は、
机の上に置いた。
まっすぐ。
逃げ場のない位置。
しばらく、
ただ見つめる。
開けたら、
終わる。
何が終わるのかは、
分からない。
でも、
戻れない何かが、
確実にある。
指先で、
封を切った。
音は、
思ったより静かだった。
中の紙を、
一枚、取り出す。
文字は、
きれいで、
丁寧で、
感情がなかった。
拝啓
このたびは、
鈴蘭学院 特別推薦入学選考に
ご応募いただき、
誠にありがとうございました。
まどかは、
そこまで読んで、
一度、息を吸った。
慎重なる選考の結果、
貴殿を、
本学院 中学部一年への入学を
許可いたします。
目が、
文字を追えなくなった。
合格。
それだけの言葉なのに、
世界が、
少し遠くなる。
うれしい、
はずだった。
でも、
最初に来たのは、
静けさだった。
胸の奥に、
重たいものが、
すとんと落ちる。
ドアの向こうで、
足音がする。
「……来た?」
母の声。
まどかは、
しばらくしてから答えた。
「……うん」
家族が集まる。
母は、
ほっとしたように笑う。
さやは、
何も言わずに、
まどかを見た。
その目は、
喜びと、
心配が混ざっていた。
「おめでとう」
母が言う。
まどかは、
小さくうなずいた。
祝われている。
でも、
まだ、
決めていない。
その夜、
まどかは合格通知を
机の引き出しにしまった。
閉める前に、
一度だけ見つめる。
選ばれた証。
同時に、
問いの始まり。
鈴蘭学院に行くか。
行かないか。
それはもう、
誰かが決めてくれることじゃなかった。
選ばれたのは、
“場所”。
選ぶのは、
まどか自身だ。